銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 少しの違和感。

「銀木さん。これどうかな?」
「うん。似合ってるんじゃないかな」
 同じバイトの朝倉さんにコガちゃんを紹介してから、相談したいことがあると声をかけられることが増えた。
 最初はコガちゃんの好きなこととか、好みの女の子とか。内気な子で、今までに恋人もいたことがなくて相談したいと言われると断るという選択肢は無くなった。
 でも最近は、なんだか様子が思っていたのと違う。
「うーん」
 今日は今度デートに行くから変じゃない服を選んで欲しいと言われて同行している。ファッションに疎いからとお願いされたわけだけど、普段の格好からして別に変じゃない。でも好きな人に少しでも可愛い姿を見せたいというのも良く分かる。違和感はそこではなくて。
「隣も見に行こう銀木さん」
 距離が近くないかな?
 腕を持って私をどんどん引っ張っていく。物理的な距離感もそうだけど、どんどん心の距離感を詰めてくるような。そんな子には見えないのに、なんというか……
 付き合いの長い友達でも、私の周りはそんなに触ってくる子はいないからそう思うのかな。
 内気なこともあるけど積極的なところもある。私に相談する必要なんてなかったんじゃないだろうか。
「私を通さなくても、コガちゃんと仲良くなれたよ」
「…そんなことないよ。緊張しちゃうよ」
 まあ緊張はするだろうけど。
「なんでそう思うの?」
 聞き返されて物凄く言葉を選ぶ。咄嗟にお世辞や皮肉が出てくる──くんみたいには行かないけど。
「私よりコガちゃんの方が話しかけやすいと思うし」
 前に五人で誰が一番話しかけやすいか、という話になったことがある。私とコガちゃんはニアリーイコールで同じぐらいに話しかけ易さというアンサーを貰ったけど、私としてはコガちゃんの方が話しかけ易いタイプだと思っている。
「銀木さんが思ってる以上に異性ってだけで話しかけづらいものだよ」
「そうかな」
 ──くんに「薫ちゃんの男性への印象って他の女子とは結構違う」と言われたことがあったけど、もしかしてこの認識の差異のこと?
「わたしは女の子相手だったらまだ大丈夫だけど、男子とお喋りするのは怖かったり緊張しちゃうな」
 怖いっていう印象は確かに私にはあまりない。朝倉さんのことを今まで気に留めたことがあまりなかったけど、確かにバイト中でも特に男性とまともに喋っているところを見たことがない。
「ごめんね。私の杓子定規な考えだったね」
「き、気にしないで。銀木さんってお兄さんいるんだっけ、彼氏もいるし慣れてるからそう思うんだよきっと」
 素直に反省して謝罪する。
 彼女は背も私よりも20は低くて小柄だし、背の高い男性とかは確かに怖いかも。そんな彼女が苦手だと思う男性のコガちゃんを好きになったらやっぱり応援したい。
 そう舵を切ろうとしたところでまた違和感が増す。
 彼女に兄の話なんてしたことはない。


 *


『相談があるんだけど、時間ある?』
 登校日の朝、薫ちゃんから連絡があった。以前は直接顔を合わせた時に聞かれたが今回は前もって時間を作りたいという申し出。十中八九、昨日の買い物で何かあったのだろう。
『昼休憩の時間は? それか早めに大学来れる?』
『朝は──くんも大変でしょ、お昼で大丈夫。ありがとう』
 薫ちゃんのためなら今から超高速で準備して登校も不可能ではないが、反応的にそこまでの緊急性はないように受け取れる。その点では安心した。
 こういう時に同じ学科なら合わせやすいのにと思う。

