銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
「…あの銀木さん」
「どうしたの」
大学図書館でのバイト中に同じ業務をしていた子に話題を振られた。普段からあまり周りと喋らない人で、絵に描いたような本が好きな子。休憩時間に見かけた時も基本的に本を読んでいるおとなしい人だ。私もバイトが一緒なだけで学科も違うし親しいわけじゃない。
「銀木さんって男子とも仲がいいよね」
「うん。まあ人によるよ」
──くんと付き合い始めてから誰かとの間を取り持ってと言われることが多くなった。彼女のこの言葉はその第一声だ。
彼曰く、誰かとの仲を取り持つのはその相手の男と第三者との恋愛フラグらしい。所謂焚き付け役だと。彼はこの世界をBL漫画の世界であると提唱し男性と恋愛に発展したくないと色々試行錯誤している。私も彼女として味方しているし協力しているけれど、彼は人の恋愛感情というものをとてもシステマチックに見ている。
なので彼からして彼女のこの緊張した手の震えを抑える仕草も深くは捉えないのだろう。
「実はその、紹介して欲しい人がいて…」
出来れば適当にいなすのが吉と、彼の受け売りだけどそんな彼のシニカルっぽい対応は私には到底出来そうにない。
「私が協力できるなら」
*
「小賀を好きな女子?」
「そう、紹介してほしいって。前に仲人は危険だって言ってたから相談」
空きコマ中、空き教室で薫ちゃんと待ち合わせをして駄弁っていると薫ちゃんから仲介フラグ案件の発生を耳にした。
確かに以前に男女問わずに仲介人の立場になるのはフラグの元なので出来れば避けるという話はしたことがある。加えて薫ちゃんには「美形の水元と距離の近い唯一の女子」という属性がついてしまったため、一時仲介目当ての女複数に粘着されたことがあった。それも踏まえ”出来れば回避”と伝えていたのだ。”出来れば”というのは薫ちゃんの性格を考慮した結果だが。
「コガちゃんは前から彼女欲しいって言ってたから友達からならいけそうじゃないかなって」
確かに。小賀は以前から周りに彼女が欲しいと公言しているし、バ先の男性ストーカーを全面拒否しているあたり俺と同じく男は嫌なタイプなのだろう。しかし、ここはBL漫画の世界。全てはBLに通ずると言っても過言ではないし今は小賀の不運が全てのフラグを打ち消しているとはいえ、いつ拮抗が崩壊するか分からない。
ストーカールートにせよ、親友覚醒ルートにせよどちらかの火種には違いない。
「まあ…いいんじゃない……いい聞き方じゃないけどその子、女子なんだもんね?」
「うん間違いなく」
話からして俺に流れ弾が飛んでくることはないだろうし、ここから実は狙いは薫ちゃんでしたビックリルートなんてこともないだろう。
であれば俺が引き留める理由もない。
「は、初めまして」
「こちらこそ〜! オレ、小賀アラシ」
別に見守る必要はなかったのだが少し気になったので紹介している様子を遠くから見守ることにした。
というのも、ボーイズなラブに発展しそうな二人の間にいる女は、女性が端役となるBL漫画の世界においても顔面の加筆が行われる数少ない属性の一つなのだ。薫ちゃんが紹介する女子もそうならぼやぁっとした存在感のない認識にはならないというところから判別が出来ると思ったのだが。
薫ちゃんと別系統のふんわりとした女性らしい格好で、背も小さい女。横を向いた時に見えた表情を俺は確かに認識した。緊張した硬い表情だがなんとか口角を上げている、そんな表情だ。
「おーい」
「…あ、ごめん」
「考え事? さっきの様子見てたもんね」
「バレてたか」
隠れてやり過ごすのは得意なのだが、薫ちゃんには気付かれていたらしい。いつの間にか解散していた薫ちゃんが俺の座っている席の前に座った。
「可愛いよね、コガちゃんも好意的で良かった」
まあ自分に明らかに好意を持っている女子の顔だ。可愛く思わないわけがない。俺も薫ちゃんに声をかけられた時は最初こそ驚いたし戸惑ったが嬉しさの方が優っていた。最初は表情が認識できていないかった俺ですらそう思ったのだから、小賀もそう思うだろう。
でもあまり良い状況では無いかもしれない。俺が表情を認識できたということは世界にとってあの女子はBL漫画の登場人物とされていることになる。
「前にさ、出来れば回避でって言ったじゃん。水元くんのとき」
「そーね」
頬杖をついて俺が覗いでいた窓へ視線を向ける。薫ちゃんの視線の先には庭のベンチに座って喋っている小賀と女子。
「私としては出来れば助けになりたいんだよ。告白する権利は奪えるものじゃない。聖人君子じゃないから私が助けたいと思う人だけになるけど」
水元の仲介扱いになっていた頃は薫ちゃんが蔑ろに扱われるから止めるように言った。水元も仲介を頼んだ生徒へ薫ちゃんから断るように言ったことも謝っていた。
そういう薫ちゃんを大事にしない人ではない今は、助けたいと思うのはとても想像がつく。
「じゃあ今後もあの子に手助けするの?」
「まあ相手から相談されて内容によってはね」
「そうなんだ」
「だって、告白する機会も勇気も自分だけのものだよ」
流石チャンスを逃さなかった薫ちゃん。言葉の重みが違う。いや、捕まえられた側の俺がいうことではないか。
そういえば、薫ちゃんは俺と付き合う前まで、気になっている人はいると友人には話していたが「誰」とは言わなかったらしい。それはおせっかいな他人に吹聴されるのが嫌だったと言っていた。軽く口にしたらそんな程度の気持ちなんだと思われてしまうと思ったからだと。
当時の俺なら耳にした時点で「女子に想われてるなら大抵なんでもOKです」なんて思いそうだが、今はなんとも想いの深い薫ちゃんらしいと思う。
「ストーカーフラグと親友フラグに勝てるかどうかも?」
「が、頑張ってほしいね」
確かに。俺もBL漫画の世界の法則に争っているいち人間として、応援はしたいところだ。
ストーカーに心身ともに嫌がらせされて諦めエンドとか、親友と親友の域ではない接触を目撃されて身を退くエンドとか、頑張って回避するんだぞ小賀。