銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
大学生とはとりあえず理由を見つけて酒を飲みたい生き物である。
それまで抑制していたものが解放されたことによりタカが外れる(アルコールにより理性も解放される)ことでバカみたいな飲み方をする。そこから学習することで自分が酒に強いのか否か知ることが出来るのだ。
「テスト明けの飲み会来るよな?」
「行く」
テスト明け、行事・イベント打ち上げなど成人した大学生は飲み会の機会を見逃さない。
俺は酒が好きなので大人数が参加する飲み会には大抵参加する。人数が増えればメインカップルの周りにいるモブとして溶け込みやすい。ゼミの飲み会は普段一緒にいないグループとも合わさることもあるが、顔を覚えておくことで不意のフラグにも対処しやすくなるのだ。
「彼女とは飲まねーの?」
「あぁ…彼女もゼミで飲み会でさ」
「彼女って教育学部だったよな…」
薫ちゃんは学部も違えば当然ゼミも違うので、飲み会などのイベントで何か特殊な意図のあるブッキングでもない限り飲み会で一緒になることはない。俺も薫ちゃんもサークルには属してしないので特に。
「あのゼミって女子率高いし、可愛い子多いよな?」
「どーだろ?」
正直薫ちゃんのゼミとかほぼ何も知らないし、そも女子の顔はぼやっとして認識できていない。
「なあお前さ、一次会か二次会で合流できるように口裏合わせてくんね…?」
「えぇ、別にうちの彼女は幹事じゃないし無理かもよ?」
俺を唆してくるこちらの男は有栖。つい先日彼女に振られ絶賛傷心中である。何度も言うが失恋は新たな恋の前ふりだ。つまり今話している飲み会で新たな恋を見つけることになるだろう。お幸せになるのはどうぞご勝手にだが、合流はなかなかにありな提案かもしれない。
以前のヤンデレ女子とのこともあり薫ちゃん側のフラグの警戒も怠れない。俺も彼女がいる飲み会ということで、細かなフラグは牽制出来る。
「頼むって! お前もちょっと前までずっと彼女欲しいって言ってたし俺の気持ち分かるだろ!?」
「…まあね? 一応話してみる」
確認するだけならタダである。
「一次会は幹事の行きたいお店だから無理だけど、二次会は行けると思うよ」
流石はBL漫画の世界、こういったシチュエーションをセッティングする際の成功率は異常な高さである。だが、今回はその世界の意思とも言えるシチュエーションを利用させてもらおう。
「銀木さんとこの一次会ってスペイン料理のお店だよね?」
昼休憩時間に話してみると、おおよそいけそうな雰囲気である。
今日は真山も一緒に昼食を取ったのだが、薫ちゃんが飲み会会場について触れると、真山もスマホを開いて画面を見せてくる。
コイツも俺たちと同じ日に飲み会を主催している。
「最近オープンして気になってたからそこにしたんだけど、同じところだ」
「ほんとだね〜」
まあ同じ大学の学生なので行く場所も被ってくるだろうが、そんなブッキングある?