 昼休み、この時間帯に人の少ないラウンジスペースで集合した。
 ソファー席に座る。
 薫ちゃんは普段と変わらないように振る舞ってはいたが、話を切り出すのは少し言いづらそうだった。
 この反応は以前の激重ストーカー女の時のリアクションと同じだ。彼女の中で良心と言い表しにくい負の感情が鬩ぎ合っている。
 大体なんでも出来る薫ちゃんの不得意なもの。それは相手への負の感情を言語化すること。根っから人を悪く思うことが無いというか、性善説を信じているというよりかは、そういう人間としか関わってこなかったからだろう。
 水元曰く、薫ちゃんの善性に引き寄せられる性悪は偶にいるらしいが、ストーカーの件からも俺も同意見だ。
「昨日、朝倉さんと買い物に行くって言っていたでしょ」
「うん。デート用の服だっけ」
「服選びは問題なかったんだけど、喋っている間にちょっと……引っかかることがあって」
 引っ掛かる。会話中の違和感ということか。
 薫ちゃんは言葉尻とか揚げ足を取るタイプではないし、だとすると単純に内容か。
「私、彼女に兄の話なんてしたことないのに。でも朝倉さんは私に兄がいるって知っていたみたいなの」
 なんとも絶妙に怪しいライン。
 パーソナルな話題と言えばそうなのだが、家族構成など友人相手なら普通に話題にも出るだろう。例えば、他のバイト仲間に話をしているところを偶然耳にしたとか。薫ちゃんも俺と同じように考えているから今の歯切れの悪さなのだろう。言い訳としてもちと苦しいが通じないレベルではない。
「それは本人に言った?」
「言ってないよ。前のこともあるし」
 それは良かった。
 以前は約六年片想いを拗らせたヤンデレ女にバイト中に襲われかけた。この世界の登場人物は一度片思い歴が長くなると開き直った時に妙な行動力を発揮する傾向にある。弟の周りや、旗野何某のようにコンプラ意識が生きているならまだいいが、相手は高校生のガキと違って年齢という垣根がない。万が一のためにも、件のヤンデレのように暴走させてはならない。
「今のところ連絡は来てる? 会う予定とか」
「昨日、別れたあとにお礼のメッセージは。彼女とは学科も違うからバイトのシフトも違う時間帯が多いし用がない限りは会わないよ。それに今週末はコガちゃんと出掛けるみたい。そのための買い物だったから」
 薫ちゃんも小賀も嘘が得意なタイプじゃない。小賀に近づく真意がはっきりしない以上、アイツに何か言うのは無しだ。薫ちゃん以外の女友達に相当浮かれているみたいだし。
 少なくとも、どっち目当てだったのかが分かるまでは。
「……正直、薫ちゃんが感じる違和感は俺も感じてる」
「うん」
「でも、前の子の時もそうだったけど、薫ちゃんには他人を疑っていて欲しくない。だから今は相手のことを無理に意識しなくていい」
 少なくとも以前のような強行に出るようなタイプとは違うように思う。薫ちゃんのいう人物像が正しいのなら、誰にも言えないまま拗らせ続けるだけで自己完結していてもおかしくはない。
「話しかけられたらこれまで通りを保てばいい」
「分かった」
 嘘、隠し事の苦手な薫ちゃんには酷か。でも俺が出しゃ張るにも限度がある。それこそ以前のように俺が原因で逆上してしまう場合もある。
「──くん」
 薫ちゃんの視線は微かに下を向いていた。足の上に置かれている手も微かに震えている。彼女の手に己の手をそっと重ねた。
「薫ちゃん、大丈夫」
「うん……怖いわけじゃないの。ただ」
「ただ?」
「私のために──くんが頑張りすぎることはないよ」
 これは薫ちゃんなりにかなり濁した言い方だ。以前の顛末は結果的に薫ちゃんとヤンデレ女の関係は修復不可能な終わりで、後味は最悪になってしまった。
 結果的に逆上した女に俺は階段から突き落とされそうになってしまった。
「彼氏の範疇だよ」
 薫ちゃんは優しい。優しすぎる。毒にも薬にもなる優しさ。
 ヤンデレ女は薫ちゃんの優しさに胡座をかき、度を越して、結果的に逆鱗に触れた。
 俺も、薫ちゃんが優しくて良い子だから、なんでもしてあげたくなるし、偶に限度を超えていないかと自戒することもある。付き合い始めた当初の打算的な考えの延長線にいるのではないかと、考えないようにしているのに。
 薫ちゃんが異性と距離が近かったり、前回と今回のことでも思う。
 俺がこの子を守ろうとするのは俺のエゴのためなのではないかと。このBL漫画の世界で男と付き合いたくないがために必死になっているのではないか。逆に、俺が必死だから薫ちゃんが危険な目に遭うのではないか。
「…………何か勘違いしてると思うんだけど、私は別に聖人じゃないよ」
 朝倉の相談を最初に聞いた時にも薫ちゃんはそう言った。
 下げていた視線がまっすぐ俺を見つめる。見つめられたら離せない。
 隠し事が苦手なのに、的確に看破してくるあるいは何か感じ取っているのは凄いの一言だ。
「取捨選択は当然する。相手の考えと合わなければ真っ向から否定する。──くんがいま思ったであろうことも今から否定する」
 怒りとかそういう負の感情ではない。ただ、ただただ真剣な眼差しは目を見開き、普段は感じない眼光の鋭さを思い出させた。
「付き合い始めて今日まで、きっかけがどうであろうと今に偽りがないのなら、今を信じてる。あの日、──くんは私のことを本当に好きだって言った。私はそれを疑わない」
 初めて本心と事実を伝えたあの雨の日。今みたいな俺の堂々巡りを薫ちゃんは受け入れてくれた。傍目に頭のおかしなことをペラペラと喋る俺ではなく、それまで薫ちゃんに接していた俺も本心として。
 なんでいつも薫ちゃんを慰めたり助けようとすると、いつの間にか俺が慰められたり助けられる側になっているんだろうか。
「うん。ごめん薫ちゃんより俺が不安になってた」
「”ごめん”より言われて嬉しい言葉があるんだよ知ってた?」
 俺が重ねた手の上に、薫ちゃんのもう片手が重ねられた。
「ありがとう。そういうところ本当に大好き」
 薫ちゃんと話していると本当に明るい気持ちになる。平常なら楽しいことばかりになって世界の狂った世界観のことも忘れてしまう。
 この笑顔を失いたくない。失わせない。
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