銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
BL漫画の世界において講義のない空き教室は、時としてカップルたちのマルチプレイが発生する危険地帯なわけだが、条件が複数揃った場合はその限りではない。
利便性の高い、例えば近くに売店や食堂がある講義室は人通りも多く、人目につきやすい。そんな場所でことに及ぼうと思う人は流石にいない。
特に今、俺が真山、水元と駄弁っている講義室は、主に必修科目に使われ大人数部屋で様々な学部の生徒が出入りし、自然と学部関係なく人がやってきて時間を潰すような場所になっている。
「あ、なあ涼太と斗真見なかったか?」
「見てないな。二人は次も講義だろ」
「そうだったな! サンキュー」
…このように、休憩時間、講義時間でも誰かはいるだろうという感覚なのだ。すでにカップルが成立しフラグの心配のいらない宅飲み連中や、多少信頼出来るこいつらと駄弁るには最適な場所と言えるだろう。
さて、あと十分ほどで次の講義が始まるわけだが、あいにく今日は二コマ連続空く日。つまり三時間以上暇なわけだが、実は最近、一つ良いことを知ったのだ。
「売店行くけど何かいる?」
「えっ奢ってくれるの?」
「金もらうに決まってるだろ」
真山にはともかく、流石に水元には心の声で気付かれるが、流石に俺の空きコマ中の細やかな楽しみを邪魔をするつもりはないだろう。
「モンエナかなー」
「カフェオレ」
二人から要望を仰せつかり、講義室を出るちょうどのところで、少し先に彼女が見えた。
俺の姿を見ると隣にいる友人に断って小走りで駆け寄ってくる。
「お疲れ〜」
「おつかれ、次授業だよな」
薫ちゃん。彼女は一緒にいた友達に先に行くように言って、俺と喋るために立ち止まった。
室内にいる二人に彼女が手を振ると、二人も振り返している。
「うん。そっちは空きでしょ、いいよねえ」
「でも三時間は流石にヒマ」
「課題できるじゃん」
「あー耳がいたい」
そう、付き合い始めて暫くしてから気が付いたのだが、彼女は講義室間の移動にここの廊下をほぼ必ず通るのだ。
「俺、売店行くから、途中まで一緒に行こ」
「いいよ〜」
薫ちゃんの向かう講義室と売店は同じ方向にあり、室内を通るなら必ず売店の前を通らなければならない。
「今度の体育ってさバレーするよね」
「そう! ちょっと楽しみ」
詳しいことは聞いていないが、中学高校とバレー部に属していた薫ちゃん。全国大会に出れるほど上手かったのは確かなのだが、大学ではサークルにも属していない。今も、楽しみにしているという言葉は本心だろうし、嫌いになったとかではないのだろうが、だとすると余計になぜ辞めたのかが想像できないのだ。
「運動得意?」
「体力もなければ別に好きでもない」
俺は酒を飲み始める前から体力はない方であり、得意ではなかった。
あと、下手に出来てしまったり、出来ないことをアピールしすぎるとBLのフラグに発展してしまう場合がある。特に疲れて息も絶え絶えで紅潮した表情などを見られた際にどんな反応をされるかは過去の例からしてお察しだ。
「でも見るのば結構好き」
「いいよね〜。私も見る方が好きなんだよね」
運動が得意な彼女相手にマイナス寄りな返答をした自覚があるので話題を変えようと思ったが、なるほど薫ちゃんは見るのが好きなのか。
話している間に売店の前を通過する。
売店を無視してそのまま自分の隣を歩き続ける俺に、薫ちゃんは驚きと困惑の表情を浮かべている。
「売店いかないの?」
「後で行くよ? 今日は薫ちゃんバイトで帰りは一緒に帰れないし、話し足りないから送っていこうと思って」
流石に大学で盛るという愚行は起こさないが、手ぐらいはどんどん繋いでいく。
カバンや教材を抱えていない手を握るため立ち位置を移動し、手を取った。手のひらを合わせるように触れると力の篭っていなかった彼女の指先が動いて握り返される。
困惑はまだ見て取れるが、俺の意思はしっかり伝わっているようだ。
「…うん。ありがと……い、いこっか」
本当に照れている彼女は可愛い。