「え、じゃあさ三次会、四人で飲もうよ水元くんも呼んでさ」
「俺はいいけどさ…というか水元来るか?」
薫ちゃんの方に視点を向けると、彼女はにっこりと笑って親指を立てた。
「君はゼミ一緒じゃん」
「アイツはいつものように欠席表明してた」
「呼んどいてよ。四人で飲むって言ったら来るでしょ」
「じゃあ三次会は水元くんの行きたいお店にしようよ」
薫ちゃんも水元が飲み会に来る事に有無を言わせないな。
*
飲み会当日。
嫌がっていた水元だが三次会に四人で好きな店に行くという話をするとノコノコと付いてきた。チョロい。
俺たちの一軒目はよくある大衆居酒屋である。宴会用の大部屋に十五人ほどが入ると部屋はいっぱいになる。十五人分の心の声と実際の声が同時に聞こえるのだから、水元にとっては相当な騒音だろう。
三件目が控えているのは俺たちには決定事項なので飲む量を考えなければならないな。
「…なあ、二次会大丈夫だよな?」
「大丈夫だって。ほらこの店ね」
そういえば一番二次会に行きたがっていた男に薫ちゃんとこのゼミと合流することを伝え忘れていた。
示し合わせた店のマップを見せると満足げに自分の座っていた場所に戻る。そんなに必死な様子を見せてるとどこからともなくBLフラグが舞い降りてくるから気をつけろよお前。
水元は部屋の角で話しかけんなオーラを発しているが、滅多に参加しないこともあり珍しがられて隣と正面から滅茶苦茶絡まれている。恨めしそうに対角にいる俺へ視線を向けているがその絡んでる男二人は現在フリーなので絶対に助けない。自力で何とかして仲人になれ。
ラストオーダーの時間になり話題は二次会の話に自然と変わる。
俺に教育学部のゼミと合流できるように頼んできた男が、他のメンバーも一緒に来ないかと誘っている。最初はカラオケ派の方が多かったのだが、水元が行くと言えば形成は逆転した(主に女子の)
俺と水元、あと必死な男以外は皆女子で、最終的には数はほぼ半々で分かれた。
普段水元が合コンに誘われる理由を実感する。
居酒屋を出て次の店へ向かう。道中で薫ちゃんと連絡を取ると、向こうは既に店に到着して飲み始めているようだ。二件目は薫ちゃんが選んだ店で雰囲気が良さそうなイギリス風のパブ。
「おつかれ〜」
店員に合流であると伝えると店内の奥へ案内された。
薫ちゃんのゼミの学生は三人。真山が主催した飲み会のメンバーも三人いて、真山セレクトのイケメンである。四対四合コンみたいになってる…
八人グループに七人追加で再び十五人になった。
流石にパブでこの大人数は座席を分けねばならず、状況としては女子と一緒に座りたい男。水元と同じグループになりたい女子たち。進展したい真山セレクトのイケメンたちとそれを見守る真山と、合流出来たことで満足している俺、薫ちゃん。と脳内恋愛バトルをノーガードで聞いている水元、という状況。
「十五人だし、五人で別れようか?」
真山の言葉に薫ちゃん以外の女子が目をハンターのように鋭くさせた。女子は八名。最低でも四人は水元と同じグループには入れない(あくまで女子視点であり薫ちゃんは除外されていない)。他にもイケメンはいるので分散するだろうがやはり水元が一番人気のようだ。
「私は彼と座れたらいいかな」
「いいよいいよ全然座って!」
「ほらほら薫っ」
女子たちの必死の形相は、顔の表情がはっきりと認識出来なくても理解できる。声が必死すぎる。むしろ競争相手ではない薫ちゃんを味方につけようと策略されている場合がある。水元の表情がやばいし。
十五人の声で聞こえているか分からないが、この二次会で四人で固まることは困難であると水元に向けて言っておく。四人で固まると男女比率問題で五人目は必ず女子になり、そうすると水元狙いの女子による争奪戦が勃発する事になるからだ。
「決まんないなら、適当にグッパで決めようぜ。余る一人は俺と薫ちゃんと飲もう。…真山」
「僕?」
「奇数で一人余るから。幹事でしょ」
「…っ!」
水元の眉間が動く。心の声を聞き取れたのか理解したようだ。
そう、四人で固まることは困難ではあるが不可能ではない。
「三人でグッパして」
