【腐向け】河上万斉×岡田似蔵【短編】
こちらから名前を入力下さい
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
冷たい風が肌身を撫でる。2月と言えどもやはり冬。春の足音などいくら耳を澄ましたとて聞こえてきやしない。
踏みしめる大地は足裏に冷え固まった感触を伝える。
この前来たときは落ち葉が敷き詰められ、歩く度にザクザクと小気味良い音がしたものだ。
あの感覚は人にある種の快感を与える。それが何を満たした事に対する快感なのかはよくわからない。だが、無性に落ち葉を踏み歩きたくなるのは事実だ。
あんなに一面に広がっていた枯れ葉達は、すっかりと姿を消した。
たった一つの仕事に勤めていただけだと言うのに、地球の季節は何とも移ろいが早いものだと取り留めもなく思った。
裸に剥かれた木々の合間を風が閑散と吹き抜けていく。
少し見上げれば、等間隔に伸びる焦げ茶に分厚い雲に覆われた灰。視線をおろせば色の薄い地面。どこを見ても味気の無い光景に、ふっと緑が恋しくなった。
ここに緑があれば、彼が己の隣にあれば。も少しだけ、鮮やかに彩られているだろうに。
そうは思ったが、そんな光景。いくら想像力を搾っても見えてはこない。記憶の中で彼の姿も褪せてきて、彼が己の隣に居たことなどあったかどうか、覚えていない。
向かい合うことはあっても、剣を交合わせたことはあっても、彼と肩を並べたことはあっただろうか。
立ち並ぶ木々から己の名前が呼ばれた気がする。
だが、その声は一体誰か分からない。
名を呼ばれた気がしただけで声が聞こえた訳じゃない。
いや、覚えていないだけかもしれない。
人間、一番最初に記憶から薄らぐのは声だと聞く。
すっかり彼が己の中で風化してしまっているのか。
心が少しだけ焦った。
山を登り始めて小一時間。
急勾配に、整備された訳でもない獣道のような荒れた道筋。 茶に萎びた草を手折り、かき分けて道なき道を進んでいく。
くしゃりと枯れ葉を踏んだ。すっかり姿を見せていなかった枯れ葉を見留めて足を止めた。特に何か変わった様子も無い。ごく普通の枯れ葉。
ただ何となく、もう一度、くしゃりと踏み潰した。
一回目に踏んだ時の方が良い音が出ていた。足をあげると、枯れ葉は細かく砕けていた。見届けたからといって何か、感じるわけでもない。
ただその音に幼心を感じたというか、どこか懐かしい気持ちになったというか。特に子供は落ち葉を踏み鳴らすのが好きだろう。
笑顔で子供らは枯れ葉を踏んでいく。子供らにとって心地の良い音を立てて枯れ葉は砕ける。
『残酷ってやつじゃないのかい。』
意味のある音が響いた。
砕けた枯れ葉の欠片に既視感を覚えた。
「人間は紅葉を見て、綺麗だっていうだろう?」
顔をあげると空一面赤かった。キラキラと木漏れ日が風で煌めく。空ばかりじゃない、地面も赤が敷き詰められていた。
その中に一つだけ、目を惹く緑。
「葉が紅くなっているのは死の証さね。」
ざわざわと空の赤が風に揺らめいだ。
背を向けている彼は誰に話しかけているのかわからない。
「木を生かすため、光合成して働いて、栄養を提供してやって尽くしたってのに。
冬になれば葉っぱ達は、簡単には切り離されるだろう?利用するだけされて、安易に捨てられる。」
背を見せる彼の表情はわからない。
もう声を忘れてしまった。ぼんやりと意味だけが頭に伝わる。
葉っぱを相手に憐れんでいるのか。それとも誰かと重ねているのか。
仮にこれが人の身に置き換れば確かに酷い話だろう。
一面の赤は怒りを表しているのかもしれない。風に吹かれてたてるざわめきは呪詛の音か。
利用するだけして、後はぽいっと捨ててしまう。
「随分と自分勝手な話でござるな。」
誰かが口を開いた。多分拙者だ。
心からそう思った。報われないというのはどれほど虚しいことか。
彼が振り向く。顔が見えない。眩しい夕陽に目を細める。赤が彼の顔を隠した。
己は彼の顔も忘れてしまったのか。
「ふふふ、」
彼が口を手元にやり可笑しそうに笑った。
「何がおかしいか。」
意思も無い葉に対して同情の意を示したからか。
