銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
薫ちゃんにこの世界がBL漫画の世界であると打ち明けてすぐのころ。
フラグ小僧とのフラグも一度区切りができ、以前のように些細なフラグを回避することに努める生活に戻った。
「おはよう、──くん」
「…おはよう」
ま、眩しい。朝目覚めたての一限目から薫ちゃんの満面の笑みは目に染みる。
顔のパーツが世界の補正でぼやけていた頃には、ボディタッチの方に意識が回ってばかりだったが、この子の最も破壊力のあるものといえばコロコロと変わる表情だろう。
声は正直最初から良い思っていた。高すぎず聞き取り易い。言葉遣いも語気も柔和。顔のパーツがボヤけてても一挙手一投足、声色で意思疎通は問題がなかった。
「どうかした? 眠たい?」
「うんちょっと」
「ゲームで夜更かしでもしたの?」
滅茶苦茶キラキラしてる。ただの世間話なのに。
BL漫画の世界でも、背景に花とキラキラを纏う女子がいるだなんて思わなかった。
笑顔からのグラデーションで、眠いという俺を心配するように細められた目。……やっば睫毛なが。
美形な人間には異性の要素を持つというが、笑顔ではない彼女は確かに本人の兄とパーツがよく似ている。なるほど、これが相手に女性的な部分を見てときめいてしまう登場人物たちの逆バージョンということか。ヘテロである俺的には男性的部分と定義すると複雑だがギャップとして処理しよう。
「あまりやりすぎたらダメだよ」
「大丈夫ありがと」
その場は飴を一粒もらって、お互いの講義のために解散した。
*
「俺の彼女、滅茶苦茶レベル高いな……」
「最近君はその話しかしないのかな」
無料の休憩所とされている真山宅に邪魔すると、すでに水元まで来ていた。コイツは隣人の騒音問題も合間ってもはや住んでるレベルだな。これ、読者の知らん間にしれっと付き合っているスピンオフカップルみたいになってないか。気をつけろよ。
「スピンオフ…?」
「BL漫画家が自分でBLになるわけないでしょ。相手の分、尊いカプの可能性を潰すことになるんだから」
このBL怪人は水元の呟いた単語だけで俺の考えを看破してくるのはなんなんだ。その洞察力の高さを他のことに使え。
いや、で、問題は薫ちゃんが可愛すぎるという点だが。
「なんで彼は頭抱えてるわけ?」
「過去の自分の愚かさを悔いてる感じ」
「なるほどね〜」
水元の言う通りである。いま俺は後悔している。
付き合うことになった出会いの場面である掲示板前での会話。あの時の薫ちゃんの表情を俺は一生見れないままなのだ。
「…馬鹿馬鹿しい」
「んだとゴラ」
これから先、一緒にいれば様々な表情を見ることが出来るだろう。しかし、あの告白時の表情だけは唯一無二、あの瞬間しか訪れない。
俺を好きな女の子が、勇気を振り絞って声をかけてくれた瞬間の表情。見たくないわけがない。むしろ一生脳裏に焼き付けたい。それがこの世界の強制力によって見れなかったのだ。これは最大の機会損失と言える。
分かったな?
「はいはい」
呆れたふうに言いやがって。
「でもまあそうだよねー、表情というか、顔が見てない状態じゃないと変だよね。最初から銀木さんの顔が見えてたら君、もっと鼻の下伸ばしてたと思うよ」
今でも伸ばしてるみたいに言うな(時もあるけど)
「いや、最初から顔が見えてたら真っ先に男か疑ってた」
「いやいや、ありえないね」
真山は両手を使い、自らの胸筋の前で膨らみを表現するジェスチャーをしてみせる。
確かに、顔以外でも明らか男の娘では表現するにあたって限界があるものがあるのだから疑う余地もないのだが。しかし絶対ではない。絶対でなければ俺はもう少し身のふりを変えていたかも。
「……まあ。つかジェスチャーやめろ。薫ちゃんの前で絶対するなよ」
「流石にしないよ。セクハラじゃん」
「で、結局何が言いてぇんだよお前」
水元の言葉に、俺はデカく溜息をついた。
「薫ちゃんが毎日、可愛いの最高値を更新してきて心臓に悪い」
「……聞いて損した。この酔っ払い銀木さんに回収してもらお」
「溜息吐きたいのこっちだわ」
おい、まだ一滴も飲んでないぞ。
あ、薫ちゃんに酔ってるって意味か?
「やかましいわ」