銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「銀木さんごめん! ノート見せて!」
「いいよ」
珍しくマヤセンがノートを借りている。
先ほどの授業、三限目という昼食後の一番眠気に襲われるタイミングで、教員の声も低く静かなタイプなので睡眠導入にはピッタリだろう。
格いう俺も頭が船を漕いでいるところを薫ちゃんに助けられなければ寝ていただろう。
「俺はお前らが心底羨ましいわ」
普段と変わらず眉間の皺が濃い水元がなんか言ってる。
なるほど、煩すぎて寝るという概念がないのか。でもお前、俺が色々考えてると煩いとか文句言うし、不本意だが俺が寝てる方が都合がいいのでは。
「あの授業はお前の問題じゃない…」
「ほー?」
「そういえば、川崎くんはこの授業のたび体調悪そうだよね」
川崎とは先ほどの授業を受けている一人である。他の科目では被りがないので詳しくは知らない。だが薫ちゃんの言う通り、彼はあの授業のときいつも息が荒かったり震えながら机に突っ伏したりなど、まともな状態ではない。
「…」
「……」
「え、なんで黙るの二人とも…え、彼関係?」
水元が押し黙り顔色を土気色にするので流石の薫ちゃんも察した。俺も大体なぜ彼が特定に授業だけ体調が悪く”見える”のかBL漫画的に考えれば想像に難くない。
「待って、僕がノートを写してる時に限って面白そうなこと喋らないで。あとでいっぱい聞かせて」
「絶対しない」
「してよ〜〜〜〜〜〜どうせ今日も家に来るくせに〜! 水元くんのケチ!」
「原稿の寝不足で寝てたのが悪い」
「ぐうの音も出ない…くそ〜!」
なんとなく、真山がBL漫画の世界でBLに遭遇しない理由が分かった。
同日、四人ともが五限で終わる日でもあるのでこのあと外で少し飲んだあとマヤセン宅でマリパの予定だ。今は学内のラウンジで集合待ち、あとは水元だけだ。
川崎の推定BL的シチュエーションを見逃したことで真山の機嫌が少し宜しくないので、奴の好みのツマミでも奢ってやるか。普段買ってもらってばかりだしな。
「あ、川崎くんだ」
「!!」
真山がスマホから視線を勢いよく移した。
ラウンジにやってきた件の川崎。他に選択が同じ薫ちゃんに普段の様子を聞いてみたら基本的に元気でノリがいい系と言っていたが、今の様子はその前評判とは打って変わり少し気だるげ、と言うよりは……
「なんか用?」
「三限目元気なさそうだったから」
「あっ…あぁ大丈夫。彼氏と真山も一緒にどっか行く感じ?」
「そう、水元くんも入れて四人で食べ飲み」
「本当に仲良いな、んぅッ」
不自然に会話の途中で川崎が上擦った声を上げた。真山が座っている席から起立しようとするので、肩を抑える。
分かってるならやめてやれ、川崎の状況が悪化する。いや、これでも自重しているのか、そんな歓喜に溢れた視線を俺に向けなくてもいいから。
それにしてもどこから見てるんだ。しかもかなり遠隔操作されている。下手にキョロキョロして目が合ったらフラグ被弾して嫌だし全力で気がついていないフリを遂行するが。
「本当に大丈夫? 七限あるんだっけ」
「そ、うだからちょっと寝よう、と思って…っ」
因みにこのラウンジは、俺たちが待ち合わせに使っているように人の往来が結構多い。
恐らく彼的にはここならば手出しされないと思ったのだろうが、全く裏目に出ているようだ。大人しく教授の研究室にいた方が幾分がマシだったのではないだろうか。
そんなこんなしていると水元がラウンジ入り口に立っていた。そこ邪魔だと思うぞ。しかも表情最悪だし。
「お大事にー」
「お、おう」
ラウンジにから退散したその後の薫ちゃんと真山の反応は対極だった。
「あ〜酷いことしちゃったぁ…」
「いやいやいや最高だよ! あれこそ嫉妬お仕置きの醍醐味だね」
方やうなだれ、此方大歓喜。
流石に薫ちゃんでもあそこまで反応が露骨だったら気がつくか。
真山はやっぱ、もう少し自重しろ。
「まああれは仕方ない。プレイに巻き込まれたんだから寧ろ怒っていいよ」
そう、真山の言う通り今日も今日とて薫ちゃんはカップル♂の良いスパイスとして使われてしまったのである。
性欲を我慢できないBL漫画のメインカップルたちだが、あれは極稀に気づかれないギリギリの緊張感に興奮を感じる、電話越しや友人が寝ている隣で致すの上位互換。相手が喋っている途中に仕込んだオモチャで刺激するというある種のプレイだ。
確かに、そんなことをされている人間の心の声を傍受したら気が可笑しくなる。
「差し詰め、穏やかで優しい教師の裏の顔を知ってしまった学生が研究室に呼び出されてアレやコレやと調教されてしまいその一環としてリモコン式のマッサージ器具(比喩)を仕込むように強要されて──、ってなんで距離取るの! 水元くん?!」
水元が顔面蒼白になりつつ俺と薫ちゃんを真山から遠ざけ、水元自身も離れる。距離感がもはや他人。
これは、今の真山の妄想当たってたな。あ、頷いた。まじか。綾小路マーヤ先生怖い。
「…んー、今日は三人で飲みに行こっか」
「なんでなんでなんで僕も行くってば! ちょっとぉ!?」