銀桂の薫りはあなたの気を惹く -Exhibition -


「ん、起きたの。おはよ」
 どうやら私は疲れて眠っていたらしい。
 目覚めに一回キスをもらい目を開く。
 上半身裸の男子が自分の部屋を彷徨いている光景というのは未だになれない。自分のベッドなのに自分のものではない匂いがするのも不思議な気分だ。
「おは、よ。お兄ちゃんは…まだか…」
 兄の帰宅を確認しようと口を開くも、もし帰ってきていたら彼が半裸で彷徨くわけもなく言い切る前に自己完結。
「水飲む?」
「のむ」
 すでにコップに注がれていた水を渡されて、それを口にする。触れた感じも口に入れた温度も冷たくて寝起きの頭を一気に醒させる。
 彼はベッドに腰掛けて、乱れた私の髪を耳にかけて表情を窺ってきた。指が頬や耳に触れてくすぐったい。
「お兄さんが帰ってくる前に買い物行くんだっけ。行けそう? なんなら俺が一人で行くけど」
「うんん、大丈夫、一緒に行こう」
「わかった」
 散乱した服を落穂拾いのようにかき集めて着替える。脱いだ服の行き場が何度行為を重ねても正解が分からない。
 BL漫画でも流石に脱いだ服の行方まで描写していることはないらしく、彼も首を傾げていた。シングルベッドじゃ二人では狭く、ベッドの上で脱いだとしても邪魔で蹴り落としがちだ。
 シャツ、カーディガンと着て、ふと彼を見るとボトムス以外組み合わせが一緒で笑ってしまう。
「あ、ごめん薫ちゃん」
 そう口にして彼は私の襟口の隙間に指を入れて鎖骨の少し上に触れる。
 ギリギリ私でも死角ではない位置に皮下出血を発見。
「見えなくない?」
「薫ちゃんより目線が上だったら分かるよ」
 それもそうか、彼には見えたわけだし。でも、別にこれから誰に会うわけでもないし別に問題ないと思うけどな。
「お兄さんに気付かれるのはまだちょっと」
 ああ、兄か。別に気付かれたところでなんともないと思うけど。
 BL漫画らしいこの世界で兄は幼馴染の人とBLしているらしい。カプ? が成立している以上彼の言うフラグは立たないから出会っても普通に接しているように思えたけど。
「恥ずかしくない?」
「あんまり…?」
 俺だったら気まずい、と答える彼に兄弟と兄妹での認識の違いを感じた。
 確かに最初に彼の弟である綾人くんに遭遇して以降はあまり合わせたがらないし、フラグ以前に気まずさというのはあるのか。
「じゃあちょっと待って、襟付き探す」
「ごめん」
「いいよ。気になるなら仕方ないし」
 今の格好もたまたまペアルックっぽくなってて面白かったけど、服を変える自体は別に面倒なことでもない。
 襟付きのシャツを着て、上までボタンを閉めてまたカーディガンを羽織る。これだとかっちりしすぎだからネックレスでもしようかな。
 顔も日焼け止めと眉毛だけ描けばいいと、手短に済ませて家を出る。
 目指すは近所のスーパーだ。


 *


 彼は意外とキスが好きらしい。
 元々今日は家で映画をみて、口元に指をやった私の仕草にキスをしたくなったと暴露していた。
 どこで人に見られているか分からない外では絶対にしようとはしてこないから、TPOとかはものすごく気にしているようだけど。もしかしてこれもBLフラグ管理の一環なのかも。
「その仕草すごい好き」
「…これ?」
 言われて手をみる。また顎と口元に指をおいて考え事をしていた。
 すると彼の人差し指と親指が私の頬を挟み込んだ。驚きで口角に力が入り目も見開いた。すると彼がつくつくと笑いだす。
「ぷにぷに」
「!?」
 彼はどうやらぷっくりと膨らんだものが好きらしい。胸も好きだし。
「プランパーとか好きそう」
「なにそれ」
 手が離れ、頬が自由になる。
「リップの種類。刺激で唇をぷっくりさせるの」
「痛そ」
「ものによってはね」
 帰って試してみようか。と口にしたところでおそらく言葉を間違ったことに気が付く。
「へえ」
 最近勉強のために真山くんに借りたBL漫画の攻めみたいな顔してた。
 荷物は重いけど心の準備のためにゆっくり歩きたくなってきた。

 家に着いてしまった。いや決して嫌なわけではない。私もキスは好きだ。彼上手いし。
 でもたまに立っていられないほどにされてしまうから、私としては兄に皮下出血を知られるよりも、へたれこむ姿を彼に見られる方が恥ずかしい。
「リップ塗った?」
 声色がもうノリノリだなあ。
「塗った。すぐぷっくりしてこないからその間に買ったの片付けるよ」
 以前に買ったけど思ったより刺激が強くて使っていなかったリップを塗ってみる。ピリピリ感がキツすぎたんだよね。
 買い物袋に入っていたものを全て片付け終わる頃には、私の唇は悲鳴をあげていた。痛い、やっぱりかなり痛い。カプなんとかっていう成分…確か唐辛子の辛味成分らしいけど、それがめっちゃ強い。
「プランプアップしてる…?」
「…結構してる」
 かなり真剣に観察してくるな。そんなに凝視しなくても。
「もう拭いていい?」
「あ、待って」
 ティッシュを手に取ろうとすると、その手を掴まれた。
 手元から視線を前に戻すとさっきより彼の顔が近くにあって、認識して間も無くキスが降ってきた。
 唇の腫れた感覚でいつもと触れてる感触が違う。痛みの感覚が快感に塗り替えられるってこういうことを言うらしい。
「かわい、」
「ん…」
 それはどうもありがとうございます。
 中学、高校と、主に同性にかっこいいとばかり言われていたから、可愛いと言われるのは新鮮だ。低い声で言われるだけできゅんきゅんしちゃうもんね。すごいよね。
「…アッ待って…ピリついてきた、痛いいたい痛い」
「あっはは」
 不貞腐れた彼の顔は少し新鮮だ。
 もう少し刺激の弱いリップを買ってみようかな。
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