銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
勢いで告ってしまった。
本当はもうちょっとなんというかお友達期間というものを作りたかった。同じ飲み会とかに参加したこともなく会話も殆どなかったから、相手は私をほぼ初対面の人だと思っているはずだ。
それを、ラインで告白するという告白手段の中でまあまあな悪手でしてしまった。
情報の取捨選択をしつつ彼に説明をして、ひとまず仲良くなりたいですということを伝えるはずが、打ち込んでいた文字はいつの間にか「彼女にしてください」になっていて、厚かましさで死にそうだった。
彼は嬉しいとはとは言ってくれている(文字なのでニュアンスはこちらの受け取り次第ではある)けど、初対面ラインで告白女は引かれて当然だし、軽いと思われても仕方ない。ここから本当のゼロから恋人関係を築くのって、もしかして子供がいきなりスパイク練するぐらい無謀だったり?
「って! 電話っ?!」
彼からだ。
今はバイトの休憩中で学生の多いラウンジにいた。授業ももう少ない時間とはいえまだ学生は多くて、慌ててラウンジを出て人のいなさそうなキャンパスの建物の裏へ。
「も、もしもし…」
『急にごめんね。今大丈夫?』
「大丈夫…」
本当に急なのは私だ。彼の声色は以前に聞いた時よりも上擦っていて、緊張しているようにも、戸惑っているようにも聞こえた。
『その…俺で本当に合ってるっていう確認とかしたくて……本当に罰ゲームとかでもなく、俺?』
文字だけでは分からないニュアンス問題。彼の疑問も理解できないものではなかった。急に告られたらそれは何らかの罰ゲームを想像するのもあり得なくはないと思う。
「ゲームで告んないよ…あと間違ってもないよ、」
フルネームで確認すると彼は安堵とも取れるような息を吐いて「そっか…そっか」と反芻していた。
「ごめんね引いたよね、よりにもよってラインで告るとか」
『驚きはした、けど…俺的にはライン聞かれたところからずっと嬉しいが優ってる』
もしかしたら社交辞令かもしれないけど、彼のいう「嬉しい」が胸に残る。多分対面だったら彼の目を見て喋れなさそうなぐらいドキドキして私が嬉しい。
『俺ね、銀木さんみたいな女の子に告白されるの初めてで、今めちゃくちゃ浮かれてる……』
開口から語尾まで声が少し震えていて、それが困惑ではなく緊張であることに気がついた。
遠目から見る彼は、周りの友達と喋っている時もおちゃらけて喋っている様子も見かけるし、笑っている様子も見るけどそれでも恥ずかしがっている様子なんてのは見たことがない。でも多分、今の彼の反応は、彼の浮かれてるという発言も考慮すると、”照れ”なのではかと自惚れそう。
「モテそうなイメージちょっとあった」
『ないよ』
選択科目が一部被っているだけの別学科ということもあって、実際彼がモテているのかというところは詳しく知らない。友達が言うには大抵の合コンに出席しているが彼女がいる様子はない。逆に彼の友達たちは学部関係なくイケメンで人気だと聞いた。
探りを入れる時点で私ならもっといいイケメンでもイケるだの何だのと言われて、途中で話を切ったところで記憶が止まっている。まったく小さな親切大きなお世話この上ない。普段は普通に気の合う友達なのに、男の話になると急に誰それがイケメンとかって話しかしない。
『やっぱなしって嫌だな俺…』
「しないよ! 浮かれてるのは、その…私もなので……」
モテないと言う返答に友達とのやりとりを思い出して返事出来ていないで、彼は何かを誤解したようだった。なしって告白はノーカンって意味で言ったよね。そんなのこちらもなしにするつもりはない。
勢いで告ったのは事実だけど、彼が合コンに行ったと蚊帳の外から話を聞いて、勝手に落ち込むのは流石に卒業したい。
『やった…じゃあ、本当にこれからよろしくね』
「こちらこそ…よろしくお願いします…」
『うん。バイトの休憩中? にごめんね、明日話そう?』
「…うんまた明日」
通話終了のボタンを押すと、スマホはトーク画面に戻る。
彼との会話ログ、五分ほど通話していた表示に、まだ何も始まっていないスタートラインだと言うのに、口角が上がってしまう。
『バイト終わり 気を付けて帰ってね』
「優しい…」
猫の絵文字が文末に揺れている。確か猫が好きなんだっけ。
ああ、もう本当に好き。
あっちも緊張しているのが分かったけど私も大概だ。ずっと鼓動がうるさくて、痛い。淡々とした冷静な彼が私相手に少しでも、ドキドキしてくれていたらいいな。
*
と、思っていた時期が私にもありまして…
「ずるい」
「えっ…何が? 俺なんかした??」
BL漫画の世界で同性カップルになりたくない彼は、照れたら負けという精神で今日も私以外のフラグと戦っている。
その影響なのか、私相手でも彼が照れている様子はあまり見かけない。代わりに微かに笑いながら口に出して「めちゃくちゃ照れてるよ」とかは言ってくれるのだが、殆ど顔には出さない。
「私だけ露骨みたいじゃん」
「直裁的と言いな? そこが薫ちゃんのいいところだから」
ポーカーフェイスは苦手だ。部活中もセッターだった子にもよく言われた。
隣に座っている彼は私の肩を抱いたかと思えば髪が乱れない程度に優しく私の頭を撫でる。人の感情の機微にやたらと敏感なのはフラグ回避の賜物なんだろう。
「嫌な顔のレパートリーはすごく多いのにね」
「俺、薫ちゃんに嫌な顔なんて向けてないけど」
「私に気が付いてないときとか見る機会あるよ」
本当の付き合いたての数週間、彼は私に中々気づかず私から声をかけることが殆どだった。
「俺が薫ちゃんに気付かないなんてそんな…ありましたねー……ごめん」
女子の顔面にフィルターが掛かっている状態であると、世界のことを教えてもらった時に一緒に説明された。ある種の属性以外の女子の顔を、彼は変別出来ない。
その認知能力については特に気にしていない。顔は認識出来なくても彼は途中から私を、私だと判別出来るようになっていたから。
それよりも、私の機嫌を伺うような下手に出られる方が気に食わない。彼が男と付き合いたくないのも、ご両親に孫を抱かせたいというのも全てひっくるめて、私がそんな程度の打算で愛想を尽かすと思っているのか。
「怒ってない。ただ」
「ただ?」
「初孫計画も含めて、私はあなたと死ぬまで一緒に居たい」
死ぬまでは流石に重すぎるかな。そう思って何か言い直す言葉を探していると、頭を撫でられていた手が止まった。
「………」
彼は、真っ赤になっていた。笑って誤魔化すとかそういうこともせず、微かに空いた口が何かを言おうとしていたけど、言葉は待てども出てこない。三白眼の彼の目が少し大きくなって私を見つめている。
多分、これが私が見たかった表情だ。
いいな。すごく新鮮でかっこいい。微かにひくつく下瞼まで真っ赤。
「は〜〜〜〜〜〜っ、人がこんなにキュン死しそうなのにその満足げな顔は何なんですか〜〜〜」
調子が戻ってきて口は回るけど顔は赤いまま口調はおかしくなって語尾は間延びしている。
「その顔が見たかった」
「あ〜〜〜そう〜〜も〜……」
私の肩に彼の頭が乗っかった。この重みも愛おしい。
「……ずるいのそっちなんだけど」
「お互い様ということでここは一つ」
「う゛〜ん好き」
「私も好き」
すると強く抱きしめられた。あ、彼めちゃくちゃ心臓速くなってる、ドキドキしてる。
すっごく嬉しい。幸せ。
