短編
外から聞こえてくる小鳥のさえずりで目を覚ます。体をゆっくりと起こして何度か瞬きをすれば、意識がしだいにはっきりしてきた。
同じ部屋で眠っている相方を見れば、隣の布団で大包平はまだ規則正しい寝息を立てている。
昨日の出陣で疲れているのだろう。
「まだ寝かせておくか」
そう呟くと、鶯丸はそっと寝床から抜け出し、羽織をつかんで部屋の外へ出た。
本丸にいる者の半数以上はおそらくまだ眠っているため、いつもは賑やかなこの本丸も今は静かである。
廊下を歩きながら外を眺めれば、空はまだ仄かに薄暗いが日は昇り始めている。
ふわりと風が吹き、庭の木の葉を揺らした。少し前まで青々としていた葉が色づいてきた様子は、季節の変わり目を感じさせる。
「さすがに少し冷えるな…」
つかんできた羽織を寝間着の上から着る。
皆が起きて本丸が賑わいだす前に、準備をしてしまわなくては。
手水場で顔を洗い、そのまま厨へと向かった。
厨には既に先客がいた。
本丸でよく料理をする歌仙兼定と燭台切光忠、そして珍しく和泉守兼定も。どうやら、この三人が今朝の料理当番のようだ。
「やぁ、鶯丸。おはよう」
「おはよう。歌仙と光忠は今朝も早いな」
「あはは、そういう鶯丸さんもね。今日もアレの準備かい?」
「あぁ、大切な日課だからな」
よく厨で顔を合わせるらしい三人が和やかに話をする中、あまり料理当番になることもない和泉守は怪訝な顔をする。
「何の話をしてんだ?今日もって…鶯丸、あんたいつもこの時間に起きてんのか?」
「まぁな。そういえば、朝餉の当番として和泉守と会うのは初めてだったか」
投げかけられた問いに軽く相槌をうちながら、鶯丸は釜で湯を沸かし、棚から茶葉を選ぶ。
湯が沸いたところで、急須を出して丁寧に茶を淹れていく。
厨に湯を注ぐ音と柔らかな緑茶の香りが広がった。
「…うん、やはり君が淹れる茶はよい香りがするね」
「ふふ、茶には煩い方だからな」
香りをゆっくりと吸い込んだ歌仙の言葉に笑みをかえしながら、鶯丸はお茶で満たされた急須を小さな御盆にのせる。
傍らには空の湯呑みが二つ。
「では邪魔したな。今日の朝餉も楽しみにしている」
そう言って笑うと、御盆を持って鶯丸は厨を去っていった。
「こんな朝から茶を飲むのか。湯呑みが二つあったが、一体誰と飲むんだ…?」
まだ朝も早いこんな時間では起きている者の方が少ない。日課と言っていたが、毎朝誰と茶を飲むのか…。
和泉守は事情を知っているであろう二人に、答えを求めるように視線を向けた。
「随分と前から続いている習慣さ」
「鶯丸さんがわざわざお茶を淹れて、持っていく相手って言ったら…君にも想像がつくんじゃない?」
和泉守の疑問に、歌仙と燭台切は曖昧な言葉を返して、穏やかに笑うばかりだった。
鶯丸は一つの部屋の前に来ていた。
襖の先にいる人物は、おそらくまだ夢の中だろう。しかし、遠慮もなく中に入る訳にもいかないので、控えめに声をかける。
「主、中に入るぞ」
少しの間の後、返事がないことはわかっていたので襖を開けて部屋へと入った。
部屋の中の布団では、この部屋の主ーーー審神者がすやすやと眠っている。
足音をたてぬように静かに歩き、枕元の近くに御盆を下ろして座った。
よく眠っているようだ。
目元にかかる髪をそっと手で払い、その寝顔を見つめる。
心地良さそうな寝顔を見ていると、こちらまで眠たくなってくる。しかし、せっかく淹れた茶が冷めてしまうのはもったいない。
何より、彼女の声が聞きたくなってきた。
