銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
唐突だが水族館デートである。
基本的に一人で来るような場所ではなく家族やカップルが多い場所であるため、逆にフラグに遭遇する危険性は低く、涼む場所には丁度良い。と、以前まではそのように考えていたのだが、今は俺には念願の”女性の恋人”がいるわけなので、デートとして、遠出をして水族館へやってきたというわけだ。
「生きが良い魚を見るとお腹が空くよね」
「確かに、分かる」
今見ている大水槽にはマイワシの魚群が永遠と列を為して泳いでいた。
水槽の上からライトが照らされ、マイワシの鱗が光を反射しキラキラと輝いている。まるで海の底にいるような暗い通路にこの輝きはとても映える。幻想的と言えるだろう。
カップルがデートに水族館を選ぶ理由が少しだけではあるが理解できた。綺麗なものは好きな人と見ると更に綺麗なような気がするのだ。言っていることは食い気いっぱいではあるが。
食い気いっぱいでも、隣になっている薫ちゃんも、マイワシの輝きをじっと見つめている。
「寒いな…」
「これ、着ろよ」
「は、良いのに」
「風邪引いて、またオレに看病されたいんだ?」
「…ばっかッ」
薫ちゃんと幸せな気持ちでデートをしているというのに、このBL漫画の世界は本当に枚挙に暇がない。
隣でカップル(男二人)の片方が寒いというのでもう一人が上着を貸している。上着を貸すというのは一種のマーキングのようなものだ。自分のものを身につけている様子、自分の匂いを纏わせることで牽制になるのはもちろん、己の欲望まで駆り立てる。
だが確かに、冷房が良く効いた館内はいくら歩いているとはいえ、流れはゆっくりなので身体は冷えていくばかりだ。
特に外は酷暑が続く夏。服装は軽装で冷えやすい。
「薫ちゃん寒くない?」
「…少し」
顔色は悪いところまで行っていないが、彼女は多少のことなら我慢してしまうきらいがある。
なので彼女のこういった反応には、少し大袈裟程度に対応するのが佳い。
「じゃあ俺の上着貸すから、羽織って」
仮に「貸そうか?」と質問系で伺うと断られてしまうので、有無は言わさず、俺の来ていた上着を彼女の肩にかけた。
恐らく汗臭くはない、はずだ。こんなにかっこつけておいて臭いと思われたら三日は寝込む。
半袖Tシャツの上に柄シャツを上着として羽織っていたので、俺はTシャツだけになってしまうが、女子が身体を冷やすよりは良いだろう。
「ありがとう」
差し向けた厚意に彼女は素直にお礼を言う。端的に、とても気分が良くなる。
肩にかけたシャツに腕を通すと、思ったよりも浮き彫りになる体格差に驚いた。身長差は10cmに満たない差しかないが、肩幅などは薫ちゃんの方が明らかに華奢である。俺だと二の腕ぐらいまでしか隠れない半袖が、彼女の場合だと肘近くまで隠れていた。裾も、俺より下の位置まで隠れており、ミニスカートを半分以上隠してしまっている。
先ほどのカップルの片方が服を貸す理由を身をもって体感した。
これは思っていたよりも、良いものだ。
「ふふ、いいね」
「そう…?」
どうやら臭くはなさそうで安心した。
むしろご機嫌のようである。笑顔が鱗の輝きより眩く見える。かわいい。
退館時に上着を返してもらうと、俺の服なのに微かに薫ちゃんの香りが移っていた。めちゃくちゃ良い香りだった。
