銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「薫ちゃんは何にする?」
「私もビールにしようかな」
「わかった」
 彼が屋台に立つ男性に「ビール二つでお願いします」と注文した。
 使い捨てのプラカップに注がれたビール。よく冷えていて、手に持つとすぐに手のひらが冷える。でも日が落ちても暑い夏にはちょうど良い。
 今日は地元の夏祭り。神社とかでやってる規模はそんなに大きくないタイプだけど、屋台が出ていて人が多い。
「あ゛ーうま」
「うん。美味しい」
 人混みはそんなに好きなタイプではないみたいだけど、こういったお祭りは好きみたいだ。私も新鮮で楽しい。
 彼なんて、すでにイカ焼きに綿菓子を手にエンジョイしている。
「ん、薫ちゃんもイカ焼き食べる?」
 表情には出さないものの楽しんでいる彼を見ていると、大口を開けて食らいついているイカ焼きを見ていると思ったのか、齧られたイカを向けられる。エンペラの部分はすでになくなっていて胴体だけが残っていた。
「もらう」
「はいどうぞ」
 串ごと渡されるわけじゃなくて差し出されて少しびっくりした。
 人通りの少ない脇道に入ったとはいえ、こう言うことを人目のある場所でするタイプではないと思ってたけど、相当楽しいのかな。イカ焼きを差し出している手に自分も片手を添えて押さえながら一口を貰った。醤油ベースのよくある味付けだけど、こういうのはお祭りの雰囲気でもっと美味しく感じる。
「おいしい」
「ねー」
 他にも主に食べ物の露店を回って、お酒も飲んで、少し遊んだ。

 一緒に帰ってきたのは私の住むマンション。大学生は夏季長期休暇中でも、忙しい大人は沢山いて私の兄は忙しい方の社会人。お祭りをやっていた神社からこの家の方が近いという理由で彼にお泊りを打診した。”鬼の居ぬ間に”ならぬ”兄の居ぬ間に”ってところかな。我ながら良い思考じゃないとは自覚はある。
「どうしたの?」
「……唐突に兄への罪悪感が湧いたっていうか」
「本当に唐突だ」
 いつもの明るい部屋で、いつもの服装じゃない浴衣姿の──くんを見るのも変な感じだ。お祭り会場にいた時は全体の雰囲気が非日常だから気にならなかったけど。
 藍色の生地に白い縦縞の浴衣。彼は無難なのを選んだと言ってたけれど、とても似合ってる。
「浴衣姿の可愛い薫ちゃんは無事に家まで送れたし、やっぱり俺は帰ろうか?」
「はい?」
 絶対不要だった修飾語に声がひっくり返る。
 酔っているといつも以上に不意打ちで”可愛い”責めが始まるから心臓が持たない。集合時にも可愛いとは言われたけど、その時と今とは状況も雰囲気も違うし。
「ダメ。──くんも素敵だから心配」
「…………あーはい、俺の負けでいいです……もーさあ、褒め合いで俺が勝てるわけないじゃん……」
 別に競ってないよ。
 溜息と同時に頭を抱える彼の耳は真っ赤だ。
 彼の手を引いて一緒にソファーに腰掛けた。ちょっと視線が揺れてて照れてるのが良くわかる。
「大丈夫だよ。お兄さんもカレシさんと”仲良く”してると思うよ」
 それはそれでちょっと複雑だけど。でも確かに悪い気はしなくなってきた。かも?
「薫ちゃん」
 名前を呼ばれて抱き寄せられる。普段着とは違う浴衣の質感とか、いつもより少し開けた首元に触れるとドキドキしてしまう。なんでこう、抱きしめられるだけで考えが「好き」で埋まっちゃうんだろう、不思議。
 ──くんも私の首筋に鼻を当ててすりすりと横に動くからくすぐったい。息が漏れるとくつくつと低く喉を鳴らして笑われた。
 顔が熱い。今度は私が耳どころか顔面が真っ赤になっていそう。
 彼の手の動きが私の心を乱そうとしている。触れて抱き寄せていただけの手が肩口から動いて身体の側面を優しく撫でる。まるで輪郭をなぞるような動きが、いつもの愛撫と同じ動きをしていた。
「──くん」
「うん」
 名前を呼ぶ声につい熱が籠ってしまった。
 彼も分かってる。わざと同じ熱で返事をしている。
「キスしよ」
 伺いを立てつつも、もう唇が触れる寸前のところで喋るので彼の熱い息がかかる。
 思った通り、返事をして一秒もしない間に彼の唇が触れてきた。
 キスをしている間も彼の手は止まらない。そして私は、家に帰ってきていつも以上にドキドキが止まらない理由を彼の手によって理解する。
 浴衣の衿合わせの隙間から手が差し込まれた。下に肌着を着ているとはいえ浴衣は引っ張ればすぐ脱げてしまう。着ている枚数は変わらないのにいつもより低く感じる所謂防御力。これを私自身にも彼にも潜在的に意識してしまっていた。
「……」
 唇が離れて息を漏らす。
 彼の三白眼と眼が合う。
「お風呂先入ろう」
「うん」

 【R-18延長戦に続く】



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