銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


 薫ちゃんを家に呼んだら手作りのお菓子を差し入れしてくれた。
 クッキーの周りに砂糖がついているディアマンクッキーというもので、バニラ・ココア・紅茶・抹茶・ナッツと種類まで豊富だ。料理だけでなくお菓子作りまで上手な薫ちゃんのポテンシャルには毎度のこと脱帽である。
「何か飲み物入れようか」
「ありがと〜」
 このクッキーに合うものがないかと探すためにキッチンへ向かう。冷蔵庫の中を探していると薫ちゃんが付いてきてナチュラルに腕に抱きついてくる。
「なんでもいいよ?」
 上目遣いで俺を一瞬見上げたあと、薫ちゃんも冷蔵庫の中へ視線を向ける。二人しかいない家の中ということもあり、滅茶苦茶距離が近い。可愛い。
「ミルクティーベースあった」
「いいねピッタリじゃん。無糖でお願いしまーす」
「わかった」
 牛乳を入れて割るタイプの紅茶を見つけた。彼女は俺の腕から離れて、食器棚からグラスを取り出した。俺がそこに氷を入れてからベースとミルクを1:1の割合で注ぐ。
 ニコニコで自分の分のコップを持ってテーブルに戻る薫ちゃんを追いかけて正面の席に座り直した。
「いただきます」
「いただきます」
 同じタイミングで発せられた声に顔を見合わせて口角が緩んでいると、今一番聞きたくない「ただいま」が玄関から聞こえてきた。しかも一人だけの声ではなく口々に「お邪魔します」とか色々。
 だっる。あまりの面倒臭さに溜息が我慢できずにいると前にいる薫ちゃんが「露骨すぎ」と薄く笑みを浮かべながら声は出さずに口を動かした。
 先ほどまで軽かった足取りとは打って変わり重い腰を上げると玄関からわちゃわちゃと喋り声が大きくなっていく。
「げ」
「げ、とはなんだ兄とその彼女に向かって」
「薫さんには言ってねぇよ」
 廊下に出てクソ生意気な弟の顔を見ると、向こうも俺の顔を見た瞬間に露骨な顔をする。隣にいる彼氏を見習えダブルブッキングにも相変わらずの笑顔で対応してるぞ。
 メンツはいつメンの四人。小僧も最近はめっきり見かけないのに加え、避け続けていたのだが綾人と連み続けているみたいだな。難儀なこった。
「どうする? おやつ食べたらどこか出かける?」
 薫ちゃんがリビングから顔を出す。東條くんを見ると彼の方へ手を振り、東條くんも振り返している。その様子を見て面白くない顔の綾人、と何故か騒ぐ三郷くん。この様子だと二人がお隣同士だと綾人は教えていないらしい。
「気にしないでください。後からお邪魔したのは俺たちなんですから」
「そうだよ。おれたちが綾人んちばっかりに集まっちゃうんだから。お邪魔します!」
 さすが東條くんに柳くん。まだ少し不服そうな綾人も二人の言い分を聞いて大人しく二階の自室に登っていく。後に三郷くん、小僧と続いていく。
「邪魔すんで〜兄ちゃん!」
「お、お邪魔します」
「はいはい。どうぞどうぞ」
 三郷くんは早々に階段を上がっていくが、小僧は俺を見た後に隣に立っている薫ちゃんへ視線を向けた。
「? どうかした旗野くん?」
「あっいえ」
 向けられた視線に首を傾げる彼女に焦っている。思ったより真っ直ぐ見つめ返されたことに驚いたのだろう。薫ちゃんは人の機微によく気がつく、それはその分相手を見ていることになるし、その”見る”という行為自体に何か特別な感情はないので水元でもたまにたじろいでいるぐらいだ。この小僧にもダメージが入っているようだ。
「あ、そうだちょっと待ってて」
 そういうと薫ちゃんはリビングに引っ込んでいく。残された小僧は困ったように俺の方を見る。見るなガキ。微塵も脈があると思われたくないので、薫ちゃんの方を伺うようにリビングを見て声をかける。