「あんたがそんなこと言うなんて、意外だよ。」
意外、とは一体どういう意味だろうか。
「てっきり、あんたも俺と同じ考えかと思ってね。」
主と同じ考えなど御免被る。
そんな言葉が聞こえたが、彼が特に言い返して来なかったのが不思議で。もしかしたら声には出して居なかったのかもしれない。
この時、己が何を思い、何を言葉にしたのか、記憶が曖昧でハッキリしない。
だからここも、なにもかもが曖昧でハッキリしないのだ。
「葉にとっちゃ、それが本望なのさ。
彼らにとっては木は云わば主人。主人の為に作られ、主人の為に死んでいく。それは、言ってみれば自然な事だろう?」
縁を淡い赤に彩った白い光の中。そう言った主が酷く綺麗に笑んだ気がした。
「だから、せめて最期くらいは美しく着飾って死ぬのかもね。残った僅かな命を美しく燃焼して逝くんだよ。」
あの赤は命を燃やした彩。だからあんなにも心を打たれるのだというのか。
「最期くらいは目に留まりたい。」
その声は切実に訴えているようで、その時はどんな想いでそんなことを言っているのか分からず、妙な奴と思っていたが。今、改めて思い出すとこれは彼自身の願いであるように思えた。
紅葉の事になると彼は饒舌になった。まるでこの生き生きとした赤が見えているかのように。
閉じられた目にその景色が映ることなどないというのに。
「いいや、見えるのさ。」
何が見えるというのか。
主は盲目。感じることができるのは光だけだろうて。
「ふふふ、だからさね。」
……。
「人間が死に際に淡く美しい魂を浮かべるように、紅葉の最期の焔が鮮明に激しく輝いて、俺の瞼に焼き付くのさ。」
そう言って確かに紅葉達を見上げて笑っている。
彼にしか見えぬ景色なのだろう。彼の中では紅葉達がその命を見せつけるように、己は此処に居たと知っていて欲しいとでも言うように鮮やかに勇み立っているのだろう。それはきっと命の輝き。何を置いても敵わぬほど美しいものだろう。
少しばかり彼の見る景色を覗いてみたくなった。
「綺麗だね。」
最後にそう聞こえてバッサリ。紅は一斉に捨てられた。
踝まで紅葉達の死骸で埋まる。
紅、唐紅、深緋、茜 、猩々緋、橙、赤丹、
目を見張る鮮麗な美々しさ。
その一方で、彼らは主人に捨てられた、哀れな死骸。
これを見て美しいと人は言う。
握って踏んで潰してみれば、死に絶えた細胞は嗄れた悲鳴をあげて、剥がれて砕けて散っていく。
その声を聞いて心地が良いと人は言う。
「残酷ってやつじゃないのかい。」
ザワザワ、ガサガサと風に吹かれて死骸が擦れ合う音が鼓膜を打つ。吹かれて舞う勢いの強さに一歩後ずさった。音を立てて紅葉が踏まれた。足裏から紅葉達の悲鳴が聴こえる。
足元の赤がやけにヌメヌメと照っている。それはまるで血のようで、ドロリと脚にに絡み付く。
その場から動けずに視界がバラバラと赤で遮られる。
突風一陣。
木々は先ほどと同じように葉達を捨てて裸になっていた。
彼などとうの昔に居ない。
綺麗だ、とあの時返すはずだった返事はまだ口内でじっとしている。
「紅葉に限らず、秋になれば葉は落とされる。主から捨てられ、死に向かう。
言うなれば、落ち葉は葉っぱの死骸さね。」
一年に一度、日本は死骸があちこちに横たえる。
「それを子供達は踏んでいく。」
あの時に発せられる音が気持ちが良いと子供達は喜び笑顔を浮かべる。
くしゃり、くしゃり
「俺にはあれが落ち葉の断末魔に聞こえるんだ。」
考えたことなどなかった。
鳥や獣といった人間にある程度近しい生物ならまだしも。
葉や植物などに命を見いだすことなどしない。
葉っぱに断末魔など、主は案外ロマンチストなのだと思った。
そして、他の命に対する労りの心が主にもあるのだと、始めて知った。
主がまだ己の側に居た時の記憶だ。
何故今、あの景色を思い出したのか。
あの時見た紅葉などはすっかり鳴りを潜める冬の季節。
今、登っている山はあの時二人で訪れた山とも違う。
次々と主を忘れていく
声を顔をと記憶から薄らぐ中、逆らうようにボツンと思い出された。
懐かしくて愛おしい。主と過ごした日の記憶。
忘れぬうちに何かに書き記したい。もうこれ以上、主を忘れたくはない。
