銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 今日は、いつもより早く目が冴えた。
 目の前でまだ寝ている彼の顔を見て、何度か瞬きをする数秒の間に寝起きの思考を整える。
 一緒に寝た日に私が先に起きたのは初めてだ。
 フラグ回避のことを考えている仏頂面でも、私と喋っている時の優しい微笑みでもなく、ニュートラルな表情はきっと寝ている時ぐらいしか見れない。
「ふふ、」
 微かに空いた口に愛おしさを感じる。警戒心の強い彼の無警戒で無防備な一面。
 私が彼の特別であるということは、普段から重々自覚させられるが、これが一番身に沁みたかもしれない。
 手の甲で頬を撫でているとキスがしたくなった。これは多分、彼が私にもそうやってキスをする時があるからだ。甲で撫でたあと、手を返し掌で頬を包み、親指が私の唇に軽く触れて私の気分と反応を確認してからキスをする彼の仕草。私はこれでされるキスを拒否したことはない。彼の私を見る視線の優しさに心を射抜かれているからだ。
 彼を起こさないように慎重に身体を動かしてベッドの中で更に身を寄せる。彼と同じことをして起きないことを確認した後に「ちゅ」と僅かに開く唇にキスをした。…恥ずかしい。普通に起きている時にキスをするよりも。寝込みを襲っているような少しの罪悪感と羞恥心が込み上げてくる。
(起きよう)
 服を着て水でも飲もうと布団を少し持ち上げて身を起こす。腰を上げようとベッドに手を付くとギシ…とベッドのスプリングが軋む音が思ったより大きく鳴った。
「薫ちゃん」
「え、」
 寝ていたはずの彼の手が立ちあがろうとする私の肩に触れた。私と同じ裸の彼が身体を起こす。肩に触れていた手が離れたかと思えば寝癖で乱れて顔に掛かる髪を指でそっと耳にかけつつ、私の頬を包む。
 彼の唇と触れた自分の唇から広がって顔が熱い。
 寝起きだし、顔をまじまじと見つめらられた後にキスをされるのは恥ずかしいと、自分のことを棚にあげた。
「お、起きてたの…」
「あんなことされて起きないわけなくない?」
 頬を撫で続けていた手が、再び肩まで滑ってくる。全身が昨晩を思い出して熱が蘇った。
 何をされたいのか、朝から考えてしまう背徳感に言葉には出せなくとも、目を合わせるだけで彼は察して、空いた手で私の頭を支えるとベッドに押し倒した。
 

 *

【延長戦】

 頬に感触があり目が覚めた。
 するり、と滑らかに撫でられている感触に、目が覚めても瞼を開けない選択をする。そうしていると撫でられていた左の頬が暖かいものに包まれ、唇に何かが触れた。
 その行動には既視感があり、何が触れているのか見当がつく。
 俺がまたに薫ちゃんに対して行うキスのお伺いである。お伺いと言ってもこれで彼女が断ってきたことはないので、半ば様式美のようになり、俺も彼女が照れている様子を楽しむだけの行為である。
「ちゅ」
 と、愛らしいリップ音が聞こえる触れるだけのキス。
 普段のキスはこんな可愛いものではないので、真面目な彼女が寝ている俺に遠慮しているのがよく分かった。
 キスのために一人がけの布団の中で更に身を寄せていた彼女の熱が離れ、布団が持ち上がる。大方、羞恥心でここから逃げようと起き上がるつもりなのだろう。
「薫ちゃん」
「え、」
 目を開け、俺も身体を起こす。昨日の俺に剥かれたままの無防備な肩に手を置く。柔らかくきめ細やかな白い肌。
 まさか起きていたとは思いもよらなかったのだろう。寝癖で乱れた顔を隠す髪を避けると、耳まで真っ赤にした薫ちゃんの目元が眼前に現れる。
 俺が見つめるとどれだけ恥ずかしくても律儀な彼女は見つめ返す。いつから俺の寝顔を見ていたのかは分からないが、俺も彼女が真っ赤になっている顔をたっぷり見させてもらい、その後にキスをお返しする。
「お、起きてたの…」
 唇が離れると薫ちゃんは辛抱たまらず俺に問う。
「あんなことされて起きないわけなくない?」
 彼女は本当に可愛いことをする。
 恐らく意図して俺と同じキスの流れを行い、自分で普段されていることを思い出して恥ずかしくなっているなんて、可愛い以外に表しようがない。
 頬から昨晩付けた皮下出血痕へ手を滑らせる。肩口まで来たところで彼女の身体が微かに跳ね、確認のために顔を見ると生唾を飲んだ。
「…っ」
 潤んだ瞳と目が合う。
 端的にトロけた顔をしている。昨晩にも見た表情に俺は煽られている。薫ちゃんに触れている部分が少し熱いような気もする。
 はくはくと口を動かすが言葉は出てこない。しかし彼女が求めていることはよくわかった。これは決して自惚れではないと断言できる。
 答え合わせをするように、肩に触れている反対の手で薫ちゃんが頭を打たないように支えながらベッドに押し倒した。
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