銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 誰かを恋愛対象として自覚する瞬間の一例としてギャップというものがあがる。
 イケメンなのに挙動が残念すぎるとか、普段は穏やかなのにある一定の事柄に対して異常に過激だとか、身の回りだけでも思いつくものが沢山あり、猫被りもギャップに数えられることがある。ようは外見と中身の話である。
 そしてそのギャップは俺の彼女である薫ちゃんにも存在している。
「……」
 講義の合間の移動時間、自販機の近くで一人でいる彼女を見つけた。
 イヤホンをしていて、こちらに気付かず、買ったところであろうパックジュースを飲んでいるようなのだが。
 目付きイカつ…声かげづら……
 無表情の薫ちゃんは、整った顔立ちやツリ目という属性も相まって非常に威圧感がある。加えて女子の中では目立つ長身。同性からかっこいいと言われまくるのも頷ける。
 普段なら気にせず声をかけるのだが、イヤホンをしているとなると最悪第一声はあの顔で睨まれる(本当に睨んでいるわけではない)のは、正直心臓に悪い。
「薫ちゃん」
 声をかけつつ、手を前に出して少しでも早く彼女の視界に入り込むようにする。
 ストローを咥えていた唇が開かれる。
 瞬き一回で虚無を見つめる猫のような無表情から、花が咲いたような満面の笑みが浮かべられる。背景に花が見えますわこれ。
「おつかれ〜」
 ぎ、ギャップ〜〜〜〜!かわいいーーーーー!!
 省エネ無点灯から一気に灯りが点いたような、明るさのギャップである。
 声を掛けづらいと言ったな、だが掛けないとは言っていない。こんなギャップ浴びないわけがない。
「何飲んでんの?」
「新作。でもイマイチだった」
 彼女がいつも好んで買っている紅茶ブランドの新作フレーバーらしいが、薫ちゃんの好みではなかったらしい。
「一口ちょうだい」
「はい」
 先ほどまで彼女の口に咥えられていた白いストローの先端は、唇に塗られていたリップの色が移ってしまっていた。
 俺は構わずストローを口に含み、中身を吸い上げる。
 中身はマスカットティーだ。確かに感じる程度には味はするのだが、彼女には少しマスカット感が足りなかったようだ。
「うーん普通」
「ちょっと薄いよね」
 受け取ったパックを返そうと思ったが、良いことを思いついて手を途中で止めた。
「これ俺が貰っても良い? 代わりに別の買うからさ」
「え、そこそこ飲んじゃったけどいいの?」
「うん、何か飲みたいところだったし」
 薫ちゃんにジュースを返しても、鋭い目付きで義務感で飲み切るぐらいなら、普通以外の感想は抱いていない俺が貰った方が良いだろう。
 断じて間接キスを狙っているわけではない。


 *


 薫ちゃんのギャップはまだある。
 講義中、普段はとても真面目な彼女だが、教授の全く授業と関係のない雑談が始まると手持ちぶたさになったのか、ノートに何か描き始めた。マヤセンと喋るようになってから絵というものに興味が湧き始めているらしいが。
「なにそれ」
 ヒソヒソ声で聞いてみる。
 落描きが俺に見つかったことに驚いたのか、勢いよく手でその部分を隠した。
「…ねこ」
 恥ずかしそうに俺の声よりも小さい声で返事をした。
 ヘタか。けどバカ可愛いな。薫ちゃんが。
 彼女、絵を描くのが絶望的に下手なのだ。猫と言えるか怪しいラインであり、ギリ四足歩行であることぐらいしか分からん。大体のことはやれば出来る彼女の”本当”に出来ないことは珍しい。あまりにも下手なのだがその不器用さがたまらなく良い。最近では誕生したギリ猫が愛しくなってきて、前回彼女が描いた猫は今、俺のラインアイコンになっている。
「後で撮らせて」
「需要ないでしょ」
 俺に需要しかないが。


