銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「変じゃない?」
「変じゃない似合ってる似合ってる」
 授業前の教室で薫ちゃんが他同性の友人と戯れている。
 心配そうに眉を下げている薫ちゃんの手を取り、何かをしているようだ。
 一緒にいた友人に先に行くように伝えて話しかけに行くことにする。
「何してるの?」
 横から声をかけると、椅子に座った薫ちゃんは目を丸くして俺を見上げた。一緒にいる友達は「見られちゃったか〜」と残念そうなリアクションをする。
「ポリッシュ塗ってもらってるの…」
 薫ちゃんは気恥ずかしそうに答えた。左手はすでに五本とも色が塗られたあとで、乾かすために指を広げて動かさないようにしている。
 確かに普段は整えるだけの薫ちゃんの爪には秋っぽいワインレッドが綺麗に塗られている。
「器用だよね」
「そーね」
 彼女の隣の席に腰掛けて様子を見守る。
 ポリッシュの瓶の蓋についている小さな刷毛を使って爪という狭い範囲にはみ出ないように繊細な作業。
「薫の彼氏、めっちゃ見てくるんだけど」
「ごめん」
「いいよ。ねえいつも薫のことガン見してるんですか?」
「うん見てる」
 即答すると薫ちゃんの友達は物凄い甲高い声で大笑いした。
「そーですか、薫可愛いもんね?」
「可愛いからずっと見てたい」
 本心だが何を言わされているんだろうか。
 以前のヤンデレ女のこともあり、正直この友人に関しても警戒していたのだが、これは完全に揶揄われているようだ。
「やめて、恥ずかしい。──くんも態々乗せられて言わなくていいから…」
「本心なんだけど」
 薫ちゃんは悶た。しかし両手とも動けない状態なので、真っ赤になった顔を隠せず俯くことしか出来ない。
「見てもいいけどイチャつけとは言ってない。はいあと小指ね」
 右手最後の一本にも同じ色を塗る。
 速乾性が高いらしく、すぐにまた親指から透明なトップコートを塗る。瓶のパッケージを見ると「ジェルのようにちゅるんとぷっくり」書かれている。ジェルとポリッシュの違いは良くわからん。美容に詳しくない男にしたら用語は全部ネイルで統一されている。
「出来た。しばらくそのままね」
 彼女の友人はそのまま道具を片付けて、代わりに新品の刷毛のついた繰り出し式のネイルオイルを俺に渡した。
「あとで薫に渡して。生え際と爪裏に塗って」
「どうも」
「態々ありがとう」
「意外だったし、反応面白かったからいいよ」
 颯爽と去る友人に薫ちゃんは手を振った。
 艶々な十本の爪を眺めつつ、気になったことを聞いてみる。
「意外って何?」
「私が頼んでやってもらったの」
 視線を上げると目が合った。少し恥ずかしそうに耳が赤いが、視線は合い続けている。
「…似合ってない?」
 心配そうに少し掠れた声で問われた。
 ポリッシュはすっかり乾き、その指に言われた通りもらったオイルを塗る。
「似合ってるよ。可愛い」
 丁寧に丁寧に、指の腹でオイルを塗った爪の付け根に塗り込んでいく。
 濃い赤というチョイスもいい。彼女が気に入っているピアスと近い色で統一感がある。
「良かった。なら満足」
 今まで、薫ちゃんを可愛いと褒め続けて、これまではずっと慣れない恥ずかしさのようなものを感じていたが、俺の褒め言葉を謙遜もなく素直に受け止めて喜び、笑ってくれる彼女を見て、言い続けてきたことは無駄ではなかったことを実感した。
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