残り十二人を三組に分け、うち一組をまた半分にしてから残した俺たちと同じ席にする。
ちとややこしいが水元が不正ジャンケンをすれば可能なのだ。
そうして不正(超能力)の力によって俺たち四人で固まって座ることに成功したのだが。
「……」
「なんか、ごめんね…?」
実質あぶれた男がテーブルで頭を抱えている。この二次会を誰よりも望んでいた有栖である。不運。
八百長に巻き込まれたのは正直申し訳ないが決まったところを撤回するのは問題だし、ここに他の女子が入ってくるより何倍も丸い結果だ。
「…俺もう無理かも、もうこのまま彼女出来ないんだ……」
「有栖くん大丈夫だよ。今日は縁がなかっただけだよ」
「銀木さん…っ」
項垂れた頭を勢いよくあげたかと思えば目をキラキラとさせている。
薫ちゃん無闇矢鱈に励ますのはよくない。また薫ちゃんがBLカップルの登竜門になってしまう。
「銀木さんの友達でフリーな子いないかなあ?!」
「えー、いなくはないけど…」
薫ちゃんは精神の安定を取り戻した水元へ視線を向ける。
なるほど薫ちゃんの友人の殆どは水元目当てということか。確かに最近、彼女が他の女子に水元との仲を取り持ってほしいと頼まれて困っているみたいだし。
今日の運気は最悪だが察しは悪くないこの男は、薫ちゃんの視線が水元に向いていることに気がつき、一度あげた頭をまた垂れさせた。
「水元さあ、彼女とか作る気ねえの…?」
「別に」
「何でだよお前もさあ滝本とかもモテるくせに彼女作んねえんだよお前らみたいなイケメンがフリーだから俺が余るんだよ」
滝本には秋人がいるからな。
水元も到底人と付き合えるようなコミュ力ではないし。痛、テーブルの下で足蹴られたんですけど暴力反対。
とはいえ、俺も薫ちゃんに声をかけられなければ今でもフリーだったわけなので有栖の嘆きが判ら
ない訳ではない。
有栖は更にペースをあげた。完全にヤケ酒である。
「有栖くーん、もうそろそろやめといたら?」
「真山ぁ、お前イケメンに詳しいよなあ〜、可愛い子も知らない?」
水を渡した真山に絡む。真山はイケメンしか知らないので首を横に振る。
次に俺と薫ちゃんに交互に視線を向ける。五秒は見られた。なんだ? 俺へのフラグなら容赦なく折るぞ。いくら俺が判官贔屓でこの二次会をセットしたとはいえ、俺と薫ちゃんにフラグが向く場合は絶対に許さん。
「二人ってなんで付き合ったん? 接点ほぼ無いよな学部も違うし…」
「私から声掛けたんだよ」
「ちぇ、何だよ──は俺の味方だと思ったのによ……」
「いやいやお前も少し前まで彼女いたじゃん」
「一途な彼女はいいよなー…」
有栖が彼女と別れたのは相手側の浮気のようだ。
「何がダメだったんだよ、もう分かんねえよ…」
男同士のBL的繋がりは強固であるこの世界だが、男女の繋がりはマンボウのように繊細である。
だた好きと伝え続けるだけで維持できるほど容易な世界ではく、フラグ管理が必要。または薫ちゃんのように、イケメンにある程度耐性がある必要もある。今回の水元目当ての女子と仲良くなっても同じ結末を迎えるだけなのである意味運は良かったのかもしれないな。
完全に潰れてしまった有栖を見下ろし四人で困り果てる。退店の時間だ。俺たちは水元が好きな店へ三次会の予定だが、酔い潰れたこいつをどうするか。
「僕がタクシー呼ぶね」
呼ぶのは良いが誰もこいつの家がどこにあるのか分からないんだよな。下宿とは言ってたけど。
「どうした、有栖潰れたのか?」
「ん、ああそうなんだよ。お前、こいつの家知ってる?」
真山セレクトのイケメンの一人が声を掛けてきた。あと二人の姿はもう見えない。真山がスマホを見るふりをして滅茶苦茶メモしていたので“そういうこと”だろう。
「下宿先一緒なんだよ。俺もう帰るし連れて帰るわ」
「マジかサンキュー。真山がいまタクシー呼んでるからそれで帰って」
酔って歩くのも覚束無い男の肩を抱き立ち上がらせた。一瞬表情が変わったので「コイツ軽いな。ちゃんと飯食ってんのか」など思われている可能性がある。
イケメンはタクシーを呼んだ真山に何言か喋りかけたあと有栖を連れて下宿先に帰って行った。
グットラック、そのフラグを折れるかはお前次第だぞ。
