誰の為の庭園か
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「起きてください。」
「…………んぅ」
ぐっすり眠っていると、ぼんやりと誰かの声が聞こえてきたようで、庭師は寝ぼけ眼をピクピク動かす。
「てきしゅう!、?!?」
はっと飛び起きて鍬をひっ掴む。
「違います。」
目の前に佇む人物に、鍬の持ち手の方を向けながら頭を覚醒させていく。
「さ、武市、様!!」
目の前の人物が参謀様だと知って、慌てて向けていた鍬を下ろした。
「電気が点けっぱなしで、眠るとは感心致しませんが。」
「も、申し訳ありません……」
どうやら、漏れている光を気にして様子を見に来たそうだ。
犯人共を追っ払えればと思ったが、とんだ大物を呼び寄せてしまったようだ。しかし、これは好都合ではないか。事情を参謀様に説明すれば何とかしてもらえるのでは。
そんな期待を抱いたが参謀様の大きな目で射貫かれると口が萎縮して物が言えない。せっかくのチャンスだというのに己のコミュニケーション能力の無さに悲しくなった。
「ここは、また子さんの庭園。貴方はここの管理を任されている人ですか。」
「は、はい。」
「何故こんな所で眠っていたので?」
「じ、実はこの庭園に、ど、どうやら最近侵入者が入り込んでいるようで、それで……」
「なんと、侵入者、ですか。」
「は、はい。」
思わず正座で参謀様を伺えば、先程から変わらぬ表情でじぃっと部屋を見回している。
「それはそれは、この庭園を荒らすなんて放ってはおけませんね。詳しく話を聞きましょう。」
そう言ってくれた参謀様。
庭師は鬼に金棒を得た気持ちになった。
*
「ふむ、鍵ですか。実のところ最近そのマスターキーが無断で持ち出されているようで、調べている所だったのですが、そうですか。この為だったのですね。」
土の汚れが染み込んだ作業台を申し訳程度に布巾で拭いて、お茶を、と言いたいところだがそんなものは無いので水道水を出してみる。
ついでに置きっぱなしだったメモ用紙も棚の上にあげておく。
「あぁ、どうも。」
すると気にする様子も無く参謀様は口をつける。
「また子さんにはこちらから連絡しておきます。といっても、彼女には任務を優先してもらうので予定は変わりませんが。」
「はい。」
「恐らく簡単に犯人は見つかるでしょう。防犯カメラや各々の行動などを調べれば造作も無いことです。」
「は、はぁ」
「最もこればっかりに構ってられませんし、時間はそれなりにかかるでしょうがね。」
庭師は案外直ぐに済みそうで、ほんの少しばかり拍子抜けの気持ちだ。死を覚悟したのがバカらしかった。
「しかし、犯人を突きとめるまでの数日間。さて、一体どうしましょうか。」
犯人探しはまた子様、帰還と同時期に終わるらしい。それにはまだ数日の猶予がある。犯人達が明日、やってくる可能性は否定できない。
「武市様から、こう、言い聞かせれば良いのでは……」
「手っ取り早く警告を、と言うわけですか?数千にも及ぶ全隊員を一挙に集めて……それはいささか名案とは言い難い。」
顎に手をやりそう言った参謀様に、自分の浅知恵を恥じるように庭師は肩を小さくした。
策略で参謀様の右に出る者はいない。素人は口出しせず、任せた方が良いのでは。そんな事を思いながら、大きな黒目をガッチリと開けて物思いに更けておられる参謀様を待つ。
「しかし、よくまぁこんなに薔薇を集めたものです」
花瓶に挿された大量の薔薇を眺めて、感慨深くそう言った。
「健気ですねぇ、彼女は……。」
暫く薔薇を眺めていた参謀様だが、ふと思い立ったように湯飲みを、音を立てて置いた。
「分かりました、助っ人を呼びましょう。」
「へ?」
*
「相わかった、要するにまた子が戻ってくるまでの数日間、ここで拙者が護衛をすれば良いのだな。」
「いやいやいやいや!!!」
次の日、朝早くから庭園を訪ねる客が二人来たかと思えば、あの人斬り万斉が庭園護衛をするとか言う話になっている。
「いやいや!過剰戦力ですって!」
「どうせ、この人は表家業の仕事で数日間引きこもっているのです。ならば引きこもりついでに用心棒こなしてもらいましょう。」
「いやいや!!だって人斬り万斉ですよ!千人斬りですよ!庭園の護衛って、そんな……」
「心配召されるな、拙者はここで作業をしている故にお主の邪魔はせん。」
「いや、でも」
「それに拙者とて、また子の庭園が荒らされるのは良い気分ではござらん。」
そこまで言われてしまえば、これ以上食い下がることはできない。
「じゃ、じゃあ、よ、よろしくお願いいたします。」
「そんなに緊張せんでも良い。」
(無理です!人斬りだもん!千人斬りだもん!一騎当千だもん!ジャンプの主人公だもん!)
