(姓は固定)
第一章 女官編
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若慧は、書き終えた文を侍女の沈華に渡した。
「これを、“おとうさま”に」
「昼間の真珠の頸飾りの件ですか?」
常に同じ笑みを浮かべる表情の読めない侍女が、穿ったことを聞いてくる。
若慧は内心の苛立ちを隠しながらも、いつものことだと応じた。
「バルバッドは海洋国家。いくら各国との貿易が成り立っているとはいえ、あのような陸のものが出回るには不自然だわ。どこから流れているのか、調べていただかなくては」
「放っておけばよろしいのでは? あのような粗悪品を身に着けて、恥をかくのは蓬簫様でしょうに」
そうすれば競争相手が一人減り、その分優位に立てるのだと暗に言っている。
侍女にそこまで指図されるいわれはない。内心の苛立ちを、薄い笑みに載せることによって誤魔化した。
「あのような大粒の真珠を扱えるということは、商人にそれだけの伝手があるということ。その商人の伝手をうまく独占できれば、西家が専売することができるでしょう」
「しかしいくら大粒の真珠が手に入ったところで、あのようにいびつなものでは」
「別に真珠である必要はないでしょう」
なおも沈華が食い下がってくるので、若慧は話をさえぎって説明する。
「もしその商人が本当に大きな流通経路を持っているのであれば、より良い品を手に入れることができるでしょう。ついでに、孫蓬簫の実家がその商人から他に何を仕入れたのかも調べておきなさい。来月の宴にはわたくしも同じものを付けて行きましょう。そうすれば彼女も、身の程を知るでしょうから」
そうして話は終わりだと手巾を振って沈華を追い払う。
彼女はおとなしく後ろへ下がったが、表情に変化はない。いくら若慧がないがしろにしても、一向に応える様子がない。
主に仕える忠実で優秀な侍女だけに、時折度が過ぎて若慧にとっては煩わしい存在となる。
彼女は若慧に厭われていることなど百も承知だろうに、ただ自分の役目を律儀にこなす。
沈華の姿が見えなくなるなり、若慧は怒りに任せて卓上の硯を腕で払い落した。
部屋の隅に控えていた侍女が怯えて体を震わせたが、若慧は構わずにさらに拳を卓に叩きつけた。
「馬鹿な女。来月の宴と言えば、皇后様の誕生会でしょうに。そんな場所に白い真珠を持ち込もうとするなんて、殿下の顔に泥を塗るつもりだったのかしら」
玉艶皇后は、かつては紅徳帝の兄である白徳大帝の后だった。
白徳大帝亡き後、保身のために我が子を連れて紅徳帝に嫁ぎ直したのだが、そんな女の誕生会を“白”で彩るなど、相手に対する当てつけでしかない。挿し色ならともかく、頸飾りは顔の近くを飾るだけに目立つ。
ただでさえ紅明は皇后の実子ではないという負い目があるというのに、これ以上立場を不利にさせてどうするのか。
本来なら玉艶が皇后になった時点で、白龍皇子が紅炎皇子を抑えて皇太子になったとしてもなんら不思議ではないというのに。
蓬簫も自覚が足りないが、沈華がそのように重要な場で真珠を身に着けても構わないと思っていることに腹が立つ。
当日の衣裳にもよるが、災いの元になる要素など極力避けるに越したことはない。
頭痛を覚えて指先でこめかみを抑えると、侍女の一人がお薬をお持ちしましょうかと聞いてくる。
それを視線で黙らせて、若慧はすらりと立ち上がった。
「少し休むわ。夕餉も必要ありません」
そうして人払いをしてから、臥牀へもぐりこんだ。