 と、しつつも薫ちゃんの意図は理解している。食器棚から皿を持ち、俺たちが食べようとしていたクッキーを取り分けている。
「少しでごめんね、みんなで分けて食べて」
「ありがとうございます……」
 持ってきた皿には五種類のクッキーを二枚ずつが乗せられていた。
 皿を受け取った小僧は軽く会釈して綾人の部屋に入って行った。
「わざわざクッキーあげなくても」
「──くんもやったんでしょ。大人の余裕作戦」
 前に一度、大人の余裕感を出して歳の差を実感させ諦めさせる作戦を実行したのだが、あれは正直効いていないと思う。
「俺のクッキー…」
「全部は多いでしょ。そもそも家族のみんなへって多く作ったんだから」
「全然全部食える」
「食い意地」
 薫ちゃんの手作りとか俺が全部食べたいに決まっている。
 椅子に座り直してようやく薫ちゃんのクッキーにありつけると安堵した。
「というか、薫ちゃん旗野くんへの対応上手いよね。全く見習いたくないけど」
「素直だなあ……ああいう子は真っ向からコミュニケーション取った方がいいんだよ」
 そもそも薫ちゃんの真っ向からじゃない友人関係とか見たことがないし、薫ちゃん自体が捻ねた性格ではない。先ほどの様子からして小僧は現在でも俺を意識しすぎているし、彼女である薫ちゃんのことも、俺とは別の意味でかなり意識しているようだ。
「まあ根気よく警戒していかないとね」
「嫌すぎる……」
 一回、明確に振っているのにまだ”諦めた”になっていないのは流石に重すぎる。こうなったらあの小僧が二十歳になるまでにもっと何か打開案を考える必要があるな。
「──くん」
 ん?
 どうしたの、と聞く前に俺の口に薫ちゃんによってクッキーを押し付けられる。
「あーん」
 言葉の通り、口を開けるとそのままクッキーは口の中へ。
 あーんによって美味しそうなクッキーが更に美味しくなった気がする。まさしく幸福の味。
「これでみんなに分けたクッキーとは別になった?」
「……最高」
 イタズラを成功させたように笑う薫ちゃんに俺は完全敗北を帰した。


延長戦

「……」
 旗野が下で薫さんからもらってきたクッキーをずっと見つめている。
 兄貴の彼女の薫さんは料理もお菓子作りも上手だ。兄貴が溺愛するあの人は、兄貴とは正反対に穏やかで表情豊かで気配りができる人。おそらく兄貴とオレと両親にと多めに作ってくれたクッキーを友人たちにも分けてくれたんだろう。
「どうした? 薫さんこういうの上手で美味いぞ」
 前に家に訪ねてきた時は夕飯を一緒に食べた。かーちゃんの料理を手伝っている姿が印象に残っている。その時の料理も美味しかった。
「なんや旗野、オマエ手作り食われへんタイプか? オレが食うたろか?」
「いや食う」
 すでに自分の分を胃袋に入れた三郷が絡むと、旗野は躊躇うことなくクッキーを一枚口に押し込んだ。
 何度か咀嚼して喉が動いて飲み込んだのが分かる。
「……旨い」
「だろ?」
 すぐもう一枚に手が伸びる。ココア味だ。
「すごい、手作りお菓子って甘く出来るんだ」
「チビ助のねーちゃんは甘いもん作れへんのん…?」
 柳のねーちゃんっていつも思うけど何者なんだよ。
「にしてもええなあ綾人の兄ちゃん。あんなべっぴんさんの彼女おって」
 あのぼんやりド自由人マイペースな兄のどこがいいのかは正直疑問に思ってる。三郷の言う通りすごく綺麗な人だし、他に選択肢なんていくらでもありそうだけど。
「お互いにしか分からないものがあるものだよ」
「お兄さん優しいもんね」
「……」
 東條のここにいない兄貴への助け舟? に乗り掛かる柳と赤べこのように頷く旗野。
 …まあ確かに、同じぐらい恋人の選択肢には困らない東條がオレを好きだって言うぐらいだし、何かあるのか?
