誰の為の庭園か
こちらから名前を入力下さい
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「本日、また子さんが帰還されるという報告が入りました。」
「え、はや」
「ふむ、やはりか。」
「え?」
同日、夕方辺りに参謀様が庭園を訪れた。また子様が予定よりも数日、早く帰ってくるようだ。
「報告をしておきましたので、早めに帰ってくるとは思っておりましたが……」
「ふふふ、大事な庭園が荒らされては困るものなぁ」
万斉様はモノあり気に笑んだ。
「まぁ、大事な大事な庭園ですものねぇ……」
そう言ってこちらも同意してみれば、参謀様からの視線が刺さった。
何か不味いことでも言ったか。また子様が大事に手入れしている庭園と、単純な意味で言ったつもりであった。皮肉として捉えられてしまったか。
またもや己の発言に後悔しながら、冷や汗の思いで参謀様の言葉を待った。
「話したのですか?万斉さん。」
「んー」
咎めるような視線は、万斉様に移された。
「貴方という人は……何徹目ですか?」
万斉様は手のひらを大きく広げて参謀様に差し出した。
「五徹目ですか……全く、寝不足になると口が軽くなるのですから。」
「ははは」
そう笑う万斉様の目には、サングラスで隠れているが濃い隈が刻まれているのだろうか。そういえば、一度も万斉様が寝ている様子を見ていない気がした。
「どこまで聞きました?」
「え、どこまでって……この部屋の前の持ち主がもう亡くなっていること……」
「それしか話しておらぬ。」
「まったく……」
不満げに声を漏らす参謀様。何だか庭師の知らない何かがあるようだが、よく分からなかった。
「あ、それと犯人を捕らえておいたので、」
「え!?」
犯人確保の朗報に思わず声があがる。
(いや、普通報告の順番逆じゃないですか!?)
自分の中では一番に懸念していた、庭園荒らしの犯人。何でもないような顔をして報告されたので、肝が抜かれた思いだ。
「案内しますよ、どうぞ。」
*
何故かは知らぬが万斉様も素知らぬ顔で着いてきている。
(文句なんて全然ないですけどね。)
参謀様の大きな背中についていくが、船内の照明は薄暗く、足下が淡く照らされる程度だ。何でかは分からないが、手の内がじっとりと湿る。緊張しているのだろうか。
「着きましたよ。」
参謀様が扉を開けると、
「武市さん、こんなところに呼び出して何の用?」
中から男の声が聞こえてきた。お二人の後に続いて部屋に入ると、中の彼と目があった。その長い金髪には見覚えがあった。
男は庭師の姿を見て一瞬ぎょっとしたような表情を見せたが、直ぐに取り繕う。庭師でも分かったほどだ。無論、参謀様や万斉様が見逃すはずは無かったが。
「何の用、ですか。それは貴方の胸に聞いてみてはいかがでしょうか。」
「んー、何のことだろうね。」
「おや、主は案外鈍かったか。」
「俺の聡明さは知ってるだろぉ?万斉さん。」
参謀様や万斉様に睨まれても顔色一つ変えない。名で呼んでいることや余裕を見せる態度から、中々の地位の人物ではないかと考えた。
男が二人に対して毒気の無い対応をしている最中、ジロリと瞬く間に睨み付けられた気がして、ぶるりと背筋に悪寒が走る。万斉様の沈黙には劣るが、恐怖心が湧いてきた。
「あなたが数日前からマスターキーを持ち出していることが判明しております。」
「ははは、証拠は有るんですか?」
「防犯カメラの映像、マスターキーに付着した指紋を調べたりすれば出てくるかもしれませんね。」
参謀様が出てきている時点でもう全ての証拠が揃っており、逃げることは叶わない。
「ははは、それで?」
「最近また子さんの庭園に何者かが侵入しているようでして、その犯人探しているところなのです。」
「それが俺じゃないのかって?」
「えぇ。」
ふっと鼻で嗤った。
「仮にそうだとして、一体何をするつもりなんだい?」
「そうですね、妥当な所で警告といったところです。」
