銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 夏と言えば水着か浴衣である。
 万物がボーイズなラブに直結するこの世界において、単純な露出が増える水着や、首元などフェチ的なところが強調される浴衣は当然避けるべきものだ。
 とはいえ、俺も”彼女持ち”のいち男として彼女の水着姿や浴衣姿は正直かなり見たい。そのためには俺も水着か浴衣を着なければ無作法というもの。
 ということで水着か浴衣、どちらが安全か、どちらの薫ちゃんの見たいか俺の中で熟考し、選んだのは──。
「は〜〜〜〜〜〜かわいい〜〜〜〜…」
「いえい、ありがと」
 ユアマイエンジェル。
 銀桂の君。あなたの浴衣姿は美しすぎる。
 祭りの淡い灯りに照らされた笑顔とかもうマジで天使か天女なのではないだろうか。白地の浴衣を着こなすのはビジュが強すぎる。
 和装は体型がグラマラスすぎると似合わないと聞くが大変よく似合っている。髪は結い上げてお団子。うん、うなじ。最高。
「そっちも似合ってるよ」
「そう?」
 自分で確認した時には、いつもの顔に浴衣に着せられている自分が鏡に映っていた。だが薫ちゃんが言うのだから変というわけではないだろう。
 浴衣の下にはしっかりとインナーを着用している。BL漫画ではなぜか浴衣を着る男は悉くインナーを着用せず、胸元もガバガバなのでかなり防御力が低い。そんな姿で外を出歩けばBL的モノローグが発生したり、声量チキンレースが始まること請け合いである。
「そうだお面買おうよ」
「?」
 お祭りはお面って決まってたっけ。そんなネズミランドでのカチューシャのような必要度ではなかった気がするのだが。
「もし知り合いのカップルが来てもそれで顔を隠そう」
「なるほどね…?」
 まあ知り合いのカップルと鉢合わせしたとして、顔を隠したいのは恐らく相手側だろうが、あってもいいか。別にあっても困らないし。
「ネタに走りすぎると逆に声かけられちゃうから無難なのにしよ」
「りょーかいです」
 で、薫ちゃんセレクトでひょっとことおかめになったのだが、これは俺らのムードが終わらないだろうか? おかめと目が合って仕方ない。反対側に回してもいいだろうか、俺が下手に触るとセットされた髪が乱れそうで触れ難いが。
「カットりんご飴だってさ!」
 手を繋いだ左手をブンブンと振って気になった屋台を指差した。
 左手が利き手である彼女の利き手と手を繋ぐことによって抑制してしまっているので仕方ない。
 カットとはいえ、りんご丸々一つなので二人でシェアをする。
 しかもこれ、本来の丸々一個が割り箸に刺さっているモノだと、飴を舐めて溶かすという動作が必要となり、アイスを食べるのと同じフラグに該当していただろう。…なるほど食べやすさを求めたらフラグも回避出来るということか。
「あーん」
「…!」
 あーん、だと?!
 確かに爪楊枝は一本しか付いていない。
 屈託ない彼女の笑顔と、りんごの赤と黄色のコントラストと暑さで頭が茹だりそうである。
「あ、あーん…」
 促された通り口を開けると一口大に切られたりんご飴が口内に押し込まれた。
 甘い。りんご飴の甘さもそうだが、あーん、と言う彼女からの好意が。夏祭り最高か。
「美味しい」
「いいよね〜最近はタンフルが流行ってていつでも食べられるようになったけど、やっぱり雰囲気って大事だよね」
 彼女の言う通り雰囲気は大事である。未だにおかめが気になって仕方ないところもあるが、それ以上に”誰と”と言う部分も重要だ。
 薫ちゃんの『酔っちゃったな…』と男友達の『酔っちゃったな…』では俺の情緒メーターは真逆に吹き飛ぶ。まあこれは愚問だが。
 次は何がいいだろうか。祭りに行かない理由として格好や、肩をぶつける確率の高さもそうなのだが、加えてフラグに受け取られてしまいそうな食べ物が多く、選択に迷う。
「焼きそば美味しそうじゃない? ちょうど隣でドリンク売ってるし」
 ”理解のある彼くん”ならぬ、"理解のある彼女ちゃん”である。もう頼むから一生を添い遂げさせてくれ。
