銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
キャンパス内で薫ちゃんを見かけた。ラウンジの端の席で友達と固まって話をしている。
BL漫画の世界であるにも関わらず彼女は世界の強制力に負けることなく、BL漫画のメインキャラにしか背負えない花を背景に背負って友達数人と一緒に談笑している。
仲良さそうに喋っているところに彼氏が顔を突っ込むのは野暮だろう。今は特に急ぎの用があるわけでもないし声は掛けないでおこう。
「…!」
あ、目があった。
普段であれば名前を呼んで満面の笑みで手を振ったり、駆け寄ってきてくれたりするのだが、今日は少し様子が違う。
手を振ろうと上げた左腕が途中で止まり、視線が左右に揺れた。
左右にいる友人に何か言われているのか顔を僅かに赤くして反論している。
ほほう。これは勘違いイベントの亜種だ。
普段とは違うそっけない態度(広義)に疑問疑念を持ってすれ違う勘違いイベントである。この手のイベントのシミュレートは参考文献により完了しているので俺がヤキモキするようなことはないが、そのような反応をされると単純に何を話していたのか気になる。
「あとでね」
俺は普通に手を振り、聞こえていないだろうが声を掛けて次の授業教室に向かった。
*
「で、なんの話してたの? めっちゃ照れてたよね…?」
「う゛〜ん…」
講義終了後に最近オープンしたカフェに寄った。
バスクチーズケーキが売りらしくそれとカフェラテを選んだ。普通のベイクドチーズケーキはあまり好みではないのだが、これはパサついた感じはなくとろりとした生地が上手い。
で、薫ちゃんだ。
昼間の出来事について触れると、ニコニコと満面の笑みでケーキを食べていた食指が途端に止まった。
「ここではちょっと…人いるし……」
周りに人がいて言えないこととなれば大体内容は限られてくる。
「というか言わないとだめ?」
「興味。本当に嫌なら別にいいけど」
やけに渋っている。
薫ちゃんはまた唸って、ケーキを一口食べた。咀嚼すると美味しいのか笑顔が溢れてとても可愛い。
「…今日お兄ちゃんいないし、うちに夕飯食べに来てよ」
「いいの? やった。買い物行く?」
「行く」
買い出しをして、彼女の家で一緒に夕飯を作って食べる。
同棲とか結婚後の生活を先取り体験しているようで楽しい。卒業後は一緒に住む約束もしたし、それまでに出来ることを増やしたい。
風呂を沸かしている間にテレビでバラエティを見ていると俺の着替えを準備してくれていた薫ちゃんがソファーの隣に腰掛けた。
「お兄ちゃんのシャツでもいい? それとも私のオーバーサイズのシャツ着る?」
「お兄さんので」
「んじゃこれね。最近着てないやつだから大丈夫だと思う」
渡されたのは黒い無地のTシャツ。下はグレーのスエットを渡された。
「お泊まり用に何か買おうか? それとも何か持ってくる?」
「そういうの置いといて怒られない?」
「いいんじゃない? カレシくんもお兄ちゃんの部屋に着替えとか置いてるみたいだし。私の部屋に置いとくよ」
カレシくんとは薫ちゃんのお兄さんのつがいである。
なんかすごくダメな彼氏っぽさはあるが、反面すごく恋人っぽい。
こう言うのって置いていった服を後日、彼シャツなどとして薫ちゃんが着てくるやつなのではないか。それはとてもアリ。
「……で、今日の話なんだけどさ…」
「うん」
あ、教えてくれるんだ。
「うん、まあ俗に言う猥談だね」
猥談。だと。
薫ちゃんって猥談するんだ。
「どんな?」
薫ちゃんはじわじわと頬を染めた。
口をギュッと食いしばって心底恥ずかしそうに目を細め視線を俺の顔から逸らす。
すると彼女は左手を俺に見せた。…軽く握った人差し指をピンッと上へ素早く向ける。下を向いた状態から上向く動き。
「…サイズ」
指の動きと”サイズ”という単語が俺の脳内で一つの答えが導き出された。
「えっ、女子ってそんな話すんの??」
「メンツがあ…あの時たまたま全員彼氏持ちでえ……あ゛私は言ってないよ流石にセンシティブすぎる!」
真っ赤になった顔を両手で隠して身体をくねらせている。
薫ちゃんが言わなかったのはわざわざ疑う必要もないが、女子って割とえげつないことを話題にするんだな。
そして暴露するならば俺のサイズは平々凡々である。このBL漫画の世界においてサイズはステータスだ。特にイケメンは大抵デカい。見たことはないが参考図書はそう。XLとかになると漫画のタイトルにされるほどなのでプライバシーも何もあったものではない。
まあ要するにアレのデカさは女子の胸のデカさぐらい重要視されている。
「で、他の子の彼氏の大きさは聞いた?」
「数値はともかく…ね」
今度は人差し指と親指で長さを表現している。
「…薫ちゃんはおっきい方がいい?」
「私がそれで大きい方がいいって言うと思うの」
「言わないね、ごめんね。…ありがとう」
自分で自分の地雷を踏むような質問に薫ちゃんは少し怒ったように語気を強めた。
俺はすぐに訂正して薫ちゃんに抱きつく。
「でも君は胸デカい方が好きだよね」
「……うっ、」
否定できないのが悔しすぎる。
「あは、仕返し。お詫びにここで泣いてもいいよ」
彼女が指差すのはその大きな胸の膨らみ。俺の大好きな薫ちゃんの胸。
初夜の時点で気取られていたし、巨乳が好きなのは事実だが、今は”薫ちゃんの胸”が好き。
「泣いてない」
しかし、差し出された胸に飛び込まないのは無作法だと思うので、泣き真似をしておくことにする。
