銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「出ない……」
 あれから二時間ほどが経過した。腹一杯食べ、逆流しそうなほどドリンクを飲んだが、結果は腹をタプタプにしただけである。
 真山の目当てのキャラ、の片方が全く出てこないらしい。歌って消費しようとも下手に口を開けると出そう。
「ちょっとお手洗い行こうかな……」
「俺も」
 追加でドリンクを注文している鬼畜の所業に耐えるため、一旦トイレに行きたい。
 先に部屋を出る薫ちゃんに続き出ようとすると、急にドアを押されて出れない。唐突すぎて鼻打った。どういうこと?!
 室内から押して開くタイプなので押し返そうとするが動かない。
「待て、外で銀木喋ってる」
 水元に声をかけられ手をドアから離す。防音効果とそれでも漏れる騒音によって話し声は喧騒の一部でしかないが、水元がその中から薫ちゃんの心の声を抽出しようと眉間に皺を寄せている。
「…旗野? が廊下にいるらしい」
 なん、だと…いや高校生ならカラオケぐらい来るか。
 どうすんだよ軽率にトイレに行けねえじゃねーか。
「イオリくん? と一緒らしい」
 いつメンかよ。そういえば学割チケットあるとか綾人言ってた気がするな。クソ、今日一日フリータイムで夜遅いからと油断していた。
「……行ったっぽいな。隣の部屋がやけに騒がしくて廊下の心の声の判別つかないが、多分お前が来てることはバレたな」
「なんで分かんの?」
「クソデカ声で──さんも来てるのか!!って叫んでた」
 うわぁ…絶対会いたくない。
 というかまだ諦めてなかったのかあの小僧。
「えっ例のフラグくん!? ちょっと顔見てみたい!」
 真山が勝手に遭うのは一向に構わんが、俺を巻き込まないでくれ。
 数分後、薫ちゃんがお手洗いから帰ってきた。
「どこかぶつけなかった? ごめんね」
「大丈夫大丈夫」
 鼻は盛大にぶつけたがもう痛みは引いているので無問題だろう。
「伊織くんたちが来てたのはもう知ってる?」
 水元の読心のおかげで軽く状況は把握済みだというと薫ちゃんはまた謝った。
「私もびっくりして咄嗟に彼氏と友達と来たんだよって言っちゃって…」
「気にしなくていいよ。顔合わせなきゃいいんだし」
 嘘も誤魔化すことも得意ではない薫ちゃんに咄嗟に知り合いに嘘を吐けというのは酷だ。
 それにいくら弟がいるいつメンとはいえ、こちらも友人といるわけだし無駄に絡んだりしてくることはないだろう。綾人は俺一人相手だとタカってくるクソガキでしかないが、薫ちゃん相手にはかなり大人しく気を遣っていることだし。
 取り敢えず今度こそトイレ行きたい。
 
 一先ず高校生たちと鉢合わせすることなくトイレの個室に入ることができた。
 家以外のトイレでは必ず個室を選択している。理由としては小を足す時の格好が無防備すぎる以外にない。男子トイレも女子トイレみたいに全部個室にしてほしい。
「それにしても綾人の兄ちゃんたちも同じカラオケ来てるなんてえらい偶然やんなあ」
「…そうだな」
 男子トイレに聞き覚えのありすぎる声が二人入ってきた。なんださっき薫ちゃんと遭遇した時はトイレではなかったのか。つか出れなくなった。どうしよ…
「そういえば旗野も片思い長いみたいなこと言うてたやん。何年なん?」
「……八年」
「へえ結構長いねんなあ」
 本当に出れない。早くしてくれ。部屋に追加のラーメンが届いているはずだ麺が伸びてしまう。便座も冷たいし。
 今この状況で小僧の目の前に個室から出て行くのは悪手である。流れ的にも偶然でしかないが、小僧も思考はポジティブ寄りだ。妙なこじつけ思考に入られても困るし、問題は一緒にいるのが三郷くんであることだ。俺と薫ちゃん、そして小僧の三角関係(不本意だがこう表現する以外にない)を理解している東條くんなら逆に話題が被弾することはないだろうが、生粋の関西人三郷くんなら俺を見た瞬間に絡んでこの片想い歴について何かしら意見を求めてくるかもしれない。
 それは拙い。俺は小僧に告白された時に何年前という情報は聞いてしまっているし、俺のことを話していたところに自ら出て行いくようなものだ。
「でも失恋した」
「えっそうなん!?」
「もう一回するつもりだけど、多分結果は一緒だと思う」
 トイレでする会話じゃねえだろ。
「内緒な、三郷」
「言わんて流石に。よっしゃ、オレがなんか奢ったるわ焼きそばとか!」
「いやいい」
「要らんのかい!」
 流水の音の後にエアータオルの音、ドアが閉まる音がして漸く俺も個室から出ることができた。
 廊下で薫ちゃんが小僧と遭遇した時はまだ諦めていないのかと絶句したが、かなり小僧の中で諦めがついて来ていたようだ。それはいい傾向である。ここまま遭遇しなければSSRくんや三郷くんなどにスムーズにフラグ移行することだろう。
 さっさと戻ろう。
 廊下を素早く移動して部屋に向かう。
 が、
「おっ、兄ちゃんやん!」
「っこんにちは」
「…どーもね」
 トイレとは反対方向にあるドリンクバーの方から来やがった、クソが! 高速で出会わないフラグを回収させんな。
 だがしかし幸いなことに部屋はすぐ目の前、ほぼ会釈だけで会話もなしで部屋に戻ってきた。勝ちでいいだろもう。
「大丈夫? トイレ行く前より顔色悪いよ…」
「今クソデカボイスで”顔見れて嬉しい”と”クソが”が聞こえて来たんだが」
 顔見ただけで嬉しがってんじゃねえぞクソガキ。薫ちゃん以外でそんなリアクションされても毛ほども嬉しくない。
 本当にそろそろこのフラグと完全に縁を切りたい。切らせてくださいお願いします。
「お待たせしましたコラボドリンクでーす」
 店員がやってきて追加のドリンクを持ってきた。
 と言うかまだ追加で頼んでたのか。
 空になった皿やコップを下げ店員が去ると、裏向きで置かれたコースターに対しお祈りを捧げ、真山は恐る恐る捲り上げた。
「来たああああああああああああああ!」
「耳が!!!」
「ふぉおおおおおおおおおお!!」
 どうやら目当てのキャラを漸く当てたらしい。水元は物理的な大声と心の声の相乗効果でダメージを喰らったようだ。可哀想に(棒読み)
「おめでとう」
 薫ちゃんは取り敢えずお祝いとして拍手を送っている。拍手でいいのかは不明だが。
「最高だよ! やっぱり持つべきものは胃袋の強い友人だね!」
「胃袋強いは余計だわ」
「よ〜し! これで心置きなくランダム缶バッチとアクキーの無限回収編できるぞ〜!!」
 流石の金遣いにドン引くしかない。
 一先ず言っておくか。

 もうしばらくカラオケはこりごりだよ〜!
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