(姓は固定)
第二章 復讐編
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彼女は、いわば新参者だった。
兄が紅炎皇子の部下で、その縁あって禁城は第二皇子の女官として伺候することになったのである。
表向きは第二皇子紅明の衣服を担当する女官であるが、実際は妃候補である。
この国ではよくある話だが、彼女の故郷は煌帝国に呑まれてしまって既にない。
故国では有数の名門貴族だった彼女の実家も、今では巨大な帝国の端に猫の額ほどもない小さな領地を治める権限を与えられているだけの地方豪族でしかなくなってしまった。
家が残っただけでも僥倖ではあるが、それでもかつての栄光を忘れられない一族の者達によって彼女は今ここにいる。
故に、彼女はなんとしてでも紅明皇子の寵を得て、一族を復興させなければならないのである。
実をいうと、根暗であまりパッとしない紅明皇子よりも、勇猛果敢な武人でありこの国の太子でもある紅炎皇子の方が彼女の好みではあるのだが、この際わがままは言っていられない。
幸か不幸か、彼女が伺候し始めてすぐに紅明皇子に妃が立ち、彼女がすぐに妃入りすることはなくなったため、今も彼女の体はきれいなままである。
その代り、妃入りの登竜門の一つと言われている衣裳担当の女官になることができた。
既に第一妃の婚礼では、彼女の選んだ皇子の儀礼服が高い評価を得ていた。この調子で能力を見せつけてやれば、近いうちに彼女も皇子の妃となることができるだろう。
それにしても、少し間を開けて二人の妃を娶るというから、顔に似合わず第二皇子はかなりの色好みである。
紅明皇子に仕える女官たちは、そのほとんどが二十代の女たちばかりである。
皇子も男だ。薹の立った年増の女よりも、十代の若い娘の方がいいに決まっている。
だからこそ彼女が次の妃候補として選ばれたのだろう。と彼女は踏んでいる。
皇子にはまだ子供がいないというから、今後たくさんの子供を産めるくらい若い女が必要なはずだ。この条件にぴったり当てはまるのは、今のところ彼女だけなのである。
二人の妃を迎えた後、落ち着いたら彼女を輿入れさせる算段のはずだ。少なくとも彼女は父からそう聞いていた。
紅明皇子の第一妃は杜貴桜という女であった。
以前は書庫を管理する役割を与えられていた女官だったらしい。机仕事が多い皇子とは自然と顔を合わす機会は多くなり、あっという間に寵を得るようになったのだという。
分厚い眼鏡をかけた野暮ったい女で、歳は紅明皇子よりも一つ下。髪が美しいわけでも魅力的な体つきをしているわけでもなく、青白い顔に散ったそばかすを隠そうともせず、恐らく紅明皇子の周りに侍る女たちの中で最も地味な容姿をしているのではないかと思われるほどである。
皇子は、公私ともにこの杜妃と共に過ごす時間が長い。夜は必ずこの妃の元へ赴くし、公務中にもよく相談を持ちかけている姿を見かける。
実は彼女にはそれが最も気にくわない。彼女の方が断然若くて美しいのに、どうしてそのような地味な女ばかり好むのか。それとも、
しかしだからと言って、杜妃は真正面から抗議をして叶う相手ではない。
この妃は女のくせにひどく博識で、暇さえあれば古今東西のあらゆる書物を読み漁り、彼女には理解できない理屈をこねてやり込めてしまうのだ。
紅明皇子と第二妃の婚礼が行われたは、年が明けてすぐだった。
元は皇子の衣裳を管理する女官で、彼女の前任者だったと聞いている。衣装管理の女官が妃入りの登竜門と言われているのは、この所以であった。
噂によるとこれまた大変な美姫で、お役目の最中に皇子の目に留まり、寵愛を得たという。
しかし寵愛の末に一度は皇子の子まで孕んだものの、侍女の不注意で流れてしまい、ついでに体を壊してしばらく宮中の外で療養していたらしい。
