銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
大学生が好きなのは飲み会である。
飲み会を開く口実として、何かしらの打ち上げが頻発する。そしてBL漫画においても大人数が集まる飲み会は、出会いの場としても機能する。
「今度、教育実習終了の打ち上げに行ってくるね」
「へ〜行ってらっしゃい」
薫ちゃんは教育学部である。教員の免許を取るために以前に高校へ教育実習に行っていた。それが終了して学部の人たちと打ち上げに行くらしいのだ。
「いつ? バイト入ってなかったら迎えに行くよ」
「今週金曜の夜だけど、大丈夫。二次会とか多分あるし」
以前のヤンデレ女のこともある、出来るだけ安全を確保するために牽制しておくに越したことはない。
「でもありがとう。何かあったら連絡するよ」
何かあっては困るが、杞憂であれば問題ない。
その日はすぐに出られるよう俺は酒を控えておこう。
正直なところ、一番安牌なのは薫ちゃんが飲み会に出席しないことなのは言わずもがなだ。とはいえ彼女だって酒は飲む方だし友人との交友関係の維持、断り続けるとそれはそれでフラグに発展してしまうため良くない。
それに男女の恋愛はBL漫画の世界において大変儚く脆い。
行動を抑制しすぎると「重い・束縛が激しい」などと言われ振られてしまう。それは絶対に回避しなければならないし、俺も薫ちゃんに大体なんでもOK(信頼もあるが、もちろん道徳的に許される範囲)と束縛条件がほぼないため、言い出しづらい。何より俺だって薫ちゃんを信頼しているので普段はここまで考えない。
のだが、どうしても外的要因は本人だけでは回避が難しい。
「なあ今度の打ち上げあるんだよな?」
「ん、実習の打ち上げな。どうかしたのか」
「俺んとこの打ち上げと被せらんねえか?」
同日。薫ちゃんと同じ学科、実習が同じグループの学生が喋っているのを見つけた。もう片方、つまり話しかけた方は俺も授業も被っていない男で面識がない相手だが、二人は友人らしい。
「なんで」
「お前んとこの、女でめっちゃ好みなのがいるんだよ巨乳で長身」
「銀木?」
「そうそう! 銀って書いて“しろ“って読む」
「あいつ彼氏いるぞ」
「でもその彼氏違う学科だろ。顔忘れたけど。飲み会だったらいい感じに持って帰れそうじゃん」
ちなみにこの会話をしているのは、普通の廊下であり時間を潰したり出来るようにテーブルと座席はあるが特に仕切りなどはない開けたスペースである。
断じてこのようなゲスな話をするような場所ではない。周りに聞かれてはまずいことだと自覚がないのだろうか。まあ寝取りを策略するような野郎なのでイカれているのは確かか。
「うわぁ、どうする今ここで止めとく?」
「……」
なので俺以外の真山と水元にもバッチリ聞かれている。
特に水元は、男の口から出ているゲス発言以外にも脳内妄想まで聞き取っているのか相手に対し汚物を見るような視線を向けている。
「お前もそうだろ」
「…そう?」
「よく分かんないけど、いつもより目が据わってるね」
そりゃあまあ、当然ながらいい気はしない。不快だ。
で、ここで止めるかどうかだが、男側に何かアクションは起こさない。接触はフラグに発展する可能性がある。
「杉村くん」
まさかの薫ちゃんが別方向からやってきた。ゲス男は驚いて口を噤んだ。どうやら同学科の男に用があったらしい。
「ごめん友達となんか話してた?」
「大丈夫、でなに」
「実習のレポートなんだけど、」
薫ちゃんは男たちの会話を聞いていなかったらしい。そういうのが聞こえないのはBL漫画のモブ属性が働いていると言える。
「…………もう離れるぞ」
「そーね」
「え、いいの?」
水元が嫌がるというのは“そういうこと“だ。聞こえなくとも男がどういうことを考えているのか、想像に難くない。
真山もすぐに気が付いたようだ。
「あ〜…金曜は僕んちで飲む?」
「そうしよっか」
「…お前よく耐えられるな」
これが耐えられてるように見えてるならいいんじゃねーの。
またも同日。
元々今日は薫ちゃんと夕食を食べに行く約束をしていた。実習中は忙しくて会えなかったし、別で祝いたかったから、今日は焼肉である。
「牛タン食べたかったんだよね〜」
長い実習も終えて完全に祝いモードな薫ちゃんに水を差すような話題なんて振りたくはなかった。しかし、こればかりは仕方ない。
焼き上がりの早いタンを次々と網に置いていく彼女に言葉をかけた。
「今朝と言ってること変わるんだけど…金曜の打ち上げ行かないでほしい……」
「え、どうしたの?」
持っているトングの動きが止まる。
人を疑ったことなんてなさそうな純真な眼差しが、俺の言葉に驚いて丸くなっていた。真っ直ぐ見つめられてつい視線を逸らしてしまう。
「まあダメっていうならやめとくけど」
「ごめんね」
悍ましくて理由は言いたくない。いやらしい目で大好きな恋人を見られたくない。そんな事実すら拒絶したい。
理由を言わなくても薫ちゃんは今みたいに即答で受け入れてくれるとは思っていたけど、やっぱりこれは彼女に対し罪悪感がある。
束縛の重さは日々の積み重ねである。この一回が大きなしこりにならないでほしい。
「なんで──くんがそんな嫌そうな顔してるの? はい、焼けたから食べる」
「あ、ありがと」
俺も慌てて開いたスペースに次の肉を置いて、取り皿に置かれたタンを塩をつけて食べる。
肉を咀嚼している間に、先ほどの困ったように眉を下げながら薫ちゃんが言った言葉も咀嚼する。俺は、そんな嫌な顔をしていたのだろうか。
「行かないでって言われるのちょっと嬉しいかも」
「?」
「普段から嫌そうな顔してるわりに口にはしないもん。この前真山くんがナンパされてたときのことは流石にやめてって言われたけどさ」
「俺、顔に出てる?」
心が読めている水元や、BL漫画を描く目的で人を観察している真山には、耐えられているように認識されていたのだが。
「露骨にではないけどね、分かるよ。もう付き合ってそこそこ経ったもん」
薫ちゃんは本当に人のことをよく見ている。それはもちろん全ての人ではないし、彼女にとっても興味のある人物だけなのかもしれないが。
それでも他人なら見過ごしてしまうような僅かな感情の機微の細部まで。
「とりあえず今はお肉食べよう」
分かっていても気にせず笑ってくれる薫ちゃんに、俺は本当に救われていると実感した。
*
焼肉終わりにぼかして説明した。
「へー全く気づかなかった」
「というわけで申し訳ないけど打ち上げはナシで」
「うんやめとく。ふっつうにきもいし」
「…で、代わりとはなんだけど、真山が金曜飲み会しよって」
「行こう行こう四人でオールしよ! パーリナイ!」