「遊び誘ったらなんやかんや付き合うてくれるもんな。最近はそもそも見かけんかったけど」
「別に絡んで来なくていいんだよ。部屋にいとけっていうのに出てくるし」
 俺が吐き捨てると、隣の東條が「まあまあ」と宥めている。
 なんでかは知らないけど、薫さんと付き合い始める少し前は、まるで俺たちの行動を確認するかのように顔を見せていた時期があった。かと思ったら三郷の言う通り極端に避けているように全く家に居ない日が増えたり。
 一度かーちゃんと薫さんを会わせてから、兄貴はあの人を家に呼ぶことが少し増えた。理由にあの人の家に通いすぎるのも良くないとは言って居たけど、オレ的にはそっちの方が助かる。今日みたいに友人に気を遣わせることも無くなるし。
 …溜飲を下げるために、オレも薫さんの作ったクッキーを口に入れる。オレが手に取ったのはバニラ。とはいっても強くバニラがくるものじゃなくてどちらかというとバタークッキーに近い。サクッと軽くて、でもパサついてるわけじゃなくて美味い。
「そういえば飲みもんなかったな。取ってくる」
「俺も行くよ綾人」
「俺も」
 兄貴にイラついて忘れていた飲み物を取りに立とうとすると東條と旗野が同時に立ち上がった。
「いや二人もいいって」
 オレが言うと東條と旗野が無言で見つめ合う。そうしていた間は三秒ぐらいでふっと笑って「じゃあ任せるよ」と東條はその場に座り直した。
 たまに東條と旗野はオレの知らないところでなんとなくわかり合っているようで、少しモヤつく。
「しゃーないなあオレが綾人と、」
「余計なことしないで座ってなよ三郷くん」
「なんやと!」
 余計ややこしくしてくる三郷を東條が引き留めている間に、オレと旗野がリビングに向かう。
 階段を降りたところぐらいからリビングから兄貴と薫さんの喋り声が聞こえてくる。
 リビングのドアを無言で開けるとテーブルに座っていた二人が同時に顔を上げる。並んで座っている二人は肩が触れ合っている距離感、てかほぼ頬が当たりそうな距離でスマホの画面を覗き込んでいる。
 テーブル上にある皿は空で、コップに注がれていた飲み物も半分以上なくなっている。
「兄貴さあ」
「なんだよ」
 言おうとした文句が口から出かかって止めた。兄貴へは文句しかないけど、薫さんにも言いたいわけじゃない。
「旗野は何飲みたい?」
「…」
「旗野?」
「あ、いや…なにがあるんだ?」
 やっぱ気まずいから家でいちゃつくの勘弁してくれよ。旗野も唖然としてるし。
 キッチンまで行き冷蔵庫の中を探す。といってもお茶か、炭酸か、ミルクティーベースぐらいか。
「ミルクティー」
「これにするか?」
「いいのか」
「いいって兄貴のだけど」
 かーちゃんがミルクティーが好きな兄貴が飲むだろうと買ってきたやつだけど、まだ全然余ってるし貰うか。けど五人分作ったら流石に無くなるし、他は麦茶にしよう。
 コップいっぱいにミルクティーベースと牛乳を1:1で入れてそれをお盆に乗せる。あと四つのコップに麦茶を注いだ。
「旗野はこれな」
「悪い、俺だけ違うので」
「いいって。いっぱいぐらい貰っても気づかねえって」
「聞こえてんだよ」
 声を抑えて喋ってたのに細かけーよ兄貴のくせに。薫さんとスマホで動画見てるくせに聞き耳立てんな。
「す、すみません。もらいますね」
「あーはいはいお好きにぞうぞ」
 聞き耳立ててたくせに興味なさそうに兄貴は返事をする。
「いいって兄貴にそんな気使わなくて」
 萎縮しているように見える旗野を援護すると、否定するように首を横に振った。旗野は妙に兄貴に気を遣っているように見えるのは前からだからな。旗野も年の離れた兄がいるらしいけど、あんまり一緒にいた時間は長くないって言ってたし緊張してんのかも、正直以外だけど。
