銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -
恐らくだが風邪を引いた。
今朝から微妙な頭痛を感じており、嫌な予感はしていたのだが、二限目の半ばあたりから鈍痛に変わってきた。ここまで悪化するなら最初から休んでおけばよかったなど思うだけ無駄である。
「──で、あるかして、」
講師の声に集中もできない。痛む頭を抱えながら、ペンを動かすがやはり痛みが強く手を止めてしまう。
「…っ」
更に追い討ちをかけるような激痛の波がやってくる。
せっかく講義には出たのだから早退するのは出席が勿体無い。だが、耐えられる目処もない。
どうするかと考えていると、隣で真面目に講義を受けていた薫ちゃんが俺の袖を摘んで引っ張った。何事かと思い視線を向けると、彼女はカバンから鎮痛剤の箱を覗かせて指先でアピールしている。
俺がそれに気が付くと、ノートに「頭痛と腹痛には効く」と書いた。
砂漠でオアシスを見つけたような感覚だ。一筋の生命線が生まれた。
ありがたく薬を頂戴して、持っていた水で流し込んだ。
俺も自分のノートに「ありがとう」と書き込むと、彼女は無言のまま机の上でピースを作った。
貰った薬のおかげか、講義が終わる頃には鈍痛は引いていた。
「大丈夫? 保健管理いく? 直で帰る? マスクあるよ、タクシー呼ぼうか?」
矢継ぎ早に訊かれ甲斐甲斐しく世話を焼かれる。マスクは貰う。
「…直で帰る。悪寒してきたし、多分熱あるわ……」
「じゃあタクシー呼ぼう」
アプリでタクシーの手配をしながら、薫ちゃん本人もマスクをつけた。
「え、薫ちゃんも帰んの…?」
「一人で心配だし。私の時も来てくれたし、こうしようと思ってた」
熱で浮かされていく思考を収めるため、深く息を吸って深呼吸した。
真っ赤になった顔をまだ人が大勢いる室内で曝け出すわけにはいかず手で顔面を覆い隠す。
「あの時の薫ちゃんの気持ち、すごい分かるわぁ…」
「はいはいはい治ったらね」
薫ちゃんが着ていた上着を俺の顔が隠れるように被せられた。
最近、行動心理までバレ始めている。
「銀木、コイツどしたん?」
「頭痛いのと悪寒だって。私も彼と早退するから」
「オレが送ろうか? 女子だと大変だろ?」
上着でこちらからの視線も遮られているため、薫ちゃんが誰と話しているかははっきり分からないが、声からして最近よく絡んでくる奴かもしれない。
「うんん大丈夫。私、彼の恋人だから」
「…そ、っか」
フラグは彼女の強烈なボディーブローによって粉砕されたようだ。
男が去っていくと俺の背中に手が乗せられ、何度も撫でられ不思議と安心感を覚える。
「タクシー来るまであと十分だって。水ある?」
「…もうない」
「じゃあこれ飲んで」
そう言われて渡されたのは薫ちゃんの水筒だ。中にはレモン水が入っていて少し酸っぱい。だが水分補給としては大変助かる。
「家には薬とかある? 冷えピタとか」
返事をする気力もなく、頷く。
すると頭にかけられていた上着を少し持ち上げられ、様子を確認された。
体調はドン底、気力もほぼなく真っ青だか真っ赤なみっともない顔を真剣に見つめられる不甲斐なさはこれ以上ないだろう。
そして彼女の手が俺の額、首筋と順に触れられた。冷たく心地よい感触に目を閉じる。
「…………」
彼女は無言のまま再び上着を俺に掛け直した。落ちないように袖を顎の下で縛る徹底ぶり。
「立てる?」
数秒沈黙のあと、発せられた言葉に反応して荷物を持って立ち上がる。
数歩進んだところで立ちくらみを感じた。立ち止まると腕を組んで歩いていた薫ちゃんも立ち止まり、俺の肩を支えた。
「おい大丈夫か」
「あっごめん水元くん」
新手かと思えば次にやってきたのは水元のようだ。同じ講義ではないし、よそから来たのを聞くにいつの間にか連絡を取っていたようだ。
「これ取った方が歩きやすいんじゃねーの?」
「それはまずいかも」
ここからの会話が声が小さく聞き取りづらい。いや、口に出していないのか? 話し声が聞こえて来ない状態から微かに「わかった」という水元の声が聞こえた気がする。が、もう考えていられない。
「タクシーまで肩かしてやるから、銀木は荷物頼む」
「うん。ありがとう水元くん」
水元に肩を貸され歩き出した。
「お前銀木に感謝しろよ」
いつもしてるが…?
そうじゃないと小突かれたのは納得いってない。