 二人前の焼きそばを購入、隣の出店でビールも購入し、出店が並ぶ通りを脱し脇道に移動した。奥へ行きすぎるとイケメン同士の掛け合いが聞こえてきそうなので、少し騒がしさが残る場所ではあるが仕方あるまい。
 濃いめのソース焼きそばと冷えた喉越し最高のビール。あー美味い。
「あ、」
 食事も終えて、引き続きぶらぶらしようかと思った矢先に薫ちゃんが声をあげる。
 左側に付けられたままのお面を顔につけ、俺の頭にも手を伸ばしひょっとこで顔を隠させた。
「なになになに、誰かいた?」
「弟くん」
 なんだと。
 薫ちゃんとお祭りデートに行くと家族に喋った時点では大した反応してなかった癖に来てるのか。
 俺たちの進行方向にある出店にフラグ小僧含む五人組がいる。制服姿ということもあり学校帰りのようだ。そういえば今日は平日だったな。
 見つかるとクソガキムーブの愚弟に何か食べ物を強請られる上に、フラグ回避したあの小僧と再会を果たしてしまう。薫ちゃんもいるしフラグ面では大事にはならないとは思うが、別の問題が発生してしまいそうではある。
 となれば見つからないように通り過ぎるしかない。このお面、まさか本当に役に立つとは。
「兄貴見つかんねえな…何か買ってもらおうと思ってたのに」
「まあまあ、お兄さんもデートなんだし…」
 おっそろしいこと言いよる。
 五人が立っている出店は射的のようだ。今ちょうど、景品を取れなかった柳くんと交代して、東條くんの隣にいた小僧にコルク銃が渡った。
 狙いの景品を見ているのとお面のおかげでこちらには気が付く様子もない。あのガキならもしお面が無かった場合、目ざとく気が付きそうだったのでありがたい。
「いてっ」
「わっ」
 しまった!!
 フラグがッ!!!!
 出店の五人を警戒するあまり通行人とすれ違いざまに肩をぶつけてしまったどうするぶつかったのは明らか俺よりも歳が下そうな一見女に見間違えるレベルの童顔男であり髪色も今ままで俺に当てがわられる傾向にあった暗髪系で俺よりも二十は背が低いがこれはおそらく
「あ…っす」
 …幸い、お面パワーでフラグにはならず引かれて終わったが、玉突き事故で隣にいる薫ちゃんにもぶつかり、彼女も誰かとぶつかったようだ。
「すみませ、」
「いえ大丈──」
 驚いた顔の東條くんが、パチリと一度瞬きをする。
 まずい。東條くんは顔のパーツがほぼ一緒の俺と綾人を明確に見分けてくるBL漫画世界が誇る攻めだ。並々ならぬ観察眼でお面を貫通して気付く決まっている。参考書で読んだ。
(にこ)
「どうした東條?」
「…ん? なんでもないよ」
 会釈はされたがそれ以上はない。
 これはお面パワーではなく、確実に見逃された。俺と薫ちゃんは素早く人混みに紛れその場を退散する。
「さっきめちゃくちゃ伊織くんと目が合ったよね?? 背筋ひやっとした〜…」
「うん…俺は男とぶつかった時点で生きた心地しなかったけど……」
「そっちはお面パワーかな……」
 あそこから助かる保険ってあったんだなあ…買っててよかった。
 それにしても見逃してくれるとは。弟が俺を探しているなら手伝ってくると思っていたし、彼はフラグ小僧に手助けしているようにも思っていたので意外だ。
「後でお礼言わなきゃ」
 まさか、薫ちゃんがいたからか?
 二人はお隣さんとして純粋に仲が良い。俺にとって東條くんは弟というつがいが確定している相手だが、彼にとっても自分を好きにならない恋人のいる女性として認識しているなら、俺が彼にしているように、さりげないフォローをしてきても可笑しくはない。何よりここはBL漫画の世界。男女の友情は成立する。
「──ッんとに、薫ちゃんが恋人でよかった…………っ」
「と、突然だね?!」
 好感度の積み重ねが完了している彼女でなければ東條くんが味方に回ってくれることはなかっただろう。俺も弟を売っていた甲斐があったと言えなくはないが、今回に関しては薫ちゃんのファインプレー以外にないだろう。
 マイエンジェルの称号は本物でいいと思う。
「気付かれないように遠回りして帰ろっか?」
「…うん」
 とはいえ、彼女の浴衣は最高だったが、祭りはもうこりごりだ。
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