銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
突然だが本日は水元の部屋で宅飲みである。
ヤツの下宿先は広さもなければ壁も薄い安物件だが大学から近く利便性が高い。最もそんな利便性も隣室の“野球部”の性活音により全て潰れてしまうほど凶悪なデバフが掛かっている。
そしてなぜそんな狭小アパートで宅飲みなのかと言えばそのデバフが原因である。
「スミノフ、カルーア、牛乳、生ハム、ナッツ…」
下宿へのマップを見ている俺の横で、コンビニで購入した持参品を薫ちゃんが確認している。先に呟いた単語は水元が要求したもので、袋には他に薫ちゃんが飲みたいものが入っている。
「全部買えた?」
「うん」
確認を終えると薫ちゃんの持っている袋を俺が持つ。瓶酒ばかりだからか結構重い。
「半分持つよ?」
「ありがと大丈夫、代わりに地図見て」
似たようなアパートの多い住宅街を五分ほど歩けば件の建物に辿り着いた。瓦屋根の木造二階建てアパート。202号室の性活音が(水元の中で)問題視されている場所である。
「よお! 薫に──じゃん」
「コガちゃんだやっほ〜」
唐突に不運男の襲来である。
そういえば小賀は以前に住んでいた家が火事で全焼してボロアパートに引っ越したと言っていたが、どうやら小賀もここに下宿していたようだ。
「前に見つかったっていうアパートここだったんだ?」
「そうなんだよ。ボロいけど前より安いからラッキーだったわ〜、壁は薄いけど。二人は宅飲みしに来たんだ?」
「そ、水元くんの部屋で」
「いいな〜俺これからバイトだからさ〜今度誘って」
「うん聞いてみる。バイト頑張れ」
薫ちゃんと一緒にいると小賀の不運が俺に向くこともないし、小賀は薫ちゃんと話をするので俺との会話イベントが発生しないので安全なのだが、他女友達並に気安く喋っている様子を見せられるのは少々面白くない。確実に水元や真山とも違う、付き合いの長い男友達の位置を確立している。
「上登ろっか」
薫ちゃんが外階段を指差した。屋根のない外階段は吹き曝しで少し錆びている。単純に危ない。
「小賀がストーカーされてた話って薫ちゃん知ってた?」
「知ってたよ? 相談されたけど、流石に彼女のフリは断った」
意外だ。いや普通に考えて相手は男なので危険なのだが、薫ちゃんは優しいし彼女のフリとかしてもおかしくないと思ったが、実際には俺が滝本に白羽の矢を向けされた。
「コガちゃんの学部、──くんと一緒だし勘違いされたくなかったんだもん」
「かわよ」
脳直で思ったことが口から出たが事実なので撤回はしない。薫ちゃんは照れ隠しするようにそっぽむいた。あー可愛い。
二階共用部分の廊下は水捌けが悪いのか昨日の雨が少し残っている。
「お前、マジ付いてくんな」
「いいじゃん」
出たな件のカップル。
「あ、よう。後ろの彼氏?」
「お疲れ。そうだよ」
薫ちゃん、この金髪キレ顔イケメンと知り合いなのか。
俺、薫ちゃんのどんな野郎とも仲良くなれるところも素敵だと思うけど、またカップルの周りにいる女友達ポジションになってるよ……。
あーもーほらほら後ろにいるつがいに滅茶苦茶見られてるもん。これあれじゃん。帰ってきた時に『声抑えねぇとさっきの女に聞こえるぞ』的なプレイが発生してしまう。それか出先で『ああいう女がいいのか? もう女なんて抱ける身体じゃねえのに?』なんて屈辱プレイが発生する可能がある。
だが、今回はそれもうまく利用するつもりだ。
「煩かったらごめんね」
まあ今回の目的はご近所に迷惑にならない程度に喧しくすることなので、煩くなるのは確定している。
件の二人を見送って、水元の部屋のチャイムを鳴ら、
「…入れ」
そうとしたら水元がドアを開けて顔を覗かせた。読心ってそういうの便利だな。
「便利じゃねえ…」
「頼まれたお酒買ってきたよー」
薫ちゃんの言葉に合わせて俺が持っていた袋を見えやすいように掲げた。
「ああ、助かった」
玄関に入り、靴脱ぐ。
「なんもねぇな」
「金ないからな」
小型の冷蔵庫にレジ袋ごと買ってきたものを入れている。
「真山くんも呼んだんだよね?」
「さっき文字入れ終わったから家出たとか連絡きた」
相変わらず忙しいヤツだな。
*
『いい加減静かに寝たい』
水元のこの呟きが、宅飲みのきっかけだった。
性活音による騒音により水元の睡眠不足は限界値を迎えていた。
いつも大凶みたいな顔で眉間に皺を寄せているが、最近はクマもやばい。インクの付いた版画板のようになっている。
『引っ越したらいいじゃん』
『誰もが真山や銀木みたいに金持ちだと思うなよ』
水元は端的に苦学生である。太い実家による手厚い仕送りがある薫ちゃんや真山と違って生活費などに余裕はない。
『さりげに生活音がかなり筒抜けだってアピール出来ないかな?』
薫ちゃんの提案は少し程度が難しいが、一番通じる方法だと思われた。
実際に相手はソロプレイの音を聞かれてマルチプレイに発展したわけで、その音が隣に聞こえているかも知れない、と思わせることで牽制が出来るかもしれない。
『こっちも音を出してみるとか?』
響きそうな大きな声は、何も比喩のマルチプレイでなくてもよい。
つまり本当の意味でマルチプレイをすれば良いのだ。
と、いうわけで真山もご到着し、一人暮らしの和室に大学生四人が集まった。
