短編集
「手、繋ぎますか」
答えを求めているような聞き方をするわりに、そいつは僕の返事も聞かず手を握ってきた。男の手は大きくて筋張って、しっとりとしていて生温い。この手はいつも僕より大きい。
「それください」
中央の街に出ている屋台であれこれ欲しいと言っては、金も払わず去って行こうとするミスラの手を引っ張って、止めては僕が代金を払う。ミスラはその度に「律儀なものですね」というがこれぐらい払って欲しい。だるいとか面倒とか、自分が強い魔法使いだからだとかそんなことは商人の知るところではない。
「僕も食べたいから一口ちょうだい」
僕が店主に金を払い、繋いだままの片手を引っ張りながら振り向いたが、すでにミスラの口の中へ半分以上が飲み込まれてしまっている。そして僕の言った言葉も絶対聞こえてるはずなのに、残った一口も何の躊躇いもなく胃袋に収めてしまった。
「ねえ! 食べたいって言ったんだけど」
「知りません、俺のです」
腹が立ったので露骨に溜息をついた。仕方ないからもう一個買うことにする。
「店主、もう一個同じのを」
「まいど!」
受け取って、歩きながら食べ始めた。ミスラはここまで来るのに結構食べ歩いていたので、流石にもう空腹では無くなったのか屋台の前で足を止めることは無くなった。が歩くのが途端にゆっくりになるのでぐいぐいと引っ張る。
ふと、店のショーウィンドーが目に入る。女性ものの洋服が飾られているが、その中でも一着のドレスが僕を引き止めた。ついさっきまで引っ張っていたのに今度は急に止まるからミスラが「ちょっと」と抗議するが無視。
手作業で縫われた花の刺繍やレースの透け感。そして優雅に広がる裾。本物の女性が身につけた姿を何としてでも絵に収めたい。
「買おうかな」
「着るんですか」
「いや僕は着ない」
ミスラはショーウィンドーを見てはいるが、僕が見ているドレスがどれなのか分かっていないようで、ゆっくり目線を左右に動かしている。
若い女性なら誰でも似合うだろうから、どんな髪型にしようか、デコルテが見えるから結い上げるのもいい。でも下ろしてウェーブを掛けるのもの扇情的でありだ。
「ウル」
描きたい絵に付いて妄想を巡らせていたせいで反応が遅れた。僕の手に握られていた屋台で買ったそれがミスラに食べられている。いつの間にか両手を掴まれて僕の手の上から掴んで一口。
「ミスラ」
「何ですか」
呼んでおいて何ですかはないだろ。というかこれは正真正銘僕のだぞ。
睨みつけると、食べ物を持った方の手は離したから、残った分を一気に口に詰め込んだ。もっとゆっくり食べるつもりだったのに、ミスラのせいで台無しだ。
数秒の見つめ合いと沈黙。
「行きますよ」
「ちょ、いたい、というかドレス買いたいんだけど」
「また今度で」
「今度じゃ駄目なのっ」
堰を切ったように沈黙のあと急に喋ったと思えば僕の手を引いて歩き出す。握られた手は痛いぐらいに強く握られてるし、歩く速さもあってその場に止まれず、身体を引き摺られるように歩かされる。
「俺とのデートでしょう?」
「……そうだけどさ」
デートだろうが何だろうが、欲しいものは欲しい。
自分はさっきまで食べることに一心不乱だったくせに。
答えを求めているような聞き方をするわりに、そいつは僕の返事も聞かず手を握ってきた。男の手は大きくて筋張って、しっとりとしていて生温い。この手はいつも僕より大きい。
「それください」
中央の街に出ている屋台であれこれ欲しいと言っては、金も払わず去って行こうとするミスラの手を引っ張って、止めては僕が代金を払う。ミスラはその度に「律儀なものですね」というがこれぐらい払って欲しい。だるいとか面倒とか、自分が強い魔法使いだからだとかそんなことは商人の知るところではない。
「僕も食べたいから一口ちょうだい」
僕が店主に金を払い、繋いだままの片手を引っ張りながら振り向いたが、すでにミスラの口の中へ半分以上が飲み込まれてしまっている。そして僕の言った言葉も絶対聞こえてるはずなのに、残った一口も何の躊躇いもなく胃袋に収めてしまった。
「ねえ! 食べたいって言ったんだけど」
「知りません、俺のです」
腹が立ったので露骨に溜息をついた。仕方ないからもう一個買うことにする。
「店主、もう一個同じのを」
「まいど!」
受け取って、歩きながら食べ始めた。ミスラはここまで来るのに結構食べ歩いていたので、流石にもう空腹では無くなったのか屋台の前で足を止めることは無くなった。が歩くのが途端にゆっくりになるのでぐいぐいと引っ張る。
ふと、店のショーウィンドーが目に入る。女性ものの洋服が飾られているが、その中でも一着のドレスが僕を引き止めた。ついさっきまで引っ張っていたのに今度は急に止まるからミスラが「ちょっと」と抗議するが無視。
手作業で縫われた花の刺繍やレースの透け感。そして優雅に広がる裾。本物の女性が身につけた姿を何としてでも絵に収めたい。
「買おうかな」
「着るんですか」
「いや僕は着ない」
ミスラはショーウィンドーを見てはいるが、僕が見ているドレスがどれなのか分かっていないようで、ゆっくり目線を左右に動かしている。
若い女性なら誰でも似合うだろうから、どんな髪型にしようか、デコルテが見えるから結い上げるのもいい。でも下ろしてウェーブを掛けるのもの扇情的でありだ。
「ウル」
描きたい絵に付いて妄想を巡らせていたせいで反応が遅れた。僕の手に握られていた屋台で買ったそれがミスラに食べられている。いつの間にか両手を掴まれて僕の手の上から掴んで一口。
「ミスラ」
「何ですか」
呼んでおいて何ですかはないだろ。というかこれは正真正銘僕のだぞ。
睨みつけると、食べ物を持った方の手は離したから、残った分を一気に口に詰め込んだ。もっとゆっくり食べるつもりだったのに、ミスラのせいで台無しだ。
数秒の見つめ合いと沈黙。
「行きますよ」
「ちょ、いたい、というかドレス買いたいんだけど」
「また今度で」
「今度じゃ駄目なのっ」
堰を切ったように沈黙のあと急に喋ったと思えば僕の手を引いて歩き出す。握られた手は痛いぐらいに強く握られてるし、歩く速さもあってその場に止まれず、身体を引き摺られるように歩かされる。
「俺とのデートでしょう?」
「……そうだけどさ」
デートだろうが何だろうが、欲しいものは欲しい。
自分はさっきまで食べることに一心不乱だったくせに。