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短編集

 二度目の水族館に来た。
 人生で、と言うわけではなく、真澄と来るのが二回目という意味で。
 前に来たときは色んなことがあって正直お互いにちゃんと見れてないところもあったが、今回は真澄もリラックスして見れているようだ。
「やっぱり魚群ってすごい」
 一塊になって同じ速さで泳ぐ姿に釘付けで、一番大きな水槽に来てからずっと中を覗き続けている。
 船に乗って漁に出たことは流石にないが、漁師の爺ちゃんは何度もこんな風に泳いでいた魚を揚げてきたのだろう。
 水族館は正直飽きるぐらい来た。それこそ、真澄とは二回目だが、今までの彼女と来たことは何度もある。趣味が釣りだからと相手から連想されやすいのか誘われることが多かった。
 けど、魚群に目を奪われて、一心不乱に目で追うほどに興味津々なのは真澄が初めてだ。
「あ、ごめん、他の場所も行くよね」
「帰る時間なんて決めてないし、見てていいぞ」
「お昼は…」
「真澄が良ければ館内で食える」
 他意なく、いつものように答えると、はにかみながら「お言葉に甘えて」と言って、また目線を魚群に移す。
 濃い青と僅かに照らす光、そしてその光を反射する鱗の白っぽい輝きが好きと力説されたが、正直何が真澄をここまで惹きつけるのかよく分からない。分からないが楽しそうならそれでいい。
 海に幻想的な何を感じたことがない。それはきっと感性が豊かでないから。同じものを見ていても感じ取り方は違う。それを真澄と付き合い始めてから如実に感じるようになった。別に悪いことではない、寧ろ一緒にいて楽しいと思える要因の一つであり、感性の豊かさは真澄の長所だ。
「本当に綺麗……」
 しみじみと呟く真澄の目を見る。鱗の輝きを映すその瞳。
「ああ、綺麗だな」
 魚に釘付けな真澄が、と付け加えたら流石にクサイだろうか。



「可愛くない?」
「かわ…いくない」
 帰りに寄った土産屋で、真澄が手に取ったクラゲのぬいぐるみが絶妙に可愛くない。正直これを寝室に飾られるぐらいならウサオぬいぐるみをクマオの隣に並べられた方がマシ。それぐらい可愛くない。
 何にでも「可愛い」を連呼する女性はいるが、これはガチだから余計にタチが悪い。なんなんだクラゲの癖にちょっとムカつく顔。ドヤ顔らしいが。こんなのとベッドの上で目が合うとか正気だと無理。
「めっちゃ嫌そうな顔するじゃん、んーまあ? 確かにこれ以上ベッド周りを混沌とさせるわけにも行かないかな」
 ぬいぐるみを元の場所に置いて、また店内を歩き始める。次に手に取ったのはさっきのぬいぐるみと同じクラゲが印刷されたマグカップ。
「……んっ…ふふっ。そんな顔しないで、ちょっと反応見ただけ」
 カップを手に取りつつ、横目に俺を見たと思えば、不意に耐えきれなくなったように込み上げる笑みを噛み殺している。ちょっと揶揄っただけだよと笑うのでついため息が出た。揶揄われたことへの安堵大半、多分俺も釣られて笑ってると思う。
 昔、考えてることが判らないと言われたことがある。自分でも表情が豊かな方ではないと自覚しているからショックも受けなかったし、それが理由で別れを切り出されても、仕方ないと思えた。
「これはどうよ?」
 また次に真澄は別の柄モノを手に取った。茶碗に印刷されたデフォルメされた魚の目は死んでいて、裏道さんの描くコバイキンに何処となく似ている。
「だからなんでそんな嫌そうなのー」
「態とだろ」
「あははっ」
 表情の分かりやすい真澄は、相手の表情を読み取るのも上手いのだろうと思っていたが、実際はよく分からない。
 多分、真澄と付き合うようになって、俺も釣られて笑うようになったんだろう。そう、思うようにしている。
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