件の男たちは出かけたばかりなので今は作戦決行のため酒を飲み、いつでもゲラれる準備をする。つまり奴らが帰ってくるまでは普通に宅飲みである。
「マヤセン、なんのゲーム持ってきたんだ?」
「定番のパーティゲームは大体持ってきたよ」
ゲーム機をモバイルモニターに繋いでゲームタイトルを表示させる。
コントローラーを操作して画面を動かしていると一つのタイトルが目に止まった。
「これ行けるんじゃね?」
「あぁ確かに!」
すでに盛り上がる俺とマヤセンに対し、水元は心底いやそうに眉間に皺を寄せ、薫ちゃんは「あー、あー」と声を出す準備をしていた。
*
「…お、お前、今日隣に人来てんの知ってるだろ…っやめろばか…」
「銀木だっけ、あの子のこと気になってんだ?」
「ちがッ」
引ける腰を力任せに持ち上げたあと、一気に下に押し付けるように体重を乗せると、組み敷いた男は身体を震わせた。
自分のことだけを考えろとこの男に教え込ませる。暫く動くと喘ぎ声を我慢できなくなっていた。
「ほら、声出てんぞ」
「あ゛っ…」
『ツクツクツクツク!!』
隣から奇声が聞こえた気がした。
下で蕩けて喘いでいる男はまだ気がついていない。初めは気のせいかと思ったがそうではない。奇声の後に複数人の笑い声が聞こえてくる。そうして二人とも、夜の行為どころではなくなった。
『ドュビドュビデュンッ』
機械音などではない確かに人の声で、たまに奇声の合間に耐えられなくなって笑っている時や、ヤジが飛ぶこともある。
「な、なにやってんだ?」
「…さあ?」
気になることがあると、男は隆起を維持出来なくなる。大きさを維持できなくなり抜くしかない。隣である201号室との壁に男二人は耳を当てて盗み聞く。すると、
『うるせーーー!!!』
耳を当てなくてもはっきりと聞き取れる怒声に二人は身体を驚かせた。これは家主の水元の怒号であるとすぐに分かったが、これまで彼がこれほどの声量で怒鳴っているところを大学でも見たことがない二人は焦った。
通常時だったなら深夜になりつつ時間に騒いでいるのは向こうであり、何か一言文句も言えただろうが、今の二人はそんな様相ではない。どちらかと言えば二人も興奮するあまり声量を抑えられていなかった。
「…お、お前今日はもう帰れ」
「そうだな…」
*
銀木はゲーム機にUSBで接続されたマイクを持った。
画面に表示されたお題と、サンプルの声を聞いた彼女はそれのモノマネをした。
「ミャーンミャー」
電気の流れる音、写真のシャッター音など無機質な音を真似させるゲームの中で、銀木に当たったのは比較的簡単でありそうな猫の鳴き真似だった。
一巡目から簡単なお題の引きで、可愛さに全振りしていたが、この声帯模写ゲームは以前に真山邸でも遊んでいたこともありすでに彼女に羞恥心という言葉はなかった。なので真顔で真似してみせた銀木だったが、それを隣で聞いていた男はそうではなかった。
男は普段から表情を隠すのが得意である。嫌な顔は意外と表に出やすいがあくまでBLフラグに遭遇した時の嫌な顔だ。そんな彼は恋人の銀木に対しては普通に笑いかける。そんな男が真顔を我慢できず口元を押さえた。酔って気持ち悪くなったのではない。上がった口角を咄嗟に隠したのだ。
そして、
「うるせーーー!!!」
水元が喚いた。
「うわびっくりした」
真山が声をあげ、銀木も水元を見たあと口元を隠した男の方にも視線を向ける。
「マジでうるせぇ黙れお前それ俺にしか聞こえてねえんだよ! 心の声でもキッショい声出しやがって!!」
「可愛い…薫ちゃん、可愛い…好き……」
「心の声とアウトプットする量がバグってんだよ!」
────…………
「あ゛ー楽しかった」
「……お前はな」
薫ちゃんのあまりに可愛い猫の鳴き真似に冷静さを欠いたが、どうやら作戦は成功したようである。
作戦は、『騒音を出す相手には気を散らす馬鹿馬鹿しい騒音で逆に驚かせましょう!』だ。幽霊に下ネタや猥談が効くという都市伝説があるように、セックスをしている相手にはその気を無くさせるような雰囲気にさせれば良い。
そのために声帯模写の点数を測るゲームを使って騒いでみた、ということである。
「眠気飛んだ…寝れん、もう殴って気絶させてくれ…」
布団もひかれていない畳の上に水元は寝転がった。
せっかく騒音トラブルは解消したのに寝れないのはもう水元のせいなのでは?
「誰かが脳内で叫んだせいで頭痛ってぇんだよクソが」
その件に関しては申し訳なさもないわけではないが、薫ちゃんが猫の真似したらああなるでしょ、スタンディングオベーションののちお捻りとして一万円をベルトに押し込むでしょ。流石にしてないけど。
「で、どうしよっか。真山くんのところみたいに泊まれないし歩いて帰る?」
「あーそこまで考えてなかったな…日付変わったしタクシーもないよな…」
俺と薫ちゃんは泊まろうと思えば場所もあるだろうが、マヤセンは歩きか。
「僕はどっかのビジホに行くよ。近くに夜間受付が出来る場所あるし」
「よし、解散!」
寝れずに呻いているあいつは置いていく。
翌日、登校してきた水元はいつもの頭痛顔と比べ多少は毒気の抜けた顔をしていたが、数日経つと効力が落ちるのか、声帯模写大会の開催が時折されるようになった。
水元は引越しを本当に検討した方がいい。
