銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
風邪を、ひいた。
頭が痛いし悪寒もする、身体が重い。
「薫、大丈夫? おにーちゃん今日はなるべく早く帰ってくるから」
「大丈夫…仕事なんだから無理しなくて、いいよ」
高校時代は一回も風邪なんてひいたことがなくて、こんなに辛いものだったんだって思う。
昔は体調管理ちゃんとしてたんだけどな。
私を心配そうに見つめる兄を職場に向かわせ、ベッドの布団を頭の先まで被り身体を丸める。
寒い、心細い。
雨の音で目が覚めた。
ベランダに干している洗濯物が気になってベッドから這い出る。頭痛も悪寒は治っていない。眩暈がする。
立っていられなくなって道なかば、廊下のど真ん中に座り込んだ。
え、私死ぬ? だめだ。死んだら彼のフラグが、フラグの…
「薫ちゃん!?」
玄関が空いてドタバタと音が聞こえる。
最初は幻聴かと思ったけど、本物だ。
そういえばこの前、お兄ちゃんに了承をもらって鍵渡したんだっけ。
「なにしてんの、寝てないと! 体調悪いんでしょ」
「せんたくもの」
「入れてくるから」
彼は私を横抱きにしてベッドへ戻すと、私が気にしている洗濯物を取り込みにベランダに駆けて行った。
少しして、彼が私の部屋にマスクをして戻ってきた。
「朝に熱測った?」
「……8℃3分」
「もう一回測って」
リビングに出しっぱになっていた体温計を見つけてきて、渡されると言われるがままに体温を測る。
音が鳴って確認すると9℃7分になっていた。
「病院行こうか。俺、車取ってくるし」
「むり」
「無理じゃない」
「ひとりにしないでよ」
口から出た言葉は自分でも驚くぐらい子供っぽい言葉だった。
ああ、でも一度出た言葉は止まる気がしない。
だって仕方ないじゃん。お父さんもお母さんも昔からずっと忙しくて家にいなくて、お兄ちゃんも歳が離れてて生活リズムが違う。自分のことは自分でするしかなかった。
「…うん、わかった。でもこれ以上悪化したら病院だから」
心細さはきっと悪寒のせい。甘えることに抵抗がないのは頭が熱いせい。
「何かして欲しいことある?」
彼の言葉に、私は咄嗟に腕を広げる。ベッド脇に座っている彼に腕を伸ばすと、彼はマスクをつけた鼻先をつまんでズレていないかを確認すると、私を包み込んでくれた。
悪寒は治らないけど暖かくて、彼の香りがして落ち着く。背中を優しくトントンと鼓動のように叩かれるともっと甘えたくなる。
「身体あっつ。ほら布団かぶって寝る」
「やだ〜ちゅ〜も」
酔ってる時みたいに頭がふわふわしてきた。
今だったら普段できないおねだりだってできる。
マスク越しに頬擦りをして、抱きついている身体を更に押し付ける。すると彼は「う゛〜ん」と唸る。それがなんだか面白い。
更に頬擦りを続けると、肩を掴まれて目が合った。マスクで口元は見えないけど、多分口はへの字に結ばれてるんだろうなって分かる。何かを考えている時そんな顔をしているから。
熱さで可笑しくなってきた頭でそんなことを考えていると不織布マスクのざらざらとした感触と、人肌の生暖かい体温が唇に触れた。
「はい。ちゅーしたから寝ようね」
もっと、と言ったらマスクで隠れない位置まで顔を染めて、「風邪が治ったらね」と約束をしてくれた。
