銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
唐突だが腕相撲をすることになった。
本日、マヤセンの両親が”息子がいつもお世話になってます”と送ってくれたお菓子がケーキだったのだが、そのケーキが全て違うものだったのだ。
『マヤセンの親が買ってきてくれたんだし、マヤセンから選んだら?』
『ん〜この中だったらなんでも好きなんだよねえ』
『じゃあじゃんけんとかで決める?』
『腕相撲で決めよう!』
『急にどうした薫ちゃん』
ケーキの箱を開けたあたりからソワソワと挙動不審だった薫ちゃんが、ケーキを選ぶ話になるといつもの倍の声量で提案した。
まあ挙動不審になった理由は分かっている。薫ちゃんはマスカットとかブドウが好きなのだが、四つのケーキのラインナップにマスカットのタルトがある。好きなものにアグレッシブになるのはとても可愛いが、そんなに必死にならなくてもこのメンツで目当てのものが当たらないなんてことはない。
俺はもちろん好みを知っているし、水元も超能力で今の彼女の興奮を聞いているわけだし。
『薫ちゃんはタルトがいいんだよね? だったら俺と水元でじゃんけんすればいいから』
『それは違う』
何が?
ごめんちょっと分かんない薫ちゃん。
『欲しいものは勝ち取らなきゃ。努力せずに得たものより努力して得たものの方が美味しい』
そうかな? そうかも?
薫ちゃんってたまにすごーく思考が脳筋というか、体育会系というか。実際そうなんだけども。
欠点とかではないが。
いや、問題はそこではない。
『腕相撲って俺ら勝てないだろ』
俺よりも先に水元が指摘した。
そう薫ちゃんはパワー有り余る高校生のガキどもと俺らでも開けられなかったジャム瓶の蓋を開ける握力の持ち主。その他運動神経の高さなど見積もって勝てる結果が想像できない。
『何言ってるの、むしろハンデ欲しいぐらいだよ』
一見先ほどの”勝ち取る”発言と矛盾しているように思われるが、そうではない。決して薫ちゃんはハンデが欲しいとかそういう意味で言っていない。薫ちゃんは勝てる見込みがあるから言っているのだ。
つまり本気で俺らを負かす気だ。
側から見てハンデをもらってもおかしくない勝負を挑むことで俺たちに腕相撲以外の選択肢を捨てさせようとしているのだ。確かにじゃんけんは俺単独だと水元には勝てるかもしれないが、読心ありだと薫ちゃんは水元に勝てない。これではフェアとは言えない。
というわけで腕相撲なのだがマヤセンが「漫画家の腕は大切に扱ってよ」云々で棄権したため三人で二回勝った人が最初のケーキを選ぶことになった。
まずは俺VS薫ちゃん。全然薫ちゃんの大好きなマスカットタルト譲るのに、なんで腕相撲するんだ本当に。
「準備はいいかい?」
棄権したマヤセンがジャッチを行う。
というかいつの間にかスマホ構えてやがる。腕相撲はなんの参考になるんだよならないだろ。
「よーい…のこった!」
「ふんっ」
「うお!?」
待て待て待て待て待て?!
強い強い強い!
やるからには本気でやらないと失礼なのでガチで力を込めているのだが、強すぎる。
なんとか持ち堪えているが、本当に”なんとか”なっているだけだ。ほぼほぼ倒された状態でここから持ち返すのはまず無理だろう。
…あ、これ、耐えられん。
少し力を緩めただけで俺の手がテーブルにつけられる。
「はい、銀木さんの勝ち」
「ごめん痛くなかった?」
「…だ、大丈夫」
今の一瞬で腕に疲労が溜まっている。
いくら体力腕力精神力のないチャランポラン大学生とはいえ、女の子に惨敗するとは思わなかった。完全敗北である。
「こんな見事な宇宙猫面、見たことないね」
「びっくりするでしょ…」
勝てる想像はしていなかったが、せめてもう少し競れると思ったんだが。
水元気をつけろよ。薫ちゃんの可愛い顔に騙されてはいけない。想像の三倍は力が強い。あと反射神経がいいから掛け声に対しノータイムで力が込めらて受け身だとまず勝てない位置まで押さえ込まれるぞ。
「はあ…」
溜め息がデカすぎる。
水元と席を代わり、二人が手を組んだ。薫ちゃんと手を繋いでおいてなんだその反応は。
「…」
「いいかい? よーい、のこった!」
「ぐッ!」
「強いね?!」
滅茶苦茶競っている。
だが薫ちゃんは笑顔である。自身の勝ちを全く疑っていない。打って変わり水元はいつもより眉間の皺を深くしている。
お互い腕に浮き出た血管が本気度を表していた。
「もしかしてキミって力弱い?」
「普通のはずなんだけどなあ」
皮と骨の俺の腕に反し、ちゃんと筋肉がついている薫ちゃんの方が筋力があるのは妥当に違いないだろうがな。
と、マヤセンと喋っていたが拮抗はすぐに崩れ始める。水元が徐々に押され始めた。これは、おそらく体力差か。
俺も薫ちゃんに体力で勝てた試しがないのでこれは仕方ない。
「つ、ッよ…無理っ」
最後はあっけなくジリジリと机に抑え込まれて水元も敗北。
「わあ水元くんも負けちゃった。銀木さんの優勝〜、一言どうぞ」
「マスカットタルトごちになります」
今まで見たことのないレベルのドヤ顔だった。可愛いね。
「では優勝者の銀木さんにタルトの贈呈でーす」
皿に乗せられたマスカットのタルトをマヤセンから受け取り、薫ちゃんは目を輝かせている。
果実を一粒、フォークに差し一口目を堪能する。
「美味し〜〜〜〜〜〜」
美味しすぎて頬が落ちそうな仕草をしながら満面の笑みを浮かべている。
これは俺的可愛いオブザイヤー受賞。
残りのケーキは俺と水元で食べたいのが被らなかったので腕相撲三決はしなかった。
