銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
スーパーで買い物をしているとフラグ小僧に遭遇してしまった。いや厳密にはまだ俺は顔を合わせていないのだが。
告白キャンセル以降、自宅に訪れる時も以前にまして遭遇しないように最新の注意を払っていたのだが、このガキ相当運が良いらしい。真山御殿にて宅飲み(n回目)を開催することになり、薫ちゃんとつまみと酒の調達のため寄ったスーパー。そのお菓子コーナーで彼女と小僧が鉢合わせしている。
人が良い彼女だ、すれ違った人間が顔を知っている人物なら会釈に止まらず声ぐらいかけるだろう。
「───ですね」
「うん結構好きだよ」
声が小さく聞き取りづらい。カクテルパーティー効果だろうか。薫ちゃんの声は結構鮮明に聞こえるのだが、あの小僧の低い声は店内のBGMや喧騒に埋もれて聴こえない。
だが会話の内容自体は問題ではない。薫ちゃんを待たせすぎるのは良心が痛む。彼女もカートに乗り切らなかった瓶の酒を抱えているし、何より陳列棚を挟んだ場所のから聞き耳は不審者がすぎる。俺の持っているカゴには先ほど入れたアイスもある。つまり早く会計に行きたい。
…そういえば、薫ちゃん今日はスマートウォッチつけてきてたよな。これで連絡を取るか。
「…あ、そろそろ行かなきゃ。綾人くんたちに宜しくね」
「はい。あっあの、」
レジで鉢合わせしたら元も子もないため俺は先に会計に向かうと連絡した。元はといえばマヤセン家で飲み会を打診したのは俺であり、理由も弟が友達を連れて菓子パーティをするのから逃げるためという理由だ。ここで鉢合わせしたら目論見はご破産になってしまう。
なので会話の内容は後で確認するとして、俺は一足お先に退散させていただく。
薫ちゃんには後で謝罪ののち埋め合わせをするしかないな。
*
「だいたい入れたしアイス取ってくる。他に欲しいのある?」
「スナック菓子みたいかも」
「んじゃお菓子コーナーで待ってて、すぐ戻るから」
真山くん家に行く前に彼と二人でスーパーに入った。途中までは二人であれやこれやとカゴに入れていたが、最後にアイスが食べたいという彼は一人でカートを押してアイス売り場へ向かい、私はそこから少し離れたお菓子コーナーに向かった。
「こんにちは」
「…! …こんにちは」
(つい反射で声かけちゃった)
旗野くん。
彼の弟である綾人くんと同じ高校に通う、彼最大のBLフラグ。
「お菓子いっぱい買うんだね」
「…はい、綾人ん家で菓子パすることになって」
「いいね。私はこのあと──くんと友達で飲み」
「……そうなんですね」
会話もしてくれるけど、少し辿々しい。しかも視線が泳いでる。
実は旗野くんが菓子パに参加するというのは彼から聞いていて知っていた。私から話しかけてしまった以上、最低限会話しないと変な人じゃん流石に。
「あの…いまは一緒じゃないんですか?」
視線が泳いでたのは近くに彼がいないかどうか確認していたからみたいだ。
そうじゃん。私が彼と喋ってたら戻って来れないんじゃないか。それにここで一緒に来てると言ったら「家に行くんで挨拶ぐらいしたい」とか言うんじゃないかな。私だったら言う。
「今日はこのあと集合なんだ」
「そうなんだ…ですか」
嘘は心苦しいが、私のせいでフラグを助長させるわけには行かない。
それにしてもまじで彼戻って来ないな。いくら少し離れた列とはいえ四人分のアイス選ぶのにこんなに掛からないはず。
「…銀木さんも酒好きなんですね」
「うん結構好きだよ」
歳の差があるということは、「相手とは決定的差があることを自覚させる要因」であると彼は言っていた。未成年と成年では飲酒も含め、法的に絶対自分は立ち入れない場所があると思わせるとこが出来るのだと。今、彼と同じものを楽しめるというのはアドバンテージだ。
だけどそれはきっと諸刃の剣だと思う。二年片思いの私が八年戦士の彼をどうこうは言えない。今更三年耐えることなんて彼には容易だろうし。
