短編
白い紙にさらさらと筆を走らせる。真っ新な白が墨で黒く染まっていく。
今、私が見たいのはこの白ではない。
逸る気持ちを抑えて書類をすすめる。
書き損じてやり直すのは御免だ。
急ぎながらも丁寧に。
最後に印を押す。これで終了。
さっと目を通して、問題がないことも確認した。
「よし、これで提出書類は完成」
座ったまま一つ伸びをして、固まった体をほぐす。書類をしている間、あまり気にしないようにしていた賑やかな声が、また耳に届きはじめた。
立ち上がって自室の窓を開ければ、目に眩しいほどの銀世界。
そう、本丸に雪が降ったのだ。
人の身を得て初めての雪が珍しいのか、本丸の庭では短刀を中心に、多くの刀剣男士が雪に触れて遊んでいた。
庭よりもずっと高い位置にある窓から楽しげな様子を眺めていれば、白銀の中に埋もれそうなほどの白がこちらに気づいて見上げてきた。
そして彼は、少年のように無邪気な笑顔で手を振る。
白の境が曖昧になるその姿を見ていたら、自然と笑みが溢れてきた。
「あはは、鶴丸ってば白いから同化してる」
あの白に近づきたい。
上着を羽織って、庭へと足を向けた。
履物を持って、庭に通じる縁側まで来ると、鶴丸が待ってましたというように近寄ってくる。
「よっ、主。今日やっておくと言った仕事はもう終わったのか」
「うん。みんなが楽しそうだったから、早く混ざりたくてね」
「ははっ、そうかそうか」
縁側の沓脱石 の上で履物を履いて立ち上がると、鶴丸が手を差し出してきた。
「転ばないよう、足元に気をつけてな」
こういったさりげない気遣いが出来るのは、鶴丸のすごいところであり、ズルイところだと思う。
内心の照れくささがバレないように、ここは素直に手を掴んでおくことにする。
手が重なったのを確認すると、鶴丸はそのまま庭の中心まで手を引いてくれた。
そっと離れた手にほっとしたような、寂しいような…。
どうやら雪はけっこう積もったようで、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりと、刀剣男士達は思い思いに冬の白を満喫しているようだ。
「みんな楽しそうだね」
「あぁ、なにせ人の身で雪に触れるのは初めてだからなぁ。驚きがいっぱいだ!」
どこかはしゃいだように瞳を輝かせ、白い息をはきながら鶴丸は話す。
「せっかくだから君も遊ぶといい。だが、雪合戦は参加を控えた方がいいかもな」
「どうして?」
「皆なかなかに熱が入っているせいか、かなりの剛速球が飛んでくる」
「あぁ…」
鶴丸の言葉を聞きながら、雪合戦の様子を見て理解した。
時間遡行軍と戦える身体をもつ刀剣男士だ。投げる雪玉の速度がとても速い。しかも、避ける側の動きも俊敏だ。
確かに、あの中に入っていくのは難易度が高い。
「そうだ!今、皆があっと驚く雪だるまを作っている最中でな。君も一緒にどうだい?」
「あっと驚く雪だるま?」
一体、どんな雪だるまだろう…。
「鶴丸さ〜ん!ちょっとわからないところがあるんですが〜」
考え込んで返事が出来ずにいると、少し離れたところから、鶴丸を呼ぶ声が聞こえてきた。
「お、秋田が呼んでる。少しここで待っててくれ」
そう言うと、鶴丸は秋田の方へと駆けていった。
鶴丸を目で追っていくと、高く積まれた雪の前で秋田や五虎退と話している。
遠目ではっきりとは見えないが、雪の塊が鳥のような形をしているのは気のせいだろうか。
「え、まさか鶴を作ろうとしてるとか?」
だとすれば、それはもはや雪だるまではなく雪像なのでは…。
そうこうしていると、鶴丸がこちらへ向かって歩いてきた。
どうやら話はすんだようだ。
