銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「薫ちゃ〜ん、チューしようぜ〜」
 酔っ払いの相手をしている。
 お兄ちゃんとカレシくんが職場の慰安旅行で行った東北土産の日本酒で、彼はベロベロになってしまった。私は日本酒がそれほど得意ではないのと、そもそもがよく家に来てくれる彼へのプレゼントなので、喜んでくれたのは良かったけれど、二人だとこうも酔っ払ってしまうなんて思いもよらなかった。…私も人のことは言えないけど。
「ダメだよ。後々思い出して恥ずかしくなるだけだから」
「チューに恥ずかしいもなにもないでしょーが」
 普段私に喋りかけるような、とびきり甘い声色に反して、水元くんや真山くん相手みたいな少し荒くも思える言葉遣いがとても新鮮。
 そして言葉の通り、静止しても酔った彼が止まることはなく、頬や瞼、耳に首筋までちゅっちゅと触れるだけのキスを繰り返している。まあこれぐらいは良いかな、いや駄目だ。最初に断りも入れたのも今映画を観ていたのもあるだけど、その映画が丁度佳境に差し掛かった。内容が気になりすぎてキスされている場合じゃない。
「映画観せて」
「観てたら良いじゃん、俺は勝手にチューしてる」
 ちゃんと喋れるのに思考がバグりすぎじゃない?
 平常心でいれたら断りなんて入れないよ。普段はしっかりしている彼がここまでベロベロになるのは新鮮だけどさ。
 酒で酔って性格が変わるとは言うけど、実際は普段は抑制している部分が表に出てきているだけとも言われているし、彼は本当はもっとベタベタイチャイチャしたいと思っているのかもしれないのかも。
 彼が外でのフラグを気にするあまりベタベタイチャイチャを抑制しているのはよーく理解できるけど、流石の私にもタイミングというものはある。
「今はダメ」
「…」
 黙っちゃった。
 いう通りキスもやめてくれたけど、なんだか不穏だな。赤ちゃんも静かな時の方がより危険だと言うし。別に彼は赤ちゃんではないけれども。
 ああでも頬に触れていた手が肩に滑り降りてきて、反対の手は私の手を握り込んできた。肩を撫でつつ、手の感触を確認するようにににぎにぎと力を入れたり込めたりしている。
 キスしなければ良いというわけじゃないんだけど。コレはこれで集中できない。
 手の動きが変わる。指一本一本を摘んで揉むように触ったかと思えば、今度は指の間を撫でたり、手のひらの真ん中あたりを押したり、指先でフェザータッチをしたり、最後には指を絡めて握る。
 けれども、これは私も意地を張らせてもらう。映画もあとちょっとだし。ここで根負けしたらこの酔っ払いに余計な成功体験を与えてしまう。

「…よかったぁ」
 無事にエンドロールが流れてきて安堵する。映画も面白かった。手と肩にはまだ彼の手が触れたままだけど。
「うわっ」
「ひど…」
 視線を向けたらガン見されてて驚いた。
「薫ちゃんが映画にご執心で俺は悲しい、よそ見だ、浮気だ」
「なんて大仰な…」
 肩口に顔を擦り付け泣き真似をしている。そもそもお酒飲みがら映画見ようって最初に言ったんだけど。けれど、この妙な甘え方も嫌なわけではない。
「浮気なんてしてないよ訂正して」
「うん。るーちゃんは浮気なんてしない」
「るーちゃんはやめて」
 「るーちゃん」はお兄ちゃんとカレシくんがつけた私のあだ名。日本酒をもらった時に会話の流れでるーちゃん呼びを聞いた彼に釘を刺したのに。
「次あだ名で呼んだら本当に怒るよ」
「わかった」
 恥ずかしいもの。園児の頃につけられたあだ名なんて。成人しても二人の中ではずっと子供なんだと思われているのも嫌だ。
「仲直りにぎゅー」
「喧嘩してたっけ」
「してないか。でもハグ」
「はいハグ」
 精神年齢十歳ぐらい下がってない? でもまあ吐く息からはしっかり日本酒の匂いがするしどう考えても成人男性なわけだけど。それにしても発熱しすぎ、人間湯たんぽ並。滅茶苦茶抱きしめられて暑い。でもまあ暑苦しいレベルではなくホッとする暖かさ。熱湯と白湯ぐらい違いがある。
「チューしよ」
 映画も観終わったし、もう拒否する理由もないので「うん」とだけ答える。身体を預けしな垂れかかり肩に収まっていた顔が離れた。珍しく彼の顔の方が私の顔の下にある。私の身長でも男性より低い方が多いし上目遣いなんてされたことは殆どないけれど、彼がよく身悶える理由の一端が理解できた。これはドキッとする。黒曜石のような三白眼に見つめられると思考も全部彼一色になる。
 顔に両手が添えられてゆっくりと近づく。お酒の匂いだけで私も酔ってしまいそう。
「…………?」
 目を閉じて差し出すように、僅かに唇を尖らせていたのに待てども触れてこない。なんだと思っていると感じていた体重が一気に重みを増してのしかかる。
「ぐえ」
 耐えきれずその場に倒れ込む。彼は私の胸の上で動かない。
「……」
「え、うそ寝た?」
「グー」
「寝たの?? いま??」
 その気にさせておいてこれは流石に許されないと思いますよこれ。
 初めて彼にイラッときたのでいつかの仕返しに首に噛みついてやった。
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