それでも恋は歴じゃない。酷いことを言うけれど報われなければ意味がない。
私に彼の心が自分以外に向くわけがないと確信がある以上、私が誰かに気後れすることはない。
とはいえ、眉を下げて考える彼に良心の呵責を感じないわけではない。歳下に何大人気ないことしてるんだろ。
「…あ」
腕につけていたスマートウォッチがラインの通知を表示した。
『ゴメン、先ニ会計行クネ』
……電報かな。
「そろそろ行かなくちゃ。綾人くんたちに宜しくね」
「はい。あっあの、」
意外にも引き止められた。
スーパーのカゴ以外にはスクールバック以外に持ち物はない子だけど、そのバックから紙袋が出てきた。見たことある百貨店の袋、中身はそこそこ値の張るクッキー缶。
「よかったらこれ、皆さんで…」
「え、嬉しいけど流石に」
断ると彼は頭を横に振った。
「元々綾人ん家に手土産として持っていくものだったんで」
家というか彼ピンポイントだよね。パケが猫ちゃんだもの。ちょっとミーちゃんに似てるし。
私もこれを見たことあるし値段も覚えてるしこれを貰ってしまうのは流石に駄目だと思う。でもなあ断るのも意地悪がすぎる。
──くん! 私にフラグをへし折るのはやっぱり無理だよ助けて!
これで、彼のために買ってきたんでとか言われたら全然断るけど、あくまでご家族用、または友達で、って言えるほど良い子なんだもん。
「わ、わかった。ありがとね旗野くん」
「ほっ…それじゃ」
胃が痛い。いますぐ酔える酒をください……
*
「こんにちは」
綾人ん家に向かう途中で立ち寄ったスーパーであの人の恋人に声をかけられた。
直接喋ったことは殆どないけど、笑顔で話しかけられて驚いた。
「…こんにちは」
適当に手に取ったスナック菓子を見て話題を振られる。菓子パをすると教えるとこの人はこれから友達の家へ飲みに行くと教えてくれた。もちろんあの人も一緒だと。
手土産にと持ってきたクッキー缶が入ったスクバの紐をつい強く握りしめてしまった。元々はあの人に渡すためのものだったし、もしかしたら直接渡せるかもしれない。東條に個人宛はよくないって前に言われたけど、この状況なら変じゃないはず。
「あの…いまは一緒じゃないんですか?」
「今日はこのあと集合なんだ」
ダメだった。
そうだよな…いくら付き合っているとはいえいつも一緒にいるわけじゃないよな。
視線を下に向けると銀木さんは酒と書かれた瓶を手に持っていた。名前は見ても分からないけど。あの人は酒が好きって言ったな。
「銀木さんも酒好きなんですね」
「うん結構好きだよ」
酒が好きでバーにもよく行くって言って居た。
一緒に酒を飲んで楽しめるんだこの人は。酒以外にも車を運転し合って遠出したりするんだよな。正直羨ましい。
でも、不思議と憎くはない。俺があの人のことを好きだっていうのは聞いてるはずなのに普通に話しかけてくれる。東條が言うように本当に良い人なんだと思う。優しいあの人と付き合っているのが良い人だと心から思えるのは安心できる。
「そろそろ行かなくちゃ。綾人くんたちに宜しくね」
腕時計を見て会話を切られる。踵を返しレジへ行こうとする銀木さんを引き止める。
「よかったらこれ、皆さんで…」
スクバからクッキー缶の入った袋を取り出した。
直接渡せなくても食べてもらえるならなんでもいい。それまで笑顔だった銀木さんは少し口角を歪ませていた。…そういう表情が少しあの人と似てる。
断られるが俺もなんとしてもこれを渡したくて食い下がる。
「元々綾人ん家で手土産として持っていくものだったんで」
そう言うと彼女は短く唸った。
困らせているのは分かるが、これだけは譲れない。
「わ、わかった。ありがとね旗野くん」
銀木さんは基本的に喋っている時は笑顔で、不思議と言葉が口から溢れていく。東條が話しやすい人とも言っていたけど本当にそうだと思った。
クールってよく言われる俺とは全く違う、明るい人。あの人もきっと喋っていて楽しい気分になれる人が好きなんだろうな。
憎くはないけど、悔しい。