「犯人についてはもう目星はつけましたので。後は裏を取るだけです。」
「はや、」
仕事の早すぎる参謀様に声が出た。
「また子さんの庭園を、よろしくお願いいたします。」
そう言って出ていった参謀様を見送れば、背後には主人公様。土まみれの作業台にパソコンを置き、型の悪い椅子に腰を下ろし、何とも無しに作業を始めた。カチカチと小さなキーボード音が聞こえてくる。
(えぇ……)
万斉様と二人っきり、また子様の時とは違うドキドキで心臓がうるさい。
(と、とりあえずいつものように……)
靴を履き替えてスコップ片手に土に踏み入る。雑草を見つけては引っこ抜く。いつもと変わらぬ作業だが、変に緊張している。大丈夫だと分かってはいるのだが、背後で作業している万斉様が気になってしょうがない。次の瞬間には凶刃に貫かれているのでは、なんて得意の被害妄想、発揮だ。
「落ち着かぬか?」
「はひぃ!?」
背後から投げられた声に、情けない声が応えた。
「心配せずとも拙者はどこかの快楽殺人鬼ではない。主を斬る気は毛頭ない。」
(それは分かってますけど……!!)
「拙者は居らぬものと思ってもらって構わん。」
チラリと万斉様をみれば、組まれた長い足に俯きがちの顔。サングラスをかけていても隠しきれないイケメンオーラ。バックの薔薇がその優雅さを引き立てていて。腰を掛けているボロ椅子でさえ、何だか味があるように思えてくる。
(出来るわけがない!そんなキラキラオーラ出しといて気にせずになんていらっれかっ!!)
気にしないように努めよう。あれは大きなじゃが芋だ。なんの変哲もない、ただのじゃが芋。ちょっと大きくて、オーラが出てて、顔が整っていて、スタイルが良くて、イケメンなじゃが芋だ。
(んなじゃが芋があってたまるかぁああ!!!)
スコップをざくざくと衝動に任せて土に叩きつける。
(っていうかじゃが芋に顔面偏差値負ける事になるぞ!俺の価値がじゃが芋以下になるぞ!っていうか万斉様じゃが芋にかかればこの世の男はほとんどじゃが芋以下だ!ってか万斉様じゃが芋ってなんだよぉおおぉお!!!)
「しかし、誠に見事な薔薇だ。」
狂乱する心は万斉様の一言で収まる。
万斉様を見れば立ち上がって茨の中に咲く薔薇を一輪、覗いていた。
「あちらの大量の薔薇も、ここまで集めるのにどれほど労力を得るか……主はすごいな。」
「はへ?」
(褒められたのか?万斉様が自分を?夢じゃないか?)
間抜けな面を晒していると、万斉様は花瓶の下へと歩む。
「しかし、薔薇の庭園か……主の部屋には似合わぬな……。」
大輪を広げる花々を見つめて遠くを思い出すように呟いた。
(「似合わない」とはどういう意味だろうか、また子様にはぴったりだと思うけど。)
「鬼兵隊の中じゃ、一番また子様が似合うと思いますけど……」
気づけばそう言っていた。
「む?主は何も聞いてはおらぬのか?」
「はぁ……」
何も、とは一体何の事か。首を捻るしかない。
「そうか……」
そう言って、薔薇にかけていた手を引き、椅子にと戻った。
主、とは誰か。全くわからない。気にならない訳じゃなかったが、万斉様に自分から口をきく事は出来ない。ただ作業の手を止めないように努めた。