「さて、眠り姫を起こすとするか」
鶯丸はゆっくりとした動作で、持ってきた急須から湯呑みへと茶を注いだ。部屋の中には暖かな水音と香りが広がる。
その音と匂いにつられるように、布団の中の女性は緩々と目を開けた。
「おはよう、主。目が覚めたか」
「うぐいす、まる…。うん…おはよう」
まだ眠気の残る声で挨拶を返しながら、緩慢な動きで審神者は布団から体を起こす。
「今日もお茶を淹れてくれたんだね」
枕元の御盆で湯気を立てている湯呑みを見て、ふわりと笑みを浮かべた。
「あぁ。寝覚めの一杯はいかがかな?」
「いただきます」
寝起きの彼女が零さないように、慎重に湯呑みを渡す。
この本丸が設立したばかりの頃、鍛刀で喚び出された鶯丸の前にいたのは、不安げな顔をした審神者と仲間と思しき数名の刀剣男士のみ。広い本丸の中には片手で足りるほどの人数しかいなかった。
審神者という役職の責任に押し潰されそうになっていた彼女に、肩の力を抜いてほしくて朝から茶を淹れるようになった。
初めて朝茶を飲んだ時、彼女が見せた安堵の表情がなんとなく嬉しくて、それ以来、日課となっている。
「はぁ…、鶯丸のお茶…やっぱり美味しい」
「そうか。それは良かった」
あれから仲間も増えて、本丸も賑やかになった。戦闘もそれなりに上手くいっている。
彼女もすっかり審神者という仕事に慣れ、堂々と刀剣男士達の前に立てるようになった。
だからこそ、知っている者は少ないだろう。
朝の彼女が弱々しく、されど蕾が綻ぶように笑うこの姿など。
「いつもいつも、本当にありがとね。鶯丸」
「なぁに、気にすることはないさ。朝茶は福が増す、というからな」
朝一番に彼女の顔を見て、その声で名前を呼んでもらう。
そう、これは自分だけの特権なのだ。
同じ部屋で眠っている相方を見れば、隣の布団で大包平はまだ規則正しい寝息を立てている。
昨日の出陣で疲れているのだろう。
「まだ寝かせておくか」
そう呟くと、鶯丸はそっと寝床から抜け出し、羽織をつかんで部屋の外へ出た。
本丸にいる者の半数以上はおそらくまだ眠っているため、いつもは賑やかなこの本丸も今は静かである。
廊下を歩きながら外を眺めれば、空はまだ仄かに薄暗いが日は昇り始めている。
ふわりと風が吹き、庭の木の葉を揺らした。少し前まで青々としていた葉が色づいてきた様子は、季節の変わり目を感じさせる。
「さすがに少し冷えるな…」
つかんできた羽織を寝間着の上から着る。
皆が起きて本丸が賑わいだす前に、準備をしてしまわなくては。
手水場で顔を洗い、そのまま厨へと向かった。
厨には既に先客がいた。
本丸でよく料理をする歌仙兼定と燭台切光忠、そして珍しく和泉守兼定も。どうやら、この三人が今朝の料理当番のようだ。
「やぁ、鶯丸。おはよう」
「おはよう。歌仙と光忠は今朝も早いな」
「あはは、そういう鶯丸さんもね。今日もアレの準備かい?」
「あぁ、大切な日課だからな」
よく厨で顔を合わせるらしい三人が和やかに話をする中、あまり料理当番になることもない和泉守は怪訝な顔をする。
「何の話をしてんだ?今日もって…鶯丸、あんたいつもこの時間に起きてんのか?」
「まぁな。そういえば、朝餉の当番として和泉守と会うのは初めてだったか」
投げかけられた問いに軽く相槌をうちながら、鶯丸は釜で湯を沸かし、棚から茶葉を選ぶ。
湯が沸いたところで、急須を出して丁寧に茶を淹れていく。
厨に湯を注ぐ音と柔らかな緑茶の香りが広がった。
「…うん、やはり君が淹れる茶はよい香りがするね」
