銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
飲み会である。
俺が参加している会ではなく彼女が参加した飲み会である。
薫ちゃんとは学部が違うため、お互いに馴染みのないメンツの飲み会に参加するのは大変気まずいこともあり、互いに全ての飲み会のメンツ含め内容を理解しているわけではない。なのだが、今日は薫ちゃんから様子の可笑しいお迎えメッセージが届き、現場に急行したという次第だ。
「あ〜きてくえたんだぁ」
完全に出来上がっている。
顔から耳まで真っ赤になった彼女が飛びついてくる。その足取りは千鳥足で、ほんの少しの距離ですら一人で歩かせるのは危険だと理解した。
メンバーは女子が多め。全員ぼやっとした顔認識ではあるが、数人は彼女の友人として名前も聞いたことがある。
「本当に彼氏呼んだの。見せびらかしじゃん」
「オトコ一瞬ダチ一生っていつも言ってんじゃん裏切り者〜!」
「あははははっ!」
男だろうが女だろうが酔った時のテンションにそう差はない。
耳を劈くような高い声には正直辟易するが、問題は泥酔している薫ちゃんだ。
彼女は決して酒に弱いタイプではない。そして無理して飲むようなタイプでもない。こんな危険なところまで飲んで一人での帰宅が困難な状態になるなど、本来ならあり得ない筈なのだ。
「薫ちゃんの会計いくら?」
「え〜! 彼氏君も飲んできなよ〜」
「車だから」
下手に関わると、彼女がいるのに他の女にデレデレする不誠実男のレッテルを貼られ、後日密告される恐れがあるので即退散に限る。あと、単純に飲酒運転は駄目絶対。
割り勘分を幹事に渡し、薫ちゃんを連れて早急に店を出て車に戻る。
後部座席に座らせてペットボトルの水を握らせた。
「吐き気はない?」
「……それはだいじょうぶ」
赤い顔からは少し血の気の引いた白い顔になっている。
500mlの水を一気に半分ほど飲み、息を整えアルコールと謎の薬品を中和しようとしている。
そう、おそらくだが薫ちゃんは先の飲み会で何か盛られた。
彼女からの様子の可笑しいメッセージとはこうだ。
『気持ち悪い。意識飛びそう』
端的に己の現状を俺に伝えているのだが、このメッセージと居酒屋のマップURLだけ送られてきた俺は全然冷静ではなかった。
飲み会で、席を外している間に残っていたドリンクに何か盛られるなど、BL漫画ではありがちなトラブルだが、その割に危険度が高すぎる。俺も飲み会では飲んでいるものを空にしてから席を立つようにしているのだが、まさか女子ばかりの飲み会で、薫ちゃんがそのような事案に巻き込まれるとは思うまい。
加えて彼女は数少ない男連中から離れた場所に座っていたので、BL展開の巻き添えとは考えにくい。となればこれは巻き込まれではなく、薫ちゃんを狙った犯行と言えるだろう。
「あつ…」
車内冷房は25℃、むしろ寒いほどだ。彼女は体勢を横にする。
彼女のマンションに到着した。歩けないレベルに症状が進行していたのでおぶって部屋まで送る。
「きょう、おにーちゃんいない…」
「それ友達に言った?」
「いった…かも」
自宅に戻っても、ホテルに連行しても最悪バレない状況ではあったわけだ。
玄関の鍵を開けて中にはいる。確かに誰もいない。彼女をリビングのソファーに寝かせると、彼女の視線に合わせ俺はしゃがみ込んだ。
「あんまり聞きたくないけど誰がやりそうとか心当たりある?」
BL漫画の世界において、最もメインカップルが苦悩するのは恋愛感情の前にある友情についてである。性愛と友情は両立しない。性愛からはどんな人でも下心が発生するからだ。
相手を性的に好きになるということは、同時に友情を失うことに直結する。中には弟カップルのように親友の体を崩さずにいる例もあるがアレは稀だ。
つまり薫ちゃんは今後、俺と同じように性愛を向ける友人を避ける必要性が生まれ、結果的に”心からの友人”を失うことになる。
「…わかんない……ないよ」
「だよね」
それでも彼女にとっては以外でも、薫ちゃんの交友関係自体は軽く把握していることもあり、たとえ顔の認識がぼんやりでも俺には多少の目星がついている。
だがこんなにも人の出来た薫ちゃんに、友人への猜疑心を煽るようなことはしたくない。確信があるまでは、俺が警戒するだけでいい。
「お酒に入れられたのは多分濃度の高い別の酒とかだと思うから、お水飲んで今日はしっかり寝たら大丈夫だと思う」
比較的治安の良いこのBL漫画の世界で、カタギの大学生がガチでヤバい薬物を持っているとは考えにくい。
可能性としては度数の高い酒か、媚薬(精力剤)なので結論寝たら治る。
「──、」
「うん。ここにいる」
目を瞑り倦怠感と暑さで苦しんでいる彼女の手を握る。
引き続き水を飲ませ介抱を続ける。
「こういうの、前にあったの?」
「俺はないかな。警戒してるのもあるけど」
「…そっか」
微かに目が開かれ、俺を見つめた。
同性の友人に頼れないというのは、言葉にするだけでは想像も出来ないほど孤独な戦いである。
俺の体感ではあるが、この世界の真理に気が付く前と後ではフラグの遭遇率は全く違うと思っている。俺によって気付いた薫ちゃんにも今後GL的フラグが襲いかかってくるかもしれない。
「すごいね、私だけだったら無理だよ」
ああ。だから俺は薫ちゃんにいつも感謝してもしきれない。
この孤独な戦いを恋人という唯一の完全な味方いるという事実は、俺をいつでも奮起させる。
人間が最も絶望する瞬間は努力が報われないと悟った時だという。薫ちゃんが傍にいてくれることは俺の今までの努力の成果であり、これからもフラグを回避し続ける意味になる。
そして薫ちゃんにとっても、俺はそんな存在でいたい。
