銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 これはまだ薫ちゃんと付き合い始めて間もない頃の話だ。

『ごめん、友達に呼ばれたから少し待ってもらえないかな?』
 交際と言っても、互いに誰かと付き合ったことがないということで、距離感を掴めずにいた頃でもあり、彼女と友人との用に関して信用できていない時期でもあった。
 BL漫画の世界にとって女子とは時に引き立て役であり、その役目を終えると女子自身も同性の恋人を作り去っていくのが定石となっている。
 ならば今のうちにどのような交友関係を持っているのか、知っておく必要がある。そんな免罪符をたて、メッセージが送られてきてすぐに彼女を探した。
 今日の最終講義は必修であると聞いていたので、教室の予測はついた。実際そこの教室の別の学生に聞くと、つい先ほど友人と出て行ったと聞いた。
 少し探すと案外すぐ見つかったが、俺は咄嗟に隠れた。
 彼女が喋っていたのは女子ではなく、イケメンだったからだ。俺と授業は被っていた記憶のない、知らないイケメンだ。
 え、速攻浮気? もしかしてNTSというやつか?
「オレと付き合ってください!」
 ん? なぜイケメンが女子である銀木さんに告白をしているのか。
 俺が隠れている位置から辺りを見渡すと、一人校舎の影に隠れている男の姿が見える。
 なるほど。BL漫画でも最初は片方が女子が好きで、その後失恋したところを狙いにいくというシチュエーションは存在する。恐らくそれだ。
「ごめん、そういう風に考えたことないや。それに最近付き合い始めたって、この前言ったじゃん?」
「ん、な──、だってあの彼氏…あんなん可愛い銀木には釣り合わねーよ!」
 あんなんで悪かったな。
 だがまああんなんは、あんなんである。俺は凡顔なので、あのイケメンくんと比べたらスッポン側なのは致し方ない。
 肩を掴まれた銀木さんは、力強そうな男の手を払いのけ距離を取った。
「…彼のこと悪く言わないで。あと別に外見で選んだわけじゃないから。…帰る」
 表情を見ずとも分かる不機嫌な低音が淡々を聞こえてくる。
 去っていく彼女の言葉に唖然としていると、メッセージが送られてきて俺もこの場を去る。
 俺が背中を向けたところで覗き見していたもう一人の声が聞こえたので、あのイケメンはもう大丈夫だろう。
『お待たせ! 今どこにいる?』
『本館2B -107教室』
『わざわざこっち側の教室まで来てくれたの? ありがとう!』
 BL漫画の世界において女子はルッキズムが激しい。イケメンには甘く、それ以下の凡顔には興味がない。
 図書館で出会った程度の接点だった俺を好きになったという理由が甘いように感じていて、だからこそ、俺のこの凡顔が好みなのではという予想をしていたのだが。そうではないのか。
 ならば、なぜ彼女は俺を好きになったのだろうか。
「お待たせ!」
「うんん、大丈夫」
 ここまで笑顔を向けられ、好意を受ける理由が思い当たらない。決して嫌なわけではなく、むしろ嬉しいのだが、理由が分からないという不安要素は出来るだけ取り除きたい。
 あのイケメンの告白を断った時との声色と全く違う。
「用ってなんだった?」
 俺の問いかけに銀木さんは言葉を詰まらせる。
 歩き出しながら、彼女は顎に左指を添えて考える素振りをする。
「告白を断ってきた」
 思ったより直球だ。勿体ぶればその分怪しく見えるものなので全然間違いな選択ではない。
「友達からの?」
「そう、同じ学科の人。でももう絡まないかな」
「どうして?」
 意地悪く口から出た質問に彼女は、
「自分に好意があるって知ってる相手とその気が無くても一緒にいるのは不誠実だと思うから」
 考えることなく即答した。
 世界の呪いによりぼんやりとしてしまう女子の印象フィルターが掛かっているにも関わらず、彼女の視線が俺のどこに向けられているのか、はっきりと感じられる。彼女はいつでも俺と話すときに、俺の目を見て話している。
「別に私は強要しないけどね」
 え、しないの?
 こういうのって自分は嫌だから相手にもしないようにお願いするの常套句ではないのか。
 俺の反応に、俺の言いたいことが分かったのか、銀木さんは少し口角を上げた。
「強要されて嫌々やるより、自分で決めて行動することに意味があるから。そう思わない?」
「そうかも…」
 彼女の言葉に腑に落ちた。
 不安に思ったり嫉妬しないための自己防衛の束縛ではく、あくまで自分が相手を不快にさせないための配慮。
 付き合って数日の人間にこんな献身的なことある?
「俺も、そうする」
 モブの俺に告白してくる女子なんて他にいないだろうし、そも男は論外。
 だが、俺が彼女だけを大切にしたい理由はもう出来てしまった。
「なら私も嬉しい」
 こんなに好いてくれる女子を俺も好きになった。


*


延長戦

「珍しく不機嫌?」
 待ち合わせをしていた学内のラウンジで待っていると、眉間に皺を寄せた彼女がやってきた。
 怒りや苛立ちを持ち越さないタイプだから珍しい。
 おつかれ、と声をかけるといつもの通りとは行かないものの「おつかれ」の返事が返ってくる。
「友達に強請られてツーショ見せたんだけど、」
 カウンター席に座っている俺の隣の椅子を引いて、あったことの愚痴を溢す。
「見たいって何度も言うから見せたのになんて言われたと思う?」
「…さぁ?」
 大方予想は付くが、分からないふりをしておこう。
「愛想笑いで『優しそう』だよ!? なにそれ、反応に困った時の常套句じゃん、腹立つから優しいのは当然だって言って来た」
 彼女が”友達の微妙な顔の彼氏を見た時のテンプレ”を知っていると言うのは意外だったが、この世界はイケメンが多い以上に俺のようなモブも当然いるので、よくあることなのかもしれん。イケメンはイケメン同士でくっつくわけだし。
 俺としては微妙な顔の彼氏で間違いがないので憤る理由もないのだが、まさか彼女がここまで怒るとは。
「別に俺は気にしないよ」
「私が無理やり見せたならともかく、強請りに強請って見たんだからもうちょっとコメント選んでほしいなって思ったんだよ。君に失礼にも程があるし、あの場合の”優しそう”は褒めてないから気にして」
 もしかして彼女は人が出来過ぎてるのかもしれない。
「…ちょっと名前で呼んでみて」
「薫ちゃん?」
 数秒の無言のあと、唐突なお願いに首を傾げる。
 試験期も終わり、やっと勉強と帰宅時間以外でデートの時間が取れるようになったのを機に来週にデートの約束をして、加えて名前で呼んでみることにしてみたのだが、初回の薫ちゃんは呼ばれただけで赤くなっていた。
 口元を手で覆い隠し、もう片手で人差し指を立て、もう一回を表す。
「薫ちゃん」
 二回目で彼女は目を閉じて深呼吸をする。
「うん。よしご飯行こ」
 感情のリセットというところか。
 俺が呼ぶぐらいで落ち着くのなら何度だって呼ぼう。
 
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