銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 大学生の本分といえば当然勉強である。
 試験期以外でも講義によっては課題が課せられるし、それがかなり面倒な課題でも単位のためには熟さなければならない。
「本あった?」
「見つかんない」
 ネットでもデータベースを使えば閲覧できる資料があるというのに、わざわざ図書館に所蔵されている本からの記述のみという指定は明らかな教員の作意を感じる。
「見せて」
 こういう時に助かるのが調べものに詳しい恋人である。
 この図書館でバイトをしているというアドバンテージに便乗させてもらっている。
 前髪を触りつつ画面に顔を寄せてきた彼女にスマホに表示している画面を見せると、本棚をキョロキョロと見渡した後、少し離れた場所に歩いて行ったところで再び足を止めて腕を上に伸ばしている。
 本棚の一番上の段は背の高い彼女でも背伸びをしないと中々に厳しい高さをしている。近くにステップがないのでものぐさったのだろう。そのまま強行突破しようとしているが少し体勢が危ない。
「俺が使うんだから俺が取るよ」
 背伸びをしてふらつく薫ちゃんの肩を抱き、後ろから手を伸ばすと課題の本を手に取った。
「…あってた?」
「うん、ありがとう」
 いつもより肩が低い位置にある気がする。足元を見れば今日の彼女の靴はスニーカーでヒールはない。それで本棚の高さを見誤ったのだろう。
「それ持ち出し禁止だよ」
「え、まじか。じゃあここでやってかないと」
 本当に面倒な課題を出してくれたものだ。
「私も次空きコマだし、課題あるから一緒にしようよ」
 前言撤回、彼女との時間をどうもありがとう。
 学習エリアに移動し、二人がけの席に座る。俺は本とノートを開き、彼女はノートパソコンを開いてキーを黙々と打ち始めた。
 しばらくは集中していた、が途中で行き詰まり手がとまる。頬杖をついた状態で考えるそぶりをしながら、ふと隣に座っている薫ちゃんの方へ視線を向けると彼女も手を止めて画面を憎たらしそうに見つめている。彼女の手が前髪の毛先に触れて耳にかけようとするが失敗した。更に失敗したことによって横髪も耳から溢れて目元を隠した。
 ──ああ、前髪が伸びたのか。
 スマホの画面を覗く時に見せた仕草も目に前髪がかかって鬱陶しがっていたのか。
 前髪の下で微かに瞬きをしたのが見える。が、瞳そのものは俺からだと目視できない。普段は隠れることのない目が隠れているとつい見たくなるものだ。
 頬杖をついている腕とは反対の手を伸ばして目にかかっている髪を微かに持ち上げた。
「……え、」
 驚きに満ちた眼差しで見つめ返され我に帰った。
 恋人とはいえ軽率に髪に触れるのはよくなかった。だが視線が合い好奇心は満たされた。
「へい店やってる〜?」
「ふふ、居酒屋は昨日行ったよ」
 く、苦しい逃れ方だったが通じてよかった。
 俺のキャラは行方不明だが。
「前髪伸びたね」
「わかる…?」
「鬱陶しそうにしてるから気づいた」
「う゛…毛先巻いて対処してたんだけど、巻き取れてきたみたいでさ」
 何もかもがかわいい。指摘された時の恥ずかしさではにかむ表情も。前髪が伸びてきた対応を俺に話  しているこの状況も。
 俺が手を離すと、毛先がサラサラと動きに合わせて流れていく。そうして目元が隠れるとまたはらってみたいという好奇心が駆り立てられるのだ。
 落ちてきた横髪ごと耳にかけてやると普段は見えないこめかみあたりまでが見えて新鮮だった。
 今度の反応は、驚きと微かな笑いではなく、含羞の表情だった。
「へ、閉店です…」
「…えー」
 赤くなった頬を見て俺にも伝播してきた。
 
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