銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「ねえ、今度はいつ薫さん遊びに来るの?」
夕飯時、母の唐突な質問に口があんぐりと開く。
「いや……今のところうちに呼ぶ予定はないけど」
薫ちゃんはうちの親とも仲良くしてくれている。母も男だけの兄弟だからか子供世代の女子と話をするのが楽しいのか、ミーコと一緒になって俺そっちのけで喋ることが増えた。
「彼女の家にはよく行くんでしょ。だらしないわよ」
「う、でも綾人の友達とも被るだろ?」
別に呼びたくないわけではないが、気まずいのは確かだ。綾人の周りも東條くんはともかく三郷くんは関西キャラのイメージのまま茶化してくるしな。というか主にうちにいないようにしてるのはフラグ小僧を避けるためでもあるわけで。
「良いじゃない。ねえ綾人」
「うんまあ」
俺の前ではすげー嫌そうな顔するくせに、こう言う時だけ煮え切らない反応しやがって。
「日程決めたら、ついでに薫さんが好きなもの聞いといて」
「……わかった」
容易に断り切れるものではない。これまで女の気が一切なかった大学卒業も見えてきたチャランポラン大学生に、あんなに可愛い彼女が出来たのだ。俺が親の立場だったら三日三晩酒を飲んで浮かれる。
*
後日。
「今日は呼んでくださってありがとうございます」
「こちらこそわがまま言ってごめんなさいね、上がって上がって」
薫ちゃんに相談すると、彼女は二つ返事で日程を合わせてくれた。なんでも母に渡したいものがあったらしい。
玄関前で来訪者を確認に来るミーコが薫ちゃんを見てひと鳴き。そのあとフロアに上がった彼女の足にすりすりと頭を擦り付ける。
「これ、海外赴任してる両親からなんですけど、ぜひご家族で召し上がってください」
まさかの薫ちゃんのご両親。…なるほど、それで三週間は空けたいって言っていたのか。
「ご両親から? 本当にわざわざありがとうね。お礼がしたいから──にご両親の住所伝えてくれる?」
「はい」
紙袋を母へ渡すと、薫ちゃんは足元にいるミーコに合わせてしゃがむと、様子を伺ってから抱っこをする。
そのまま、リビングへ。
「──、お茶入れて」
「へいへい」
母に頼まれてキッチンに向かう俺に薫ちゃんが視線を向ける。手伝わなくていいのか、と言っているようだ。
「いいよ。母さんと喋ってて」
「ありがとう」
薫ちゃんはそのままミーコと一緒に母と並んでソファーに座った。
三つのグラスに氷を沢山入れ、そこに濃いめに淹れられた麦茶を注ぐ。母があらかじめ用意していたお菓子を準備してお盆に乗せると話している二人の元に持っていく。
「お待たせ。…なんの話?」
「ありがとう、うちの両親の話だよ」
薫ちゃんのご両親は海外を飛び回り仕事をしている。それで今はイタリアに住んでいるらしい。
「兄を産んでから私が高校に上がる前まで一緒に生活して、それからは兄と二人で暮らしてます」
「──からも聞いてたけど、本当に大変よね」
「もう慣れたものですよ」
「本当に大丈夫? 何かあったら相談してちょうだいね?」
もう本当に保護者の気分でいるな、母。
「薫さん、マスカットが好きなのよね?」
「はい!」
お盆に乗せられたマスカットが入ったロールケーキに、薫ちゃんの目線はすでに釘付けである。
マスカットがロールケーキの生クリームの中だけでなく上にも乗せられた、いかにも高そうなケーキ。だいぶ奮発したな。
「ありがとうございます!」
薫ちゃんは大興奮。母に促されてマスカットの一粒を口へ運ぶ。
「美味しいです…!」
「よかったわ〜」
母もご満悦のようである。
俺も薫ちゃんの満面の笑みに心が浄化されている。
「薫さん、今日はお夕飯も食べていくわよね?」
「本当にいいんですか」
「いいのいいの。食べていって」
母と俺を交互に見る薫ちゃんを、母は引き留める。
事前に母から夜まで引き留めるようにと釘を刺されていたので、夕飯も一緒にというふうには伝えていた。
母からの提案を受け入れた薫ちゃんはある提案をする。
「こんなに良くしてもらって嬉しいです。よければ手伝わせてください」
十割善意の薫ちゃんの提案に母は一瞬固まる。
「えっ、すみません手伝いはダメでしたか…?」
「…いいえ、料理を手伝おうなんて息子たちには言われたことなかったから驚いただけよ」
「──くんはやってくれますよ?」
「へえ?」
あ、まずい。母の疑いの眼差しが刺さる。
確かに自分から料理は手伝ったことないが。言われたことはしてるぞ。綾人みたいに嫌な顔してない。
「じゃあ一緒に作りましょう? その間この子が薫さんのお家でどんなふうか教えて?」
「いいですよ」
よくない。恥ずかしいからやめてくれ。
俺は母によってリビングから出されてしまった。
「うわ、兄貴なんで廊下に居んだよ。薫さん来てんじゃねえの?」
いつの間にか弟が帰ってきていたようだ。
「二人で料理するって出された」
「はあ?」
困惑と俺を哀れに見る溜息に口角がヒクついた。
*
夕飯を食べ終え、薫ちゃんを家まで車で送り届けることにした。
お土産まで持たされた薫ちゃんは、ニコニコと嬉しそうに紙袋を膝の上に置いて抱えている。
食事をしている間は帰宅してきた父のターンに入り、初めて会う父相手になぜか彼氏の俺が入る間もなかったので、いま聞くことにする。
「料理中に、母さんとどんな話したの?」
「──くんが、家に来てしてること。テレビ見たり、昼寝したり、一緒に買い物に行ったり、料理したり、食べたり、お酒飲んだりとか。その時の様子かな」
恥ずかしいにも程がある。赤信号で止まったところで頭を抱えた。
「…母さんはなんて?」
「“あの子がソファーを占領したら突き落としてもいいのよ“」
酷い。うちでもソファーで寝落ちして、背丈だけはあるから邪魔だとか言われたり、ミーコに踏まれたりとかはあるが。
信号が変わるので顔を上げた。一瞬視線を横へ向けると、助手席の薫ちゃんはとても楽しそうだった。
「……楽しい?」
「楽しいよ。二人で普段どんなことして過ごしてるとか、喋んないじゃん?」
まあ言わないわな。
友人に話すことは無いし。したとてシラフで惚気をあいつらにするのは恥ずかしいにも程がある。家族にも、「今日、薫ちゃん家に行く」とか「デート行ってくる」ぐらいしか言わない。内容に関しては触れたことがない。
だからって、彼女本人から聞かないでほしいが。
「ご両親お二人とも良い人たちだね。……久しぶりに会いたくなっちゃったな」
俺の親を見て、自分の親を思い出すというのは、それだけよく思ってくれているということなのだろう。
「じゃあ今度は薫ちゃんが紹介して」
「うん」
薫ちゃんがどんな表情をしているのか、運転中でちゃんと見れないのが残念だ。
ただ、声色はたった一言のだけでも嬉しさが滲み出ていることは感じ取った。