銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
昼休憩も終わりの時間。昼食も摂って三限目の教室に入った。
この講義は選択で別学科の薫ちゃんも受けるので彼女が座る席も荷物を使ってとっておく。
「トイレ行ってくる、荷物見ててくれ」
「おう」
ちなみに水元も同じ授業だ。俺の席の後ろに荷物を置いて席を立った。教室に来るまでにトイレの前を通ったが珍しく男子トイレが混んでいるように見えたので、時間に間に合うのだろうか。
「おつかれ〜」
「薫ちゃん」
水元とほぼ入れ替わりに薫ちゃんが登校してきた。この曜日は午前の授業を取っていないから朝は運動したり出かけたりしていると言っていたが、今日の彼女はいつもより少しラフな格好で鎖骨までよく見えるTシャツを着ていた。
席を取るために荷物を置いていた場所に着席して、授業に使うノートやペンケースを取り出す。彼女は左利きなので右利きの俺と腕が当たらないように、俺の左側に座る。すると彼女の右横顔が見え、彼女は右側の髪を耳にかけるのでピアスもよく見えて好きなのだが、今日は珍しくピアスが一つも付いていなかった。
「遅刻するかと思ったぁ…」
「今日はどこ行ったの?」
「今日はねえ、」
「薫いたあ!」
教室外から友人に呼ばれ、席を立った。髪が揺れふわりと揺れる髪が今日も綺麗だなぁと思ってると、いつもと香ってくる香りが違った。
自分で思ってキショいと思ったがいつもとにおいが違う。
…落ち着け。いつもと違う様相とにおいなどBL漫画において勘違いの鉄板だ。薫ちゃんに限って俺の脳裏に浮かんだ言葉が杞憂でないわけがない。
友人と少し喋って薫ちゃんは戻ってくる。座り直した薫ちゃんからはやっぱりいつもと違う柑橘系が香ってくる。
「誰かに会ったの?」
「ん、そうだね」
「なんて人?」
「ヤマトさん」
「…ヤマト」
滅茶苦茶男の名前だった。女みたいな名前が多いBL漫画の中でも普通に男の名前がいないわけではない。しかも水元のように愛称で女みたいになるわけでもない。
待って頭痛いかも。
”さん”ってことは年上だよな。え、ナンパとか? え、え? ほんとに? 泣いていい? 薫ちゃんがこんないかにもな証拠残すわけないだろバカ。
「薫ちゃん、今日香水変えた?」
「? 変えてないけど」
ではこれはその男の香りということでいいですか。もしくはシャンプーとか。……──あーやめろバカばかばか余計なこと考えるな、嫌だ薫ちゃん俺を捨てないでくれ、死ぬまでずっとそばにいてくれ。ひとりにしないで。
「だ、大丈夫? 顔色悪くない?」
大丈夫じゃない。
「なにやってんのお前」
水元が帰ってきた。
いや! 水元! お前には薫ちゃんの考えていることが聞こえるし、俺の今のこの動揺も聞こえてるんだから分かるよな! 俺のこの浮かんだ二文字をすぐさま否定してくれ!!
「うっさ。トイレ混んでたんだよ」
「水元くんやっぱり──くん体調悪いとか?」
「いや、銀木が美容院行ったのを浮気だと勘違いしてる」
バッッッカ俺の馬鹿野郎!!
そもそも薫ちゃんを疑う俺がどうかしてたんだよ。
そして水元もさらっとその単語を口にするな俺が意地でも考えたくなかったのに。ていうか帰ってくるの遅いんだよ。
「違うんです…服装もアクセも、においも違うからどうしたんだろうって思っただけなんです…」
(猫みたいなやつだなこいつ)
(猫ちゃんかな)
とはいえ、今の俺は薫ちゃんに申し訳が立たず顔を手で隠し謝罪するしかない薄情な男である。
「…ああ! 美容院の担当がヤマトさんなんだよ。前髪と毛先切ってトリートメントだけだから気づかなかったんだんだね。服は首元詰まってると邪魔だろうし、アクセもそれで取ったままつける時間なくて」
「これからは毛先三ミリでも気がつくようにする……」
「そ、そこまでしなくても…」
「ゴメンネキショクッテ」
「気にしてない気にしてない、大丈夫大丈夫だからっ。あ、授業ちょっと出ようか??」
水元を残し、薫ちゃんの提案で二人で教室を出ることに。
ちなみに理由は割愛するが欠席扱いになる二十分には間に合わなかった。
そしてしばらく水元に笑いのタネにされた。解せぬ。ネタにしていいのは薫ちゃんだけだぞ。