「クッキー口に合ったかな?」
「はい。美味しかったです。みんなも言ってました」
 薫さんに問われて答えると隣の旗野も「美味しかったです」と同じように答えた。
「よかった」
 花が咲くような笑顔って薫さんのことを言うんだろうな。彼女の周りの雰囲気が華やぐのはもちろん、向けられているオレも例え相手を恋愛的に好きじゃなくても好意的に受け取る。
 お盆を持ってくれた旗野を先にリビングから出てもらいオレも出る。ドアを閉めて階段の手前まで行ったところで我ながらデカデカとため息が出た。
「緊張したよなごめんな」
「俺は……綾人はしたのか」
「するって! 薫さん兄貴と全然タイプ違うし、二人でいる時の兄貴もなんかこう…いつもと違うしさ」
 言葉に出来ないむず痒さ。兄弟の”オトコ”の側面なんて正直見たくもない。兄貴がデートに行ったり、朝に帰ってきたり泊まりに行ったりしてるのを見ているだけでも妙な言葉に出来ないムカムカが湧くのに、さっきみたいな距離感の二人の様子なんて見たくなかった。
 でもそれに文句が言える立場じゃないから余計にムカつく。
「旗野の兄貴って恋人とか家に連れてくる?」
「うちはないな。恋人がいるのかも知らない」
「旗野ぐらい関わりがなかったらそうか。はあ、早く家出ねぇかな兄貴」
 俺がそう呟くと旗野は俯いた。
「どうした? 階段だし半分持とうか」
「…いや、あの人も俺の兄貴みたいにいつかは家を出るんだろうなって」
「前まで”ずっとミーコと住むぅ”って言ってたくせに最近は”大学卒業したら一緒に住むつもりで薫ちゃんと話してる”とか親に相談してるぞ。薄情なやつ」
 そうオレが成人する頃には兄貴たちは別の家で同棲している。そうなったら家には帰ってこないし、イチャついてるところを目撃してしまう心配もない。
 オレが早く成人したいなあと考えている後ろで旗野が「そっか…そうだよな…」と言っているのも耳には入っていたが深くは考えず耳を通り抜けていった。
 部屋に戻ると待っていた三人が一斉に顔をオレらに向けた。
「おかえり。ありがとう綾人、旗野も」
「おう」
 東條に笑顔を向けられ、一階で感じたストレスが全て和らぐ。東條のこの柔和な笑みはなんとなく薫さんに似ている気がする。
「なんや、旗野だけ別のかいな」
「手伝ってくれたんだからいいんだよ」
 東條、柳、三郷、で最後にオレの分の麦茶をローテーブルに置いて旗野のミルクティーは旗野本人が手に取った。
「ミルクティー?」
「そ、兄貴のを拝借してきた」
「へえ。よかったね旗野」
 ”よかったね”の意味は理解出来なかったが旗野は東條の言葉にゆっくり頷いている。ミルクティーが好きだなんて聞いてなかったけど。
「お盆戻してこようか?」
「あー大丈夫。いま下で兄貴らイチャついてるし」
 東條の申し出は嬉しいけど、またさっきみたいにベタベタしてるだろうからやめておく。お盆ぐらい後でいいし。
「…………渋い」
 ミルクティーを飲んだ旗野が小さく呟いた。
 1:1で割るって書いてあったけど分量間違ったか?
「砂糖入れなかったの?」
「ミルクティーベースだから入ってると思ってた。ごめんな旗野」
 ガムシロップなんてあったっけ。確認しようにも結局また一階まで降りてリビングまで行かないといけない。
 立ち上がると旗野が「いい、大丈夫だ」とオレを引き留める。
「本当に大丈夫か?」
「ああ」
「おれのクッキー一枚あげるよまだ食べてないからさ」
 柳から貰ったクッキーを勿体無そうに見おろし口に入れたあと、旗野はミルクティーを一気に半分以上飲み干した。
 
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