声に顔までも。己の中で次々と主が薄れていくことをどうやっても止められはしない。時というのを恨んだ。己の脆い記憶を恨んだ。居なくなった主を恨んだ。主と共に在れない己を恨んだ。
後悔しているのだ。
主というのはこんなにも己の中で大きな存在であったとうことに気づけなかった。
主の居ぬこの世がこんなにもモノクロであると知らなかった。
何故あの時もっと強く引き留めなかったか。何故あの時主の無事を信じて疑わなかったか。
浅はかであった。あまりにも。
愚かであった。あまりにも。
もう主は戻ってきやしない。
離れていった枯れ葉を繋ぐことなど出来ない。広がる鮮やかな紅を止めること出来ない。これが本望だと心底感じて疑わず死で己が身を着飾るのを割ることなど出来ない。
拙者に出来る事など、主の美しい最期を焼き付け忘れぬことくらいだろう。
晋助の目に留まり晋助の内に刻まれる。
その主の望みが叶うかは拙者には分からぬ。
だが、ここに。主の最期を見ている者がいる。忘れずに、この生続く限り思い出す者がいる。
それで一体主の何が報われるか。主の望みが果たされるわけでもない。なにも報われることなど無いかもしれぬ。
あぁ、これも拙者の自己満足かもしれぬ。
最期に見せた主の姿。
人であることを捨て、主人のために在るのか。意思も命も自身も全て捨て。主人の為だけに在ろうとする。
悲しいかな。
主人は要らぬと思ったか、主の命の際を知ったか。既に主を捨てた。主はもう地に落ちた。
それを知ってか知らずか主は変わらず剣を振るい続けた。
捨てられて放されて、地面に落ちた紅葉のは尚、その雅しい紅色を彩りを褪せさせやしない。
最後まで晋助の為に。
身体にはいくつもの管が吸い付き肌に溶け着き、唇からは飲み込めない唾液と地を這う呻きが漏れている。闇雲に振り回される腕は紅色に光り、何十本という管を従えている。
血色の悪い土色の肌に生々しい桃色を帯びた血管が夥しく幾箇所にも浮かび上がり。めったに開かれることのない両目を眼球が溢れんばかりに見開いて。白く濁った目には細く赤い血管が何本も走っていて狂気を纏わせ。その姿、最早人ならざりける。
あぁ、綺麗だ。
主の最期を見て漸く言葉が溢れた。
踏みしめる大地は足裏に冷え固まった感触を伝える。
この前来たときは落ち葉が敷き詰められ、歩く度にザクザクと小気味良い音がしたものだ。
あの感覚は人にある種の快感を与える。それが何を満たした事に対する快感なのかはよくわからない。だが、無性に落ち葉を踏み歩きたくなるのは事実だ。
あんなに一面に広がっていた枯れ葉達は、すっかりと姿を消した。
たった一つの仕事に勤めていただけだと言うのに、地球の季節は何とも移ろいが早いものだと取り留めもなく思った。
裸に剥かれた木々の合間を風が閑散と吹き抜けていく。
少し見上げれば、等間隔に伸びる焦げ茶に分厚い雲に覆われた灰。視線をおろせば色の薄い地面。どこを見ても味気の無い光景に、ふっと緑が恋しくなった。
ここに緑があれば、彼が己の隣にあれば。も少しだけ、鮮やかに彩られているだろうに。
そうは思ったが、そんな光景。いくら想像力を搾っても見えてはこない。記憶の中で彼の姿も褪せてきて、彼が己の隣に居たことなどあったかどうか、覚えていない。
向かい合うことはあっても、剣を交合わせたことはあっても、彼と肩を並べたことはあっただろうか。
立ち並ぶ木々から己の名前が呼ばれた気がする。
だが、その声は一体誰か分からない。
名を呼ばれた気がしただけで声が聞こえた訳じゃない。
いや、覚えていないだけかもしれない。
人間、一番最初に記憶から薄らぐのは声だと聞く。
すっかり彼が己の中で風化してしまっているのか。
心が少しだけ焦った。
山を登り始めて小一時間。
急勾配に、整備された訳でもない獣道のような荒れた道筋。 茶に萎びた草を手折り、かき分けて道なき道を進んでいく。
くしゃりと枯れ葉を踏んだ。すっかり姿を見せていなかった枯れ葉を見留めて足を止めた。特に何か変わった様子も無い。ごく普通の枯れ葉。
ただ何となく、もう一度、くしゃりと踏み潰した。
