(姓は固定)
第一章 女官編
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さて、今年もいよいよ年の瀬が迫っていた。
年賀の挨拶のために国内外から要人たちが集まり、連日、禁城では様々な儀式と盛大な宴が催される。
実際に中心となるのは皇帝ではあるが、もちろん皇子・皇女たちも客人を出迎える側として重要な役割を担っている。
となると、必要になってくるのが客人への見栄。つまり、立派な衣装を誂えて対外的な体裁を整えなければならない。
第一印象というのは大切である。
煌帝国を支える皇族たちが威厳を示さねば、諸外国になめられ後れを取ってしまう可能性もありうるのだ。
各皇子・皇女たちの衣裳を担当する女官たちも、毎日のように会議を開いて準備を行っていた。
複数いる皇族たちがそれぞれ好き勝手な格好をしていては沽券にかかわる。
かといって示し合わせて衣裳をそろえるほど気安い関係でもなく、要するに、会議という名のそれぞれの女官の腹の探り合いであった。
紅炎皇子は、まだ公表されてはいないものの既に周知の事実である件について、今年最も重要な役どころを担う方である。
申し訳ないが彼のファッションセンスの悪さには定評があるが、だからといって本人の意見を否定することもできない。
今回は例年に比べて特に重要な立ち位置であるため失敗するわけにもいかず、本人の意向を汲みながらもどうすれば威厳が出せるのかと悩んだ末に、担当者は鬚でも生やしてもらうかと呟いたものの、若すぎる上にとって付けたように不自然になるのでやめておいた方が良いとその場にいた者全員に説得されていた。
紅覇皇子は普段から身なりに気を使い、最も己の立場をわきまえた装いが自ら出来る方ではあるが、洒落物の彼は今回もまた強いこだわりを持って女官たちを困らせるのだろう。
去年もそれでずいぶんもめたと聞いている為、今から彼女たちの気苦労が案じられる。
白龍皇子は影が薄く論外で、女官たちも進んで目立たせようとはしない。
白瑛皇女が着飾れば彼もまた付随して華やかにすることもできようが、彼単独で目立つことはまずないだろう。
白瑛皇女の場合、洒落っ気のない彼女は今回もまた担当者に質素でよいと命じて、華やかに着飾らせたい女官たちを困らせている。
今回は最悪の場合、白龍皇子に説得を手伝ってもらう心づもりでいるらしい。
だが先帝の実子である彼らを目立たせてしまうと、紅炎皇子を支持する者たちの不興を買ったり先帝派の者たちを助長させることにもなりかねないので、白龍皇子や白瑛皇女の場合は地味にするくらいでちょうどよいのかもしれない。
紅玉皇女は、彼女自身は協力的で担当者としては最も仕事をしやすい相手ではあるが、場をわきまえない面倒な従者が付いていて横からしつこく口を出してくるため、毎回女官たちは苦労している。
若慧も当然会議に出席していたが、他の皇子・皇女たちの担当者が頭を抱えている様子を見て、紅明皇子の今年の装いは例年通りで問題ないだろうという結論に達した。
宰相肌の彼のことだから、主役さえ引き立てて置けば特に目立たせる必要もない。
必要ならば装飾品で他と差別化を図ればよいだけである。
若慧たちの仕事は、言ってしまえば担当する皇子・皇女たちの衣裳を用意するだけではあるが、それでも年末は多忙を極める。
必要ならば儀式毎、宴毎に衣裳を変えなければならないし、万が一のための予備も必要だ。
他の皇族たちの衣裳を探りながら、突出して目立ちすぎることのないよう、そして、埋もれてしまわないようにうまく均衡を保たなければならない。
それは衣裳に限らずどこの部署も同じで、皆いつも以上に神経をすり減らし、禁城全体に張り詰めた空気が漂っていた。
去年まで若慧の仕事と言えば、全てを部下に押し付けて当日になって部署の代表として宴の席に出席するくらいであったが、今年は珍しく初めから準備に参加していた。
陵舞が信じられないという顔をしていたが、本来であれば紅明の衣裳を仕切るのが若慧の仕事である。
正直、自分は今まで思った以上に楽をしていたのだと思い知らされた。
去年は恐らくこれを陵舞が仕切っていたのだろう。
今年は二人で仕切ることになったが、それでも一人頭の仕事量が半端ではない。
連日の激務に眠っても疲れが取れない自覚はあったが、陵舞に心配されるほどだとは思わなかった。
「若慧様。少しお休みになられてはいかがですか。ひどいお顔をされておりますよ」
渋い顔をして若慧を案じる陵舞も、目の下に白粉では隠し切れない濃いクマを作っていた。
「それはお互い様でしょう。今ここでわたくしだけが休むわけにはいきません。正月の儀が終わるまでの辛抱ですから」