「ふふ、茶には煩い方だからな」
香りをゆっくりと吸い込んだ歌仙の言葉に笑みをかえしながら、鶯丸はお茶で満たされた急須を小さな御盆にのせる。
傍らには空の湯呑みが二つ。
「では邪魔したな。今日の朝餉も楽しみにしている」
そう言って笑うと、御盆を持って鶯丸は厨を去っていった。
「こんな朝から茶を飲むのか。湯呑みが二つあったが、一体誰と飲むんだ…?」
まだ朝も早いこんな時間では起きている者の方が少ない。日課と言っていたが、毎朝誰と茶を飲むのか…。
和泉守は事情を知っているであろう二人に、答えを求めるように視線を向けた。
「随分と前から続いている習慣さ」
「鶯丸さんがわざわざお茶を淹れて、持っていく相手って言ったら…君にも想像がつくんじゃない?」
和泉守の疑問に、歌仙と燭台切は曖昧な言葉を返して、穏やかに笑うばかりだった。
鶯丸は一つの部屋の前に来ていた。
襖の先にいる人物は、おそらくまだ夢の中だろう。しかし、遠慮もなく中に入る訳にもいかないので、控えめに声をかける。
「主、中に入るぞ」
少しの間の後、返事がないことはわかっていたので襖を開けて部屋へと入った。
部屋の中の布団では、この部屋の主ーーー審神者がすやすやと眠っている。
足音をたてぬように静かに歩き、枕元の近くに御盆を下ろして座った。
よく眠っているようだ。
目元にかかる髪をそっと手で払い、その寝顔を見つめる。
心地良さそうな寝顔を見ていると、こちらまで眠たくなってくる。しかし、せっかく淹れた茶が冷めてしまうのはもったいない。
何より、彼女の声が聞きたくなってきた。
「さて、眠り姫を起こすとするか」
鶯丸はゆっくりとした動作で、持ってきた急須から湯呑みへと茶を注いだ。部屋の中には暖かな水音と香りが広がる。
その音と匂いにつられるように、布団の中の女性は緩々と目を開けた。
「おはよう、主。目が覚めたか」
「うぐいす、まる…。うん…おはよう」
まだ眠気の残る声で挨拶を返しながら、緩慢な動きで審神者は布団から体を起こす。
「今日もお茶を淹れてくれたんだね」
枕元の御盆で湯気を立てている湯呑みを見て、ふわりと笑みを浮かべた。
「あぁ。寝覚めの一杯はいかがかな?」
「いただきます」
寝起きの彼女が零さないように、慎重に湯呑みを渡す。
この本丸が設立したばかりの頃、鍛刀で喚び出された鶯丸の前にいたのは、不安げな顔をした審神者と仲間と思しき数名の刀剣男士のみ。広い本丸の中には片手で足りるほどの人数しかいなかった。
審神者という役職の責任に押し潰されそうになっていた彼女に、肩の力を抜いてほしくて朝から茶を淹れるようになった。
初めて朝茶を飲んだ時、彼女が見せた安堵の表情がなんとなく嬉しくて、それ以来、日課となっている。
「はぁ…、鶯丸のお茶…やっぱり美味しい」
「そうか。それは良かった」
あれから仲間も増えて、本丸も賑やかになった。戦闘もそれなりに上手くいっている。
彼女もすっかり審神者という仕事に慣れ、堂々と刀剣男士達の前に立てるようになった。
だからこそ、知っている者は少ないだろう。
朝の彼女が弱々しく、されど蕾が綻ぶように笑うこの姿など。
「いつもいつも、本当にありがとね。鶯丸」
「なぁに、気にすることはないさ。朝茶は福が増す、というからな」
朝一番に彼女の顔を見て、その声で名前を呼んでもらう。
そう、これは自分だけの特権なのだ。
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