一回目に踏んだ時の方が良い音が出ていた。足をあげると、枯れ葉は細かく砕けていた。見届けたからといって何か、感じるわけでもない。
ただその音に幼心を感じたというか、どこか懐かしい気持ちになったというか。特に子供は落ち葉を踏み鳴らすのが好きだろう。
笑顔で子供らは枯れ葉を踏んでいく。子供らにとって心地の良い音を立てて枯れ葉は砕ける。
『残酷ってやつじゃないのかい。』
意味のある音が響いた。
砕けた枯れ葉の欠片に既視感を覚えた。
「人間は紅葉を見て、綺麗だっていうだろう?」
顔をあげると空一面赤かった。キラキラと木漏れ日が風で煌めく。空ばかりじゃない、地面も赤が敷き詰められていた。
その中に一つだけ、目を惹く緑。
「葉が紅くなっているのは死の証さね。」
ざわざわと空の赤が風に揺らめいだ。
背を向けている彼は誰に話しかけているのかわからない。
「木を生かすため、光合成して働いて、栄養を提供してやって尽くしたってのに。
冬になれば葉っぱ達は、簡単には切り離されるだろう?利用するだけされて、安易に捨てられる。」
背を見せる彼の表情はわからない。
もう声を忘れてしまった。ぼんやりと意味だけが頭に伝わる。
葉っぱを相手に憐れんでいるのか。それとも誰かと重ねているのか。
仮にこれが人の身に置き換れば確かに酷い話だろう。
一面の赤は怒りを表しているのかもしれない。風に吹かれてたてるざわめきは呪詛の音か。
利用するだけして、後はぽいっと捨ててしまう。
「随分と自分勝手な話でござるな。」
誰かが口を開いた。多分拙者だ。
心からそう思った。報われないというのはどれほど虚しいことか。
彼が振り向く。顔が見えない。眩しい夕陽に目を細める。赤が彼の顔を隠した。
己は彼の顔も忘れてしまったのか。
「ふふふ、」
彼が口を手元にやり可笑しそうに笑った。
「何がおかしいか。」
意思も無い葉に対して同情の意を示したからか。
「あんたがそんなこと言うなんて、意外だよ。」
意外、とは一体どういう意味だろうか。
「てっきり、あんたも俺と同じ考えかと思ってね。」
主と同じ考えなど御免被る。
そんな言葉が聞こえたが、彼が特に言い返して来なかったのが不思議で。もしかしたら声には出して居なかったのかもしれない。
この時、己が何を思い、何を言葉にしたのか、記憶が曖昧でハッキリしない。
だからここも、なにもかもが曖昧でハッキリしないのだ。
「葉にとっちゃ、それが本望なのさ。
彼らにとっては木は云わば主人。主人の為に作られ、主人の為に死んでいく。それは、言ってみれば自然な事だろう?」
縁を淡い赤に彩った白い光の中。そう言った主が酷く綺麗に笑んだ気がした。
「だから、せめて最期くらいは美しく着飾って死ぬのかもね。残った僅かな命を美しく燃焼して逝くんだよ。」
あの赤は命を燃やした彩。だからあんなにも心を打たれるのだというのか。
「最期くらいは目に留まりたい。」
その声は切実に訴えているようで、その時はどんな想いでそんなことを言っているのか分からず、妙な奴と思っていたが。今、改めて思い出すとこれは彼自身の願いであるように思えた。
紅葉の事になると彼は饒舌になった。まるでこの生き生きとした赤が見えているかのように。
閉じられた目にその景色が映ることなどないというのに。
「いいや、見えるのさ。」
何が見えるというのか。
主は盲目。感じることができるのは光だけだろうて。
「ふふふ、だからさね。」
……。
「人間が死に際に淡く美しい魂を浮かべるように、紅葉の最期の焔が鮮明に激しく輝いて、俺の瞼に焼き付くのさ。」
そう言って確かに紅葉達を見上げて笑っている。
彼にしか見えぬ景色なのだろう。彼の中では紅葉達がその命を見せつけるように、己は此処に居たと知っていて欲しいとでも言うように鮮やかに勇み立っているのだろう。それはきっと命の輝き。何を置いても敵わぬほど美しいものだろう。
少しばかり彼の見る景色を覗いてみたくなった。
「綺麗だね。」
最後にそう聞こえてバッサリ。紅は一斉に捨てられた。
踝まで紅葉達の死骸で埋まる。
紅、唐紅、深緋、茜 、猩々緋、橙、赤丹、
目を見張る鮮麗な美々しさ。
その一方で、彼らは主人に捨てられた、哀れな死骸。
