銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「ただいま〜…っていないか」
21時24分、大学図書館のバイトから帰宅。
玄関を開け帰宅を告げても誰の返事も返ってこず、真っ暗な室内に私の声が吸収されるように消えていく。
何度も何年もこういう日があって、もう深く考えないようにしている。
靴を脱いでスリッパに履き替えて廊下からリビングまで電気をつけた。
今日は兄が出張でいない日の二日目。外で外食したらよかったのにそれもせず、コンビニに寄るのもなんとなく億劫で大学から直帰してしまい、今になって冷蔵庫とか備蓄を漁る。
「ない…」
調味料しかなかった。
あー帰りに買おうと思ってたんだ私のバカ。
「あ〜…今からコンビニ…」
兄は出張に交通機関を使ってるから車もあるけど面倒臭い。
体力は残ってるけど気持ち的には辛い、もうだめ、そんなにお腹も空いてないしお風呂入って寝たい。
「ん、」
腕につけているスマートウォッチが震えた。スマホの通知を受信したみたいだ。
ラインのアイコンは彼のだ。
『バイトお疲れ。無事に帰れた?』
腕にある小さなディスプレイをじっと見つめる。
言葉の意味は分かる。けど彼の思いやりを飲み込む時間がかかった。
深く考えるなって思うほど考えてしまう。自分一人ではどうしたって解決しないことを考えるなんて不毛なのに。
『うん、今帰ったよ』
音声入力で返信を送る。
『夕飯食べた?』
食べてないと言ったら彼は心配するのかな。
でも彼は家だろうし。けどどんなに些細なことでも嘘は言いたくない。
『食べ物なくて食べてない』
言葉にすると虚しすぎた。無いなら買いに行くなりしろって自分で思う。
こんな返信送られて彼も返信に困るだろうし、なんかもう今日は嫌だ。
冷蔵庫の前で体育座りになって小さくなってるとスマートウォッチが返信じゃない震え方をする。通話だ。
『薫ちゃん? 体調悪いの?』
「ううん。違うよ」
肉体面ではいつも通り元気。
でも今日は、なんとなくメンタルがマイナス寄り。だから無駄なことを考えたり、昔のことを思い出す。
『ね、薫ちゃん今から時間ある?』
「う、うん?」
『明日土曜だけど用事とか』
「無いけど…」
『今からドライブ行こ。でコンビニでご飯買ってどっか遠くの海に行こう』
唐突な誘いに面食らう。彼ってそんな急に海見にいくとかいうタイプだっけ。
いや突発に水族館とかB級グルメフェスとか付き合う前は行ってたらしいしあるのかな?
そういえば海って長らく見てないかも。
「うん。行く」
『んじゃあ決まり。準備とかあるだろうし迎えは何時にしようか。あ、明日半日潰れると思ってね』
「…一時間あったら」
『分かった。じゃあ一時間後迎えにいくね』
通話が切れて放心する。
深夜に出かけるのってないな。直接禁止と言われていたわけじゃ無いけど、しようと思ったことがなかった。泊まりでも無い限り夜は家にいるものだと思っていた。
いや考えてる暇はない、準備しなきゃ。オールになるなら今のうちにお風呂入って着替えないといけない。
一時間後ピッタリに彼は車に乗って迎えに来た。彼も外に出れるラインの結構ラフな格好をしてる。
「深夜にごめんね。眠かったら寝ても良いから」
「いやいや途中で交代するよ」
彼の隣である助手席に座って会話する。視線が私の様子をゆっくりと観察している。
「元気?」
「え、うん」
「あーお節介だったらごめんね。薫ちゃんが元気なさそうだと思ったから、ちょっとでも気が紛れたら良いなって思って」
なんで、なんで、分かるんだろう。BL漫画にこういうのあるのかな。
嬉しい。大好き。この感激を涙で表現はしたくない。
「ありがとう。うんちょっと元気なかった。でももう大丈夫」
「なら良かった」
笑って見せると彼も微笑みを返してくれた。
ぐ〜〜〜、
…恥ずかしいことに、お腹が鳴った。つい今まで感じていなかった空腹を感じてきた。空きすぎてお腹と背中がくっ付きそう。
「俺も夜食食いたいし、コンビニじゃなくてどっかに食べに行こ」
「っうん」
やっぱり彼と一緒にいたらもう寂しくない。