実質的な罰を下すわけではない。それはそうだろう。ただマスターキーを持ち出して庭園をちょこっと荒らしたくらいだ。これが世ではどんな罪にあたってどんな罰が科されるのかは知らないが、ここは鬼兵隊。どのように裁くかは参謀様次第。
「ははは、それで?俺を呼び出したってわけか。」
「えぇ、認めてくれますか。」
「あぁ、いいだろう認めてやるよ。俺だよ。庭園の花瓶に薬いれたりしたのは。」
両手をあげて降参のポーズをしながら肩を竦める。その様子には反省の色なんて見られない。そんな姿に、枯らされた薔薇の世話をしてきた身としては思うことが無いわけではない。ただ、こちらを見るときの猛禽類のような鋭い瞳孔に捕らわれるとぶるりと悪寒が走るので、未だにお二人の後ろに下がったままだ。
万斉様がヘラヘラとする男の一歩前に詰め寄った。
「何故そんなことを?」
庭師は、自分が臆病なせいか分からないが、その声に怒りの色を感じ取った。
殺気とでも言うのだろうか庭師自身に向けられているわけではないというのに怖かった。
「へ……?いやぁ、だってねぇ、あいつがねぇ。」
男もそれを感じ取ったのか、万斉様の視線から逃れようと顔を反らした。話す威勢が萎んだ。男の顔色が心なしか蒼く見える。
万斉様は男にずんっとまた一歩距離を詰めた
「あの庭園がまた子にとって何の意味があるものか、主も知っておろう。」
「まぁ、それは……っていうかだからこそっていうか」
気圧されるように男は一歩後ずさった。貼り付けたような笑みが引き攣っている。
万斉様は追い詰めるように男に詰め寄る。男の背中が壁についた。鼻が触れそうな程の近距離。
万斉様のサングラスの奥の瞳が男を射貫く。ぞわりと首筋が騒いだ。
「二度と庭園に足を踏み入れるな」
凄んだ声で言われれば、本気の怒りに触れた感覚だ。聞いているだけでたらりと頬に冷や汗が伝った。
「お、おい。何をそんなに怒ってるんだよ。」
万斉様の眼が本気で、焦燥の汗が止まらない。男も、庭師も。
(俺、来た意味あったのかな。)
万斉様達で話が進んでいく。壁に背をつけ隅の方にいる自分は居る意味があるのだろうか。この部屋に来てから一言も発していない。置物と化している自分。
どうせ、この男が認めたとして参謀様の警告辺りで済むだろうし。もうこの男は庭園にやってこない。庭園が荒らされる事もない。それで十分だろう。
そう思っていると、
「うぉっ!?」
隣の扉が勢いよく開けられた。反対側に居たら扉に潰されていただろう。勢いから見て鼻血は確実だろう。
豪快に入ってきた人物は、
「おや、お帰りですかまた子さん。」
数日ぶりの上司の姿。
息を切らした様子から大急ぎで帰ってきたようだ。肩が上下するのと同じように肩にかかる金髪が揺れる。
「あぁ!!丁度いいとこに!」
万斉様に睨まれてすっかり萎縮していた男が、万斉様の脇をすり抜けまた子様に寄って行った。
「何かこいつらマジになって怒ってるんだよ、キティからも何か言ってくれよ。」
やけに気安い口調でまた子様に話しかける。
「あんたが私の庭園に手ぇ出したってほんとうっすか……?」
「え?まぁ……悪かったよ。でもなぁ、ほんのちょこっと悪戯しただけで、コイツらすげぇ怒っててよ」
「あんたで間違いないんすね……?」
久しぶりに聞いたまた子様の声は、とても単調で冷たいものに聞こえた。
「だから、そう言ってるだろ。フロイラインまで怒っ--」
気障な男の声の続きは耳を劈く破裂音にかき消された。
その音の大きさに肩をびくりと震わせていると、どさりと男が尻餅をついた。
「___っがああああああああ!!!」
地に背を着けて片足の膝を折って両手で抑えて蹲っている。
「え?」
訳も解らずに目の前で叫ぶ男をただ見ていた。
膝頭に黒い穴が開いている。そこを中心に赤がズボンに広がっていく。
「……っ……っは……」
男は口を大きく開けて掠れた声を漏らす。大きく見開かれた目ン玉は見ていて痛々しい程であった。
がちゃり、と撃鉄を起こす音が聞こえる。また子様をみれば片手に銃。いつ撃ったのか銃口から煙があがっている。
(え、撃った……?)
