(姓は固定)
第一章 女官編
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朝起きると真っ先に身支度をする。
長い髪を高く結い上げて櫛や簪を挿し、今朝摘んだばかりの牡丹の花を飾る。
櫛は柘榴石と見比べて珊瑚の玉のついたものを選び、簪は同じ色の緒のついたもの合わせることにした。
並行して鏡に映る顔に化粧を施していく。
紅を薄く溶いたものを目じりや頬に薄く塗り、その上から白粉をはたくと薄い桃色が浮かび上がる。
唇には真っ赤な紅をさし、額には花鈿を描く。
最近流行しているのは、青丹で目の際を縁どること。
いつものように炭を水で溶いて眦を跳ね上げるように描いた後、青丹で下瞼の縁をなぞる。
そういえば最近は
少し迷ったが、何度も鏡を確認してやめることにした。
髪と化粧が終わると、次に衣装を選ばなければならない。
白い襦に翡翠色の裙を胸元まで引き上げて海緑色の衫を着る。金糸の刺繍を施した腰帯で留め、腕には月黄色の被帛。
耳飾と頸飾は簪に合わせて珊瑚を使用したものを。腕には腕飾を幾重にも重ね、指にも指甲套をはめる。
すべて終わって水盆を覗き込むと、そこにはすまし顔の勝ち気で矜持の高そうな美姫が映っていた。
「お美しゅうございます。若慧様」
侍女たちが頭を垂れて彼女を褒める。
その言葉を当然だとばかりに受け止め、彼女は居室へと進んだ。
そこには豪華な朝餉が並べられていたが、その数は一人分。
「“あの方”は?」
「本日はこちらにはおいでになりません」
「そう。また」
小さくため息をついて席に着いた。
彼女―――西若慧が仕えるのは、煌帝国第二皇子練紅明。彼女は皇子の妃候補として彼を取り巻く幾人かの花のうちの一人。
毎日美しく飾り立てて皇子の訪れを待つ身。しかしそれも、近頃は久しくない。
「若慧様。本日はなにをなさいますか?」
侍女が問う。彼女は少し考えて答えた。
「今日はいいお天気ね」
丁度春先で風も穏やかな日。外を歩くのも気持ちよさそうだ。
彼女は朝食を取った後、侍女を伴って散歩に出ることにした。
供の者に日傘を掲げさせ、宮廷の庭を歩く。
係の者によってよく手入れされた花は美しく咲き誇り、競い合っている。
花の香りを楽しみながら歩いていると、なにやら楽し気な声が聞こえてきた。
四阿で幾人かの女性たちが仲良く談笑しているようだった。よく見ると皆、若慧と同じ紅明の妃候補たちだ。
若慧は笑みを浮かべながら近寄って行った。
「ごきげんよう、みなさま」
彼女が声をかけたとたん、それまで楽しげだった空気が一変した。皆表情を強張らせ、そのうちの一人などは青ざめている。
「あら、お邪魔をしてしまったかしら」
困ったように眉尻を下げると、女たちは慌てて言った。
「いいえ。とんでもございません、若慧様。お散歩ですか?」
「ええ。いいお天気だから、お散歩のついでにお花を摘んでお部屋にでも飾ろうと思って。ところでみなさまは、何のお話をしていらしたの」
問うと女たちは何やら目配せをしあってやがて一人が応えた。
「ええ。来月に開かれる宴のお話を少々」
「まあ、それは是非わたくしも混ぜていただきたいわ。ご一緒してもよろしくて」
「え、ええ。もちろんですわ」
歓迎すると言いながら、彼女たちの表情は硬いままである。
しかし若慧は気にしたそぶりも見せずに、空いていた席に腰かけた。
「
「まあ、素敵。では蓬簫様は次の宴ではそれを?」
「ええ。父がバルバッドの商人から買い付けたものですの。これほど粒の大きなものは珍しいと」
「すばらしいわ。わたくしにも見せてくださるかしら」
「若慧様はお目利きでいらっしゃるから、このようなものをお見せするのはお恥ずかしいですわ」
「そんなに遠慮なさらないで。わたくしの実家をご存知でしょう。親戚に貿易を行っているものがおりますので、そのご縁で幼い時からいろんなものを見慣れているにすぎませんわ」
始終にこやかな若慧に対して、相変わらずそこに集った女性たちの表情はすぐれない。
特に蓬簫は顔色も悪く、首飾が入っているであろう箱を持つ手には力が入っている。
しかし若慧に促され、恐る恐る宝石箱を差し出した。
「あら」
若慧は中の首飾を見て、驚く様子で手巾で口元を隠した。
つややかで大粒の真珠を連ねた、贅沢な品である。
「なんて大きな真珠。確かにこれほど大きな粒は珍しいこと」
そして嫣然と笑って見せた。
「形がいびつだけれど、きっと河か湖で取れたものなのでしょうね。わたくしは海で取れたものしか見たことがないのですけれど、淡水で取れたものはこのように不思議な歪みがあると聞きますわ。これも見ようによっては風情と言えなくもありませんわね。蓬簫様はいつも質素にしていらっしゃるから、このような品でもよくお似合いになることでしょう」
一瞬で、空気が凍り付いた。
蓬簫の顔色は青を通り越して真っ白になり、手に持った手巾を握りしめている。
「ねえ。みなさまは今度の宴は何をお召しになるの」
若慧は周囲の様子も意に介さず、笑顔で話しかける。
別の女が無理に笑顔を浮かべながら震える声で答えた。
「実はまだ決めておりませんの。蓬簫さんの首飾を見て、参考にしようと思って」
「若慧様はもう、お決めになりました?」
問われて若慧は少し気落ちした様子で答える。
「それが、わたくしもまだ。先日、実家から新しい衣裳が届いたのでそれを着ようとは考えているのですけれど、皇后様が何をお召しになるか分からないので。ねえ、どなたかご存じありませんか」
「さあ。残念ながらわたくしたちも存じ上げませんの」
困りましたね。と皆で首をかしげる。もはや蓬簫のことなど眼中にない。
「ねえ、みなさま。わたくし、以前から気になっていたのですけれど」
若慧は困った表情で話題を転じた。
「『若慧様』などと堅苦しい呼び方ではなく、わたくしもみなさまのように気軽に『若慧さん』と呼んではくださらないかしら」
「まあ、そのような」
「ね、わたくしもみなさまを親しくお呼びしてもいいかしら。みなさまだって、お互いを気軽に呼び合っていらっしゃるでしょう。なんだかずるいわ」
ねだるように小首をかしげて見せると、女たちはどこか怯えたような様子ながらも無理に笑顔を作り、各々に頷いた。
「若慧様。いいえ……若慧さんがそうおっしゃるのなら」
「ええ。かまいませんことよ」
蓬簫ですら、強張った表情のままで小さく頷く。
若慧は今度こそ、心底にこりとほほ笑んだ。
「ありがとう」
女たちがわずかに頬を染める。同性とはいえ、美姫の笑みほど魅力的なものはない。
歓談とは程遠いお茶会は、それからしばらく続いたのだった。