「待たせたな。今やっと形になってきたところで…あっ、おい君!!」
鶴丸の慌てたような顔が見えた。
強い力で前へ引っぱられた感覚の後、背後にドサッと何かが落ちた音がしたけれど、目の前は真っ白だ。
なんだか包まれているように暖かい。
頭の上からはぁ、とほっとしたようなため息が聞こえる。
ようやく自分の状況がわかってきた。
鶴丸に、抱きしめられている。
ぎこちない動きで首を動かせば、目の前の白は鶴丸の着物だったとわかった。
後ろを見やれば、さっきまで立っていた場所に雪が小山を作っている。きっと近くにあった木に積もっていた雪が落ちてきたのだろう。
「大丈夫か?たぶん、雪はかかってないと思うが」
「あ、えと…うん。ありがとう」
脳が働き出すと、なんだか恥ずかしくなってきた。
落ちてくる雪に気づいた鶴丸が手を引いてくれたおかげで、確かに雪は被っていない。
しかし、見事に正面から向かい合う形でしっかりと抱きしめられている。
顔が熱を持っていくのを感じた。
「おや?君、なんだか顔が赤いぞ?」
「…!」
鶴丸のからかうような声が聞こえて、思わず俯いた。
誰のせいだと思っているのか。
なおも鶴丸が口を開こうとすると、ばふっと音をたてて鶴丸の後頭部に雪玉が命中した。
「ちょっと…。いつまで主にくっついてるのさ」
どうやら鶴丸に雪玉をぶつけたのは、近くで雪合戦をしていた加州のようだ。
そこからは鶴丸が加州と何やら口論をして、結局そのまま雪合戦になっていったが、正直何を言っていたかはよく覚えていない。
自分の頰に手をあてて目を瞑り、心を落ち着けるよう努める。
しかし、忘れようとすると逆に思い出してしまって上手くいかない。
細いのに力強かった腕の感触や、触れた体の暖かさ。なんだか良い匂いがしたな、なんて…。
あの白に包まれた感覚は、簡単には消えてくれそうにない。
今、私が見たいのはこの白ではない。
逸る気持ちを抑えて書類をすすめる。
書き損じてやり直すのは御免だ。
急ぎながらも丁寧に。
最後に印を押す。これで終了。
さっと目を通して、問題がないことも確認した。
「よし、これで提出書類は完成」
座ったまま一つ伸びをして、固まった体をほぐす。書類をしている間、あまり気にしないようにしていた賑やかな声が、また耳に届きはじめた。
立ち上がって自室の窓を開ければ、目に眩しいほどの銀世界。
そう、本丸に雪が降ったのだ。
人の身を得て初めての雪が珍しいのか、本丸の庭では短刀を中心に、多くの刀剣男士が雪に触れて遊んでいた。
庭よりもずっと高い位置にある窓から楽しげな様子を眺めていれば、白銀の中に埋もれそうなほどの白がこちらに気づいて見上げてきた。
そして彼は、少年のように無邪気な笑顔で手を振る。
白の境が曖昧になるその姿を見ていたら、自然と笑みが溢れてきた。
「あはは、鶴丸ってば白いから同化してる」
あの白に近づきたい。
上着を羽織って、庭へと足を向けた。
履物を持って、庭に通じる縁側まで来ると、鶴丸が待ってましたというように近寄ってくる。
「よっ、主。今日やっておくと言った仕事はもう終わったのか」
「うん。みんなが楽しそうだったから、早く混ざりたくてね」
「ははっ、そうかそうか」
縁側の
「転ばないよう、足元に気をつけてな」
こういったさりげない気遣いが出来るのは、鶴丸のすごいところであり、ズルイところだと思う。
内心の照れくささがバレないように、ここは素直に手を掴んでおくことにする。
手が重なったのを確認すると、鶴丸はそのまま庭の中心まで手を引いてくれた。
そっと離れた手にほっとしたような、寂しいような…。
