銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「手、大きいね」
「そう…?」
薫ちゃんの家で勉強中。集中力が切れて適当にシャーペンを回して気を紛らわしていると、薫ちゃんが唐突な話題を振った。
馴れ初めの一つである大学受験時にあげたシャーペンをずっと使っている薫ちゃんと、同じメーカーのものを気に入って使っている俺は、色違いの同種ものを使っていることになる。なので手のサイズの差が如実に現れている。
「言われたことない?」
「普通だと思うけど」
BL漫画の世界だと接触の一つとして手のサイズを比べることで「こいつ手ちいさ…女みてぇ」のようなテンプレ感想を抱かれるイベントが発生することがまあある。
最近はそのようなイベントに巻き込まれないよう意識しているが、世界の真理に気が付いていない高校の頃なんかには、男同士で無駄に騒ぎ、手を合わせて大きさを比べたりなどがなかったわけではない。その時の記憶では俺の手の大きさはまあ普通。五人で比べて丁度真ん中だった。
「薫ちゃんは言われるの?」
「まあね」
不毛なペン回しを止め、視線を顔の表情から手元へ移す。
女子の中では確かに大きい方だろう。バレーボールを片手で鷲掴むには握力も当然必要だが、それ以前にある程度のサイズも必要になるはずだ。
だがしかし、俺は薫ちゃんと過ごしていて彼女の体格に賛美を贈ることがあっても、何かしらの不満を抱いたことはない。BL漫画の世界であるということは同時にGがLしやすいということであり、真山のいう通りある種の筋で人気が確かにあるのかもしれないが、俺は薫ちゃんを女子らしい、可愛い女の子として認識している。
「大きい方が好き?」
「──くんならなんでも好き」
「俺もそうだよ、薫ちゃんだから好き」
身長も、手も足も、言われたことがあるから気にしているんだろう。
しなやかで、ささくれも傷も一つもない綺麗な手。手入れされていると見ただけで分かる。触れると心地がいい。彼女の動きの止まった手の甲を指先で撫でた。次は包み込んで、最後には指同士を絡める。湧き上がる幸福感につい口角が上がってしまう。
「かっこいい」
「それ、五倍増しに見えるやつだ」
「素直に受け取ってよ。私には言うのに、ブーメランだからね」
平凡顔のどこがかっこよく見えるのか、俺には想像も付かない。俺への感想と、俺が薫ちゃんを褒める感想が同じ扱いは少し不服だが、彼女にとっては同じなのだろう。俺にとっては、薫ちゃんと俺では造形のコストが月とスッポンほど違いがあるが。
「だって薫ちゃんは可愛いじゃん」
すごく可愛い女の子。
抱きしめるといい匂いがするし、顔も性格も良い、可愛い。
彼女の自認はゴツいという認識なんだろうけど、体格はともかく俺が負けているのはフィジカル面ぐらいだ。抱きしめたら腕の中に収まるし、手も俺の方がデカい。
「う、」
「今日も可愛いね」
あはは、真っ赤だ。でも握った手は逃げるどころが強く力が込められる。
「べ、勉強しません…?」
「この雰囲気で?」
「……っ」
焦って謎敬語になるのもまた可愛い。可愛いオブザイヤー受賞(n回目)
握った手と反対の手で薫ちゃんの頬に触れる。目が伏せられたことで分かる長いまつ毛とか、瞼のラメがよく見える。こういう化粧とかも薫ちゃんの努力なんだよな。そう思いながら見つめていると頬に触れていた俺の手に薫ちゃんの手が重ねられた。
「手つきが優しくて好き」
目を伏せたまま口元が緩く笑みを浮かべている。その表情があまりに穏やかで、俺のことを好きでいてくれているんだと実感する。
「やっぱりもう勉強とか手につかないんだけど」
「えぇ…」
呆れたように低く喉を鳴らすような相槌でも、表情を見れば声色だけでは気付けない情報が沢山ある。堪え性のない俺の言葉もちゃんと受け入れて笑ってくれている。
「兄が帰ってくるからキスで我慢して」
キスしたら、多分余計に今日勉強なんて身が入らないと思うが、いいんだろうか。
しかし、薫ちゃんがキスはいいと言うのだから、まあいいか。