杜貴桜が寵を得る前は、その女官が皇子の妃の最有力候補だったという。
その話を聞いたとき、その侍女は随分無能だったのだなと思った。
大方、競争相手の誰かが差し向けた下っ端だったのだろうが、療養した程度で復帰できるほどの仕事しかできなかったのだから、主には随分叱責されたことだろう。
おまけに女官ではなく妃として舞い戻ってきたのだから、もしかしたらその侍女は既にこの世にいないかもしれない。
自分の侍女に命じてこの妃の情報を集めさせたが、出るは出るは、悪しき噂の数々が。
曰く、父親の権力を笠に着て、自らの美貌を鼻にかけ、贅を尽くし、嫉妬深く、気に入らない女を陥れることに余念がないとか、皇子の寵を得るためには手段を選ばないとかで、父親ともども宮廷中からひどく疎まれていた。
『煌帝国始まって以来の悪女』などという渾名すら付いていたというから、よほど嫌われていたのだろう。皇子はまんまとこの女の手練手管に騙されたわけだ。
それだけでなく、今回の妃入りには大方、父親の権力にものを言わせた部分もあるのだろう。
子が流れたついでに二度と孕めなくなってしまったと聞いたが、それでも無理やり皇子に嫁ぐとは。
実家の意向か本人の意志かは知らないが、実家の方もよほど“皇室の外戚”という肩書が欲しいらしい。娘が一度は得た寵にしがみついているのだ。なんと浅ましいのだろう。
第二妃は、西若慧という名らしい。
婚礼の日に遠目からちらりと見えたその妃は、ドぎつい化粧をした気位の高そうな派手な女だった。
髪は高く結い上げて宝飾品で煌びやかに飾り立て、周囲の視線など歯牙にもかけずに堂々と歩いている。
連れている侍女たちまでもが高飛車に振る舞っていた。
彼女は信じられない思いでいっぱいだった。いったい皇子は、あの女のどこに惹かれたのだろう。
確かに美人ではあった。すれ違った十人のうち全員が振り返るだろう。
しかし、あの顔は化粧を塗りたくって作り込んだ顔だ。そんなのは日常的に化粧をしている女からしてみれば一目瞭然である。
皇子はあんな化粧お化けのような女がお好みなのだろうか。
いいや、違うだろう。
一度でも子を産んだ女は、二度と元の美貌を取り戻せないと聞く。体質が変わり、肌は荒れ、体形も崩れ、それを誤魔化すために濃い化粧を施したり年に似合わない衣装や振る舞いを身に着けるという。
あの女は子を産んだわけではないが、それでも一度は孕んだのだから似たようなものだ。
衰えた身を取り繕うために見苦しい努力をしたのだろう。
所詮は見掛け倒しにすぎないだろうに、ご苦労なことである。
やはり、この第二皇子の王府で最も若く、有能で美しいのは彼女を置いて他にはいない。
“若い”というのが今のところ彼女の最も強力な武器であった。
厚化粧をしなくても肌は十分に滑らかで張りがあるし、普段から生活習慣や日焼けにも気を付けているのでシミ一つない、陶器のような肌である。愛くるしい容姿と豊かな表情が、故郷ではたいそう評判だった。たっぷりした黒髪も手入れを怠ったことはない。教養も十分にある。
どこをとっても皇子が彼女を嫌う要素がないのである。
仕事と言ってもそれほど大変ではないし、後はゆっくり自分に磨きをかければいいだけだ。
「春琴様。お衣裳の検分をお願いしたく」
部下の女官が恭しく彼女の元へやってきた。
江陵舞というこの女官は昔から紅明皇子の衣裳に携わっていたらしく、分からないことがあれば彼女に聞けばいいと、皇族の衣裳を統括する女官にも言われた。
センスが古臭いことを除けば十分に仕事はできるので、意外と重宝している。
彼女に任せておけば特に問題ないはずだ。
春琴はにっこり微笑むと、侍女たちを引き連れて悠々と職場へと足を運んだのであった。