どうやら雪はけっこう積もったようで、雪だるまを作ったり、雪合戦をしたりと、刀剣男士達は思い思いに冬の白を満喫しているようだ。
「みんな楽しそうだね」
「あぁ、なにせ人の身で雪に触れるのは初めてだからなぁ。驚きがいっぱいだ!」
どこかはしゃいだように瞳を輝かせ、白い息をはきながら鶴丸は話す。
「せっかくだから君も遊ぶといい。だが、雪合戦は参加を控えた方がいいかもな」
「どうして?」
「皆なかなかに熱が入っているせいか、かなりの剛速球が飛んでくる」
「あぁ…」
鶴丸の言葉を聞きながら、雪合戦の様子を見て理解した。
時間遡行軍と戦える身体をもつ刀剣男士だ。投げる雪玉の速度がとても速い。しかも、避ける側の動きも俊敏だ。
確かに、あの中に入っていくのは難易度が高い。
「そうだ!今、皆があっと驚く雪だるまを作っている最中でな。君も一緒にどうだい?」
「あっと驚く雪だるま?」
一体、どんな雪だるまだろう…。
「鶴丸さ〜ん!ちょっとわからないところがあるんですが〜」
考え込んで返事が出来ずにいると、少し離れたところから、鶴丸を呼ぶ声が聞こえてきた。
「お、秋田が呼んでる。少しここで待っててくれ」
そう言うと、鶴丸は秋田の方へと駆けていった。
鶴丸を目で追っていくと、高く積まれた雪の前で秋田や五虎退と話している。
遠目ではっきりとは見えないが、雪の塊が鳥のような形をしているのは気のせいだろうか。
「え、まさか鶴を作ろうとしてるとか?」
だとすれば、それはもはや雪だるまではなく雪像なのでは…。
そうこうしていると、鶴丸がこちらへ向かって歩いてきた。
どうやら話はすんだようだ。
「待たせたな。今やっと形になってきたところで…あっ、おい君!!」
鶴丸の慌てたような顔が見えた。
強い力で前へ引っぱられた感覚の後、背後にドサッと何かが落ちた音がしたけれど、目の前は真っ白だ。
なんだか包まれているように暖かい。
頭の上からはぁ、とほっとしたようなため息が聞こえる。
ようやく自分の状況がわかってきた。
鶴丸に、抱きしめられている。
ぎこちない動きで首を動かせば、目の前の白は鶴丸の着物だったとわかった。
後ろを見やれば、さっきまで立っていた場所に雪が小山を作っている。きっと近くにあった木に積もっていた雪が落ちてきたのだろう。
「大丈夫か?たぶん、雪はかかってないと思うが」
「あ、えと…うん。ありがとう」
脳が働き出すと、なんだか恥ずかしくなってきた。
落ちてくる雪に気づいた鶴丸が手を引いてくれたおかげで、確かに雪は被っていない。
しかし、見事に正面から向かい合う形でしっかりと抱きしめられている。
顔が熱を持っていくのを感じた。
「おや?君、なんだか顔が赤いぞ?」
「…!」
鶴丸のからかうような声が聞こえて、思わず俯いた。
誰のせいだと思っているのか。
なおも鶴丸が口を開こうとすると、ばふっと音をたてて鶴丸の後頭部に雪玉が命中した。
「ちょっと…。いつまで主にくっついてるのさ」
どうやら鶴丸に雪玉をぶつけたのは、近くで雪合戦をしていた加州のようだ。
そこからは鶴丸が加州と何やら口論をして、結局そのまま雪合戦になっていったが、正直何を言っていたかはよく覚えていない。
自分の頰に手をあてて目を瞑り、心を落ち着けるよう努める。
しかし、忘れようとすると逆に思い出してしまって上手くいかない。
細いのに力強かった腕の感触や、触れた体の暖かさ。なんだか良い匂いがしたな、なんて…。
あの白に包まれた感覚は、簡単には消えてくれそうにない。
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