これを見て美しいと人は言う。
握って踏んで潰してみれば、死に絶えた細胞は嗄れた悲鳴をあげて、剥がれて砕けて散っていく。
その声を聞いて心地が良いと人は言う。
「残酷ってやつじゃないのかい。」
ザワザワ、ガサガサと風に吹かれて死骸が擦れ合う音が鼓膜を打つ。吹かれて舞う勢いの強さに一歩後ずさった。音を立てて紅葉が踏まれた。足裏から紅葉達の悲鳴が聴こえる。
足元の赤がやけにヌメヌメと照っている。それはまるで血のようで、ドロリと脚にに絡み付く。
その場から動けずに視界がバラバラと赤で遮られる。
突風一陣。
木々は先ほどと同じように葉達を捨てて裸になっていた。
彼などとうの昔に居ない。
綺麗だ、とあの時返すはずだった返事はまだ口内でじっとしている。
「紅葉に限らず、秋になれば葉は落とされる。主から捨てられ、死に向かう。
言うなれば、落ち葉は葉っぱの死骸さね。」
一年に一度、日本は死骸があちこちに横たえる。
「それを子供達は踏んでいく。」
あの時に発せられる音が気持ちが良いと子供達は喜び笑顔を浮かべる。
くしゃり、くしゃり
「俺にはあれが落ち葉の断末魔に聞こえるんだ。」
考えたことなどなかった。
鳥や獣といった人間にある程度近しい生物ならまだしも。
葉や植物などに命を見いだすことなどしない。
葉っぱに断末魔など、主は案外ロマンチストなのだと思った。
そして、他の命に対する労りの心が主にもあるのだと、始めて知った。
主がまだ己の側に居た時の記憶だ。
何故今、あの景色を思い出したのか。
あの時見た紅葉などはすっかり鳴りを潜める冬の季節。
今、登っている山はあの時二人で訪れた山とも違う。
次々と主を忘れていく
声を顔をと記憶から薄らぐ中、逆らうようにボツンと思い出された。
懐かしくて愛おしい。主と過ごした日の記憶。
忘れぬうちに何かに書き記したい。もうこれ以上、主を忘れたくはない。
声に顔までも。己の中で次々と主が薄れていくことをどうやっても止められはしない。時というのを恨んだ。己の脆い記憶を恨んだ。居なくなった主を恨んだ。主と共に在れない己を恨んだ。
後悔しているのだ。
主というのはこんなにも己の中で大きな存在であったとうことに気づけなかった。
主の居ぬこの世がこんなにもモノクロであると知らなかった。
何故あの時もっと強く引き留めなかったか。何故あの時主の無事を信じて疑わなかったか。
浅はかであった。あまりにも。
愚かであった。あまりにも。
もう主は戻ってきやしない。
離れていった枯れ葉を繋ぐことなど出来ない。広がる鮮やかな紅を止めること出来ない。これが本望だと心底感じて疑わず死で己が身を着飾るのを割ることなど出来ない。
拙者に出来る事など、主の美しい最期を焼き付け忘れぬことくらいだろう。
晋助の目に留まり晋助の内に刻まれる。
その主の望みが叶うかは拙者には分からぬ。
だが、ここに。主の最期を見ている者がいる。忘れずに、この生続く限り思い出す者がいる。
それで一体主の何が報われるか。主の望みが果たされるわけでもない。なにも報われることなど無いかもしれぬ。
あぁ、これも拙者の自己満足かもしれぬ。
最期に見せた主の姿。
人であることを捨て、主人のために在るのか。意思も命も自身も全て捨て。主人の為だけに在ろうとする。
悲しいかな。
主人は要らぬと思ったか、主の命の際を知ったか。既に主を捨てた。主はもう地に落ちた。
それを知ってか知らずか主は変わらず剣を振るい続けた。
捨てられて放されて、地面に落ちた紅葉のは尚、その雅しい紅色を彩りを褪せさせやしない。
最後まで晋助の為に。
身体にはいくつもの管が吸い付き肌に溶け着き、唇からは飲み込めない唾液と地を這う呻きが漏れている。闇雲に振り回される腕は紅色に光り、何十本という管を従えている。
血色の悪い土色の肌に生々しい桃色を帯びた血管が夥しく幾箇所にも浮かび上がり。めったに開かれることのない両目を眼球が溢れんばかりに見開いて。白く濁った目には細く赤い血管が何本も走っていて狂気を纏わせ。その姿、最早人ならざりける。
あぁ、綺麗だ。
主の最期を見て漸く言葉が溢れた。
1/2ページ