*
「はぁ…やっと静かになった」
残っていた女子も巻いて、漸く計画通りに四人で三次会に向かう。
水元セレクトなので詳しくないが静かな立ち飲みバーらしい。
「やっぱうるせぇから黙れ」
「有栖くん無事かなあ」
薫ちゃんが呟くが俺含め三人は黙った。いや、マヤセンはBL怪人に覚醒しようとしている。それにしても今までよく怪人の人格隠してたな。
「まあ週明けに結果分かるし」
「お前まじでカスかよ。あれだけ肩入れしてた癖に」
「してませーん。そりゃ彼女ほしいっていう分には最低限は協力するけど、BLフラグとかも面倒見てたら被弾するんだよ」
それを言うなら組み分けの時点で有栖と同じ手を出した水元の方が悪いだろうが。しかしどの席で飲んでも酔い潰れてた可能性は無きにしも非ずではある。
水元セレクトの店は確かに穏やかな雰囲気がある場所だった。
時間帯もあり人が少ないものあるが静かな場所で水元が好むのも分かる。
「足痛くない?」
「大丈夫。事前に立ち飲みって聞いてたから靴もそれ用にしたよ」
立ち飲みカウンターは初めてだと薫ちゃんは言っていたが、靴まで歩きやすいものにしているほど楽しみにしていたようだ。
「次、四人で飲むときは普通に集まろうな…俺はもう疲れた。二度とゼミの飲み会にも出ない…」
「え〜僕が主催した飲み会には来てよ〜〜」
「今日みたいに男だけの合コンにする気だろお前。そんな目に見えた乱痴気飲み会誰が出るか」
俺もマヤセンが複数人連れてくる飲み会には出来れば出たくないな。
だが以前にマヤセンが主催したキャンプは小賀の不運が遠因でネットニュースに載ったが、あれはそこそこ楽しかったな。水元の体調はドン底だったが。
「あれはそもそもお前のせいだよ…!」
「ん? なんの話?」
「真山の別荘にキャンプしに行った時の話」
「ああ! 小賀くんがワインのコルクぶっ飛ばしたやつね」
「コガちゃん…でもキャンプは楽しそう」
夏休みだしキャンプ…は難しいなビアガーデンとか行きたい。
「え、じゃあ今度は海に行こうよ。海にも別荘あるから」
「お前んちほんとなんなの…」
「海! いいねビーチバレーしたい。四人いるし」
「「「いやいやいやいや」」」
薫ちゃんの水着は見たいが、水着を見るためには俺も水着を着ないといけなくなる。それは拙い。水着は単純に露出度が増え、フラグを寄せ付けてしまう。
だが薫ちゃんのビーチバレーと水着には興味がある。とても。
「経験者に勝てるわけないだろ…」
「そうだよ。僕と──くんなんてヒョロガリだよ?」
「インドアのバレーとビーチは別物だからいけるいける」
でも薫ちゃんって現役時代、最高到達点3m近く飛んでるんだよな。
水元、ギョッとするんじゃない。
「3mも飛ぶのか…?」
「最高到達点? うん、高三の時の記録はそうだね」
「え、すご」
「自慢じゃないけど強豪校のエースだよ?」
「薫ちゃんそれは誇って良いよ」
目を瞑ったドヤ顔でピースサインをする薫ちゃん、可愛い。
「結構飲んだねえ…どうする今日はここら辺りで解散する?」
「四次会は流石に無理でしょ時間的に」
「もお連れないなあ、僕んちで朝まで宅飲みって意味だよ♡」
ハートじゃねえんだわ。水元も結構顔真っ赤で酔ってることは一目瞭然だが、マヤセンも結構酔ってるな。
この店て全員三杯以上は飲んだからな。薫ちゃんはそうでもないが、二人はへべれけだ。
「タクシー呼ぶから今日はもう解散するぞ」
「えぇ」
幸いにも二人の家の方向は一緒なので呼んだタクシーに二人を押し込めて帰らせる。
薫ちゃんと二人になって俺たちもタクシーで帰る。二人で後部座席に乗り、まず薫ちゃんの家に向かう。座席に座ると揺れで眠気が増長されたのか彼女はうつらうつらと船を漕ぎ始めた。
「眠たい?」
「ん…」
「着いたら起こすね」
返事は希薄で、肩を近寄せると頭が俺の肩に凭れ掛かった。
少しすると微かな寝息が聞こえてくる。平常を保つため、窓を見つめ暗い道を眺めた。
酒を飲んでいる時の喧騒も、帰りの静かな時間も含め、酒を飲むのは楽しい。
*
週明け。有栖に無事に下宿場所に帰れたのか聞いてみたが、案の定かなり挙動不審だった。
……お幸せに。
