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短編集

 収録を終えて局を出ようと関係者入り口に着いた時、自動開閉のガラスドアの向こうは土砂降りの雨だった。ここで思い出したのが今日の降水確率、確か四十パーセントも無かったということ。荷物が増えるのを嫌った彼は折りたたみの傘すら持っていなかった。
 今日は三回目のコバイキンの顔を変な材質のボールに描くという狂気のような残業をさせられた後で、もう殆どの関係者が帰ってしまっている。回数を重ね、速さを身につけたものの、そのせいで逆に中途半端に遅い時間に帰宅することになってしまった。
 三十路越えのいいおっさんが深夜にずぶ濡れで帰るのは不審者極まりない。
 仕方ない、と溜息を吐いて踵を返すと女性をすれ違った。夏ということもありラフな格好だが、おそらく後輩二人と同じぐらいの年に見えるぐらい、不思議と落ち着いて見える。
 耳にはシルバーのピアスと青のワイヤレスイヤフォンが見え、アッシュグレーの髪の内側にイヤフォンと同じ青が隠れている。インナーカラーとかいうやつか。
 女性はスマホの画面から目を離さずにいたが、不意に「あ、」と声を上げた。外で雨が降っていることに今、気が付いたらしい。彼女も傘を持っていないのか、と思いつつも控え室に戻るためにエレベーターに向かう。
「あの、もしかして傘持ってないんですか」
「えっ」
 すれ違った女性から声をかけられた。
俺が、何故か視線を離せずガン見していたとはいえ、まさか話掛けられるとは思わなかった。
 スマホの画面を見ていた時の無表情とは違い、笑っているわけでもないのに無表情とは感じない自然な顔を向けてくる。
「私、迎えが来てるんで、よかったら使ってください」
 彼女が手に持っているのは青色の折りたたみ傘。青が好きなのか。
「いいんですか」
「ええ、本当に」
 雨に濡れたガラスドアの向こう側に濃紺色の車が見える。遠慮して拒む俺に半ば無理やり傘を押し付けると、彼女は小走りで車に乗り込んで行った。
 名前も知らない女性。局に居たってことはここに勤めている人には違いないが、今まで見かけたことがない。
 一先ず借りてしまった傘を指して、大粒の雨が降る帰路に着く。
 脳裏に浮かぶのは借りた傘と同じ青色。イヤフォンの青。髪の青。一切濁らない清々しい青色。
「彼氏か、あれ……」
 自分でも予想だにしなかった言葉と不意に湧き上がった感情は雨音によって隠された。
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