そのまま銃を向けたまま男に近寄っていく。
「っぁあ!?うぁあ!」
男は無様に後退していく。ぼろぼろと涙が流れている。自慢の長いブロンドが涙や唾液に絡まって顔に張り付いている。
「お、おい!な、何、きゅ、急に撃ってきてっ!!」
壁に追い詰められて、腕を伸ばして嫌々と振る。
「言い訳くらい聞いてやるっすよ。」
「は!?はぁ!?」
ドンッとまた子様のヒールが、男の顔のすぐ横に刺さる。
「ひっ」
「ほら、」
男は引き攣った声を溢しながら、すっかり冷えたまた子様の眼に釘付けになる。
「っあ……ぁ……」
恐ろしさのあまりか声も出ないようだ。
また子様は一つ舌打ちを吐き捨てて腰を折る。金属音を響かせて男の額に銃口をあてた。先程の発砲で熱を帯びた口の温度が火傷しそうな位に熱い。
「言い訳くらい聞くって言ってるんすよ、別に言うこと無いならそれでも良いっすけど。なんで私の庭園に手ぇだしたんすか。」
男は血走った目を銃口とまた子様の間を行ったり来たりとギョロギョロと動かす。
「お、お前がいつまでもあの野郎のこと想ってるからだろっ!!」
「はぁ?」
その必死さに塗れた声は先ほどまでの気取った声音からは想像のつかないだみ声だった。
「あんな庭園まで作りやがって、あんな野郎の事なんていい加減忘れて俺と新しい毎日を築こう!!」
「何言ってんすか?」
汚ならしく唾を飛ばして、男は自分の罪を己の唇で紡いでいく。
「俺は、顔も良いし力もある!俺の強さと聡明さはまた子だって知っているだろう?あんな野郎よりもよっぽど俺の方がまた子に相応しい!」
力のない眉尻の下がった情けない笑顔は恐怖に染まっている。
「何キモいこと言ってるんすか?てか何で名前呼びっすか?許可した覚えないっす。」
「また子!俺は本気だ!お前を置いて死んでったあんな犬死にやろうのこと--」
犬死に、そう男が口走った瞬間だった。ぞわっと四方からの悪寒に襲われる。あまりの恐怖に腰が抜けて尻餅をつく。
そして、耳を塞ぎたくなるような轟音が瞬間的に聞こえた。大きな破裂音が鼓膜を突き破る。
衝撃に目を瞑って耐えれば、轟音は糸を引いて遠ざかる。
恐る恐ると顔をあげてみれば、一番最初に目に入ったのは男だった。額に穴の開いている。
緩く口角を上げたまま事切れて、斜め下を向いて項垂れる。男の後ろの壁には気色の悪い赤い色がぶち撒けられていて、白くて細かい何かや、男の自慢のブロンドが血に絡み付きながらゆっくりと重力に従ってずり落ちる。
イケメンだと自称していたその顔は、頭部を失くしていて人間としての面影すら危うい。
涼しげな瞳は血走った必死の形相で瞼から少し飛び出ている。目ン玉という球体がよく感じられる様子だ。
額には穴が開いていて、そこを中心に焼け爛れて、融解しているのか糸を引いている。穴から後れ馳せながら一筋の線が鼻筋を通って白いズボンに赤いシミを作った。頭部は髪がないどころか皮膚も骨も吹き飛ばされて、灯を受けてテラテラ光る薄い灰色の物体が剥かれて見える。唇の間から覗いた白い歯はきっと死んだと気づいていない。
ふぅっと小さな息がまた子様から漏れた。庭師は首を横にやる気力もなく、男だった物に釘付けだった。
「すんません、武市先輩。一人、死んだっす。」
「えぇ、構いませんよ。貴方が殺していなければ私が殺しました。」
二人の声は庭師が不自然に感じるほどにいつも通りの声音だった。
先ほどの冷たい表情も重苦しい声もなりを潜めたというのに、先ほど以上の圧迫感がまだこの部屋には残っていて、それが庭師を怯えさせていた。
呼吸は浅くって肺にまで届かない。ヌタリと匂ってきた鉄の香りに、主人公に成る筈だった彼の最期を思い出した。
「ふむ、主が殺したせいで斬れなかったでござるな。」
そう言った万斉様が背から手を降ろせば幾分か妙な圧迫は薄まった。
それでも庭師の体を縛り付けるには十分で、まだ荒い呼吸に胸は騒がしい。抜けた腰のまま壁に背を預けて、向かいの壁にぶちまけられた赤が、重力に従って広がっていく様子を見ていた。
「さて、これの後始末を手配しておきます。それとまた子さん、先の任務の報告お願いしますね。」
「うっす。」
「これで庭園荒らしの犯人も終わったことだし、拙者はお役御免でござるな。」
「えぇ、さっさと表稼業終わらせてください。」
「うむ。」
バックでこんな会話がされているのを聞いて、だんだんと息苦しさがなくなっていった。
呼吸も少し落ち着いて、立ち上がれるようになった。
「では、そろそろ夕餉の用意をしなくては。」
「拙者も腹が減ったなぁ。」
「自分も任務帰りでお腹ペコペコっす。」
三人ともそんな会話をしながら扉を出て行った。
庭師も後に続こうと戸から出た。
その時に一瞬後ろを振り返った。変わるはずもなく死体が俯いていた。
(これが、日常……)
こんな惨状の後にご飯の話をする三人に畏怖しながらも、これが現実で当たり前だと言い聞かせた。
先を行くまた子様が振り向いて声をかけた。
「どうしたんすか……?いくっすよ。」
「はは……」
庭師は乾いた苦笑しか返すことができなかった。
16/20ページ