 *


 四人でカラオケである。
 薫ちゃんは、画力は壊滅的だが歌唱力は高い。
 無表情時キツめの美人だが、可愛らしい笑顔に負けないぐらい、彼女の声は可愛いと思う。マヤセンが曰く、石川⚫︎衣らしいが声優は詳しくない。所謂オタクの彼がいうのであればそうなのだろう。
 そんな彼女、声質的にBPM遅めの曲が合いそうなのだが、彼女の趣味はゴリゴリのハードロックやヘヴィメタである。ハイスピードのイカつい曲を歌い出した時には度肝を抜かれた。あ、これもギャップか。
「アニソンとか歌ってみなぁい? ここら辺とか銀木さんの声に合ってると思うんだよねぇ」
 マヤセンの誘い方はかなり気持ち悪いが薫ちゃんが嫌がっていないなら、無理に止める必要はないだろう。
 因みに水元はカラオケという場所に来たことが初めてだったようだ。まあ物理的に五月蝿いのはもちろん、カラオケは合コンなどにも使われるし心の声も強くなりがちで、水元にとっては居心地最悪の場所に違いない。
「流石にすぐは…今度までに練習するけど。一ヶ月ぐらい」
「そんなに!?」
「マヤセン。彼女の練習って言葉舐めちゃダメだよ。”出来るまでやる”だから」
 そう舐めてはいけない。彼女の反復練習を。
 義務教育内で反復練習の例といえば漢字の練習だろう。何度も何度も同じ漢字一個を練習されられるアレ。
 今でこそ文系大学の教育学部で教員免許を取ろうとしているが、元はと言えば彼女は高校バレーにおいて全国的なエースである。つまりガチ体育会系。練習の鬼と言って差し支えない。
 以前、彼女と超プライベートなことを軽い気持ちで”練習”してしまったことで、さまざまな意味で大変なことになってしまったのである。主に俺の精神面と体力面で。
「えぇ〜」
「なんか、物凄い遠回しな言い方だな」
 直接的に言うとド下ネタだからな。


 *


 カラオケもそこそこに解散し、酒も入っていることもあり俺は薫ちゃんを送っていくことに。
「腕貸してよ」
「どーぞ」
 妹属性と聞けば甘え上手なイメージがあるが、どちらかと言えば薫ちゃんは甘え下手である。ご両親が長く不在で、実兄とも歳が離れていて生活リズムが絶妙に合わないことが起因しているようだ。以前風邪を引いていた時に溢していたように、寂しさを感じながらも我慢ばかりで甘え方が分からない、が正しい認識だろう。
 そんな彼女も酒が入っている時は、分からないという不安が飛んで、自然に甘えられているように思う。
 腕に彼女の両腕が絡みつき、ワザとかは分からないが胸が当たっている。少し歩き難いが全然問題ない。
「今日お兄ちゃんね、カレシくんの家に行ってていないんだよね」
「へえ…」
 マンションが見えてきたところでこの発言。
 腕は掴まれたまま、彼女はオートロックを解除して俺と一緒にエレベーターに乗り込む。
 目的の階についても腕は離れない。エレベーターを二人で降りて廊下を歩いて、玄関ドアの鍵を開ける。有無も言わさず俺も家に押し込まれた。
「薫ちゃん、俺終電無くなっちゃうよ」
 白々しく言うと、彼女は顔を真っ赤に俺を睨んだ。真顔の時と違って威圧感はゼロだ。可愛いだけである。
 ここまでさせておいて言わせる気かと、目で訴えられるが、その通りだ。
「…泊まってって」
 腕は離され、俺が玄関ドアの内側で壁ドンされている。彼女の右手は素早く鍵とチェーンロックを掛けている。
「寂しがってる彼女を一人にする気なんだ…?」
「────っそ、んなわけないじゃん」
 狙ってやっているのかは分からないが、彼女はたまに小悪魔的だ。これが欲しくて少し意地悪してしまうところがある。
 結果的に俺は彼女に大敗北をしまくっているわけだが、こんなの俺の方から負けるでしょ。
 壁ドン状態で、離れていた身体が密着した。俺に飛び込んできた彼女を支えると彼女からキスをされ、舌先が俺の口内に入ってくる。
 これが”練習”の正体である。
 彼女は、興味津々のむっつりで、意外と対抗心が高い。経験値は同じだが彼女と比べ少しキスの上手かった俺に、対抗心を燃やしキスの練習を強請られまくった。それを下心で受けた俺は大事故を起こしたと言うわけだ。彼女の練習対象はキスだけだ。キスで高まったモノは完全放置。それは生殺しと言えるだろう。
 だが結果的に、彼女はキスがかなり上手くなった。
「んっ…!?」
 だが、経験値を得ていたのは薫ちゃんだけではない。練習に付き合った分だけ俺も多少は上手くなったつもりだ。流石に主導権は頂きたい。
 横髪で隠れた左耳を手で探り出し、穴を塞ぐ。右側も同じようにして外音を遮断すれば、入ってくるのは内側で鳴るキスの音だけになる。ワザと音を立てるキスをすれば、薫ちゃんの力は一気に抜けていった。
「ッは、はぁ…はぁ」
 完全に力の抜けた彼女を抱きしめる。「もっと、練習…」と言う恐ろしい言葉が聞こえたが今は聞こえなかったフリである。
 
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