銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 触れたい。
 脈絡なく唐突にそう思った。
 別にしばらく会えていなかったとかではない。昨日も大学で顔を合わせたし、喋ったし、夜も一緒に夕飯を食べに行って終電前に家まで送り届けた。
「……」
 集中力がどこかに旅立った俺とは裏腹に、真面目に課題のためにノートパソコンと睨めっこしている薫ちゃんがキーボードを打つ手や、たまに考え込むように頬杖をついて、ふにっと押されて形が変わる頬とか。そんな部位毎じゃなく全身を。出来れば抱きしめたい。
「視線飛ばしすぎ。集中が散漫しすぎ」
「…はい」
 薫ちゃんの指摘はごもっともである。返す言葉もない。しかしつい見てしまう。何時間でも見ていられる。
「──くん」
 まずい。流石に見過ぎたか。叱られが発生してしまうか。提出するべき課題の進行度も大概だし手を止め続けて薫ちゃんを見てしまうのは流石に止めないといけない。
「はあ…そんなに見られるとさ、私も気になるじゃん」
「ごめん、ん??」
 叱られ案件かと思い、真摯に受け止め謝罪すると肩口に薫ちゃんの頭が乗った。体重が預けられ、心地よい体温を感じる。
「私も気が散った。もう今日は終わり」
 脱力していた俺の手に薫ちゃんの手が絡みついて、いつの間にか握られていた。当然握り返して悦に入る。手を握るだけでとんでもない量の幸福感。
 彼女と付き合って世のカップルたちが何故ベタベタイチャイチャしたがるのかを深く理解した。
 これが多幸感というやつだろう。俺の周りにあるストレス全てが今この瞬間に全て浄化されてるようだ。
「抱きしめてもいい?」
「いいよ」
 了承をしっかり得てから行動に移す。
 両手を背中に添えてゆっくり抱き寄せてからそっと密着する。
 背が高くて筋肉質な薫ちゃんは抱きしめると柔らかい。他の女子に比べたら大きいが、ヒョロイ俺が抱きしめても腕の中に収まるサイズ感。代謝が高いのか暖かくて、良い匂いがする。加えて大きな胸の質量に俺の心臓も高鳴ってしまう。
 服の襟元から覗く素肌に鼻を擦り付け、指先で毛先を遊んだり、背中を撫でる。そうしていると不可抗力でブラのホックに触れてしまった。
「すけべ」
「不可抗力」
「どうだか」
「ほんとだって」
 揶揄うように笑いながらも薫ちゃんは逃げようとしないし離れない。
「お兄ちゃんリビングにいるんだからダメだよ」
「わざとじゃないってば」
 そうだ。当初大人しく薫ちゃんの部屋で課題をしていたのは、今日はすでに彼女のお兄さんが帰宅しているからだ。唐突に部屋に入ってくることはないだろうが、やましい音を立てるわけにはいかないのだ。
「キスしようよ」
 ヒソヒソと気配を消すような囁き声。それは俺の理性への挑戦状か?
 いや、負けるわけにはいかない。一回キスをしたら一回で済まない。“触れるだけ”では済まない。先ほどまで不可抗力でブラを触ってしまった俺を揶揄った子と同一人物だなんて、なんて悪い子なんだ。滅茶苦茶キスしたくなっただろうが。
 神経が研ぎ澄まされる。吐息のひと吐きにすら過敏になる。
 
 ガチャ、バタン……

 部屋の外、つまり廊下で薫ちゃんのお兄さんの生活音が聞こえる。トイレに入ったのだろう。
 誘惑と緊張が交互に訪れる。薫ちゃんに集中する五感と外を警戒する五感がまるで別物のように同時にかつ鮮明に伝わってくる。
「BL漫画でもバレないこと結構あるよ。だから大丈夫」
 俺が返事をする前に薫ちゃんの柔らかい唇が俺の口に触れる。
 いや、気付かれるかどうかって結構半々の確率なんだよな。実質ほぼ見つかると言っていい。
 と分かっていながらも、キスを引き剥がすなど俺にはできる訳もなかったのだった。
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