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短編集

「日常になりました」
「何が?」
 数ヶ月ぶりの社宅での食事、出前で頼んだ夕飯。小さなちゃぶ台を二人向かい合って食事をしていた。一人は饂飩、もう一人は蕎麦を啜る。
 最初に口を発したのは女性の方。彼女は古ぼけたちゃぶ台の前に礼儀正しく正座し、薄汚いこの部屋に不釣り合いなほどに美しく、それでいて可憐でありながら、この狭い空間を我が物顔でいる。
「この部屋で出前を取ること、外に出て外食すること」
「自分で作らないっていう点では変わらないと思うなあ」
「全然違います。今までは受動的で、食事が運ばれてくるのは当然のことでした」
 何となく、最初の一斉目から彼女の言いたいことがわかっている男は、話を聞くふりをして饂飩を啜るのをやめない。聞いてみたのは会話を始めるために。あえて違う答えを提示したのは会話のキャッチボールの一環として。
「太宰さんが会話を聞いているフリをして聞き流してるのも、なんかそういう物だと思ってきています」
「……それで?」
「管理されない生活、能動的に何かを求める生活、これが私の求めていたものなのだと実感しながら、貴方と一緒にいることに幸福を感じていることに、気持ち悪さを覚えています」
 今度は彼が食事の手をとめ、女性は蕎麦を食べる手を動かし始める。
「欲しいものを与えるだけの男に騙されちゃダメだよ、紫織ちゃん」
「忠告、遅いですよ。手遅れなので」
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