疲れ切った部署内を見て強がってはみたが、そろそろ限界なのは若慧自身も自覚している。
沈華に隠れて鍛錬を続けている分、体力には自信があったはずだが、こうも緊張状態が続くとさすがにつらい。
疲れているのに気が高ぶって夜はなかなか寝付けず、寝不足からか頭痛と眩暈と倦怠感が常に付きまとう。夜に眠れない弊害は昼間に睡魔となって襲い掛かり、身体的な疲れから食欲は激減した。少し動くだけで動悸と息切れに襲われる。
数日前に赤い毛玉のようになって部屋にやってきた紅明に、やつれている、と言われてしまったが、それはお互い様だと一蹴して紅明の身だしなみを整えることに奔走した。
そんな状態でも無事に正月の儀を迎えることができたとき、若慧は心底自分の有能さを褒めた。
紅明の衣裳を揃えるだけに留まらず、前日の夜には公務を早めに終わらせるよう紅明を説得して自分の部屋に呼びつけ、たっぷりの食事と休養を取らせた。
おかげで儀式に参加している紅明の顔色は、ここ数日とは見違えるようによくなっている。
諸々の儀式と、皇帝への諸侯の挨拶と、それから宴が開かれて、紅炎と櫓仙姿の婚約も無事に発表された。
若慧は役付きの女官としてそのほとんどに出席していたが、宴ばかりは男の世界である。女で出席するのは皇族に連なるもののみで、他は給仕のための女官と、場を盛り上げるための芸人がいるのみ。
よって、若慧たちが解放されたのは宴が始まった日暮れ頃であった。
宴が開かれている表は華やいでいるようだが、裏では役目を終えた女官や官吏たちが死屍累々と転がっていた。
「若慧様、お疲れ様でございました」
陵舞が水を入れた椀を持ってきてくれた。
真冬の寒い時期ではあったが、今はその冷たい水が旨かった。
「陵舞こそ、よく手伝ってくれました。あなたがいてくれなかったら、なにもできませんでしたわ」
ねぎらうと、陵舞は複雑そうな顔をする。
「今だから申し上げますが、正直、若慧様がここまでなさるとは思いませんでした。てっきり去年のように、全て我々に押し付けて当日に出席されるものとばかり。もしくは、失礼ながら我々の仕事に口だけ出して、さも自分がやったように後から手柄をとってゆかれるのだと思っておりました」
「まあ、随分と正直だこと。誰が聞いているとも知れなくてよ」
「構いませんわ。どうせみな、大なり小なり考えることは同じです。若慧様とて、このような些末なことでお怒りになられるほど狭量な方ではないでしょう」
「そう言われると怒れなくなってしまうのを、あなたは良く知っているのね。ずるいこと」
激務が続きお互い猫を被る余裕がなくなったおかげで、今では以前よりも随分気安い関係になっている。
表を窺うと宴もしばらく終わりそうにない。何かあったときのために陵舞に後を任せて、若慧は少し休むことにした。
「少し休ませてもらうわ。一刻ほどしたら交代するので声をかけて頂戴」
「宴は夜通し続きそうですよ。一刻といわず、二、三刻お休みになってください。私はしばらく大丈夫ですから」
しかし若慧は一刻でいい、と言い切った。
「一刻だけでも休めば、二人で夜通し起きていられるでしょう。あの盛り上がり用では紅明様のお衣装が乱れてしまうのも時間の問題ですよ。そうなればあなた一人では難しいでしょう」
紅炎と仙姿の婚約は宴に予想以上の話題をもたらし、皆いつもより酒が進んでいるようだった。
紅明もあいさつ回りをしながらもみくちゃにされて、せっかくこの日のために用意した豪華な衣装も早々に着崩れてしまうに違いない。
普段以上に着こんでいるため、一人で着付け直すには難がある。
二人で交代で休んで、少しでも気力体力を回復しておかなければならない。
そう説明すると、彼女も不承不承納得してくれた。
では後をお願いしますね、と声をかけて、踵を返した瞬間だった。
頭の芯が揺れるような感覚がして、世界が一気に歪んだ。
突然の眩暈に耐えきれず、とっさに近くにあった柱を支えにしてやっと立っていられるといった状態である。
「若慧様!」
陵舞が慌てて支えてくれるが、今はその声さえ大きく響いて耳に痛い。
大丈夫だと伝えるつもりで口を開いたとき、再び大きな眩暈の発作が襲ってきた。
立っていられずに柱に体重を預けながらズルズルと屈み込んでしまう。
揺れる芯と歪む世界に気分が悪くなった。
「誰か、医官を呼びなさい! 早く!」
陵舞が叫んでいるのが遠くに聞こえる。
そのさらに遠くで、周囲がざわめいている。
両脇を支えているのは誰だろう。
引きずられるように抱えられている。
何度か嘔吐したような気もする。
どこかに運び込まれて、臥牀に寝かされて、そのあたりはよく覚えてない。