(姓は固定)
第一章 女官編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
若慧の装いは、おそらく禁城で最も華やかなものである。
あまりに派手なので、皇后をないがしろにしていると陰口をたたく者もいるが、実を言うと皇后自身があまり飾り立てることには熱心ではない。
彼女にとっては華やかに着飾るよりも、若々しい肉体を維持する方が重要らしい。
そのため若慧は遠慮なく宝飾品を使い、自他共に求める禁城屈指の美姫として名をはせていた。
ある意味流行の発信者でもあり、女性たちの美的羨望の的でもあったのである。
しかしいくら若慧でも、装飾品を前に頭をひねることはある。
福達がよこしたのは、淡水真珠の頸飾だった。
蓬簫が持っていた大粒のものとは違い、小粒だが粒の大きさが異なるのをうまく利用して、繋ぎの針金に不均等に通すことによって湧き上がる泡の様子を現している。
純白ではなく、やや象牙色がかっているのは禁色への配慮か。
意匠の発想と言い細工の見事さと言い、品そのものは非常に良いものである。
だがそれでは解決しない問題もあった。
「こんな地味なものを、どう使えと?」
若慧は頸飾りを前に頭を抱えた。
真珠は金や銀、そのほかの玉製品と違って輝きが鈍く、数多ある宝飾品の中では上品すぎて地味でさえある。
ただ首元を飾っただけでは若慧自身の持つ華や衣装に負けてしまう。
考えあぐねた結果、頸飾りではなく髪飾りとして使用することにした。
頸飾や耳飾りはあえてつけず、盛り上げた髪に絡めるようにして真珠を巻き付ける。
他にも手持ちの真珠や紅珊瑚の髪飾りをあしらって華やかさを演出し、衣装は水色の
「どうかしら」
侍女に確認すると、彼女たちはそろって妙に感心した顔をしていた。
「藍色など普段はあまりお召しにならないお色ですので、なんだか不思議な心持がいたします」
「そうだったかしら」
若慧は首をかしげる。
確かに、普段は練家を意識した紅や白、他の色でも緑や黄色が多い気がする。
こんな涼し気な色は久しぶりに使ったかもしれない。
「おかしいかしら」
「いいえ、とんでもない。とてもよくお似合いですわ」
侍女たちは決して若慧を否定しない。
だから若慧は、彼女たちの言葉を信用しない。
鏡で何度も確認して今日の装いに納得した後、ようやく若慧は化粧道具を片付けるよう言いつけたのである。
若慧にはこの日、出かける用事があった。
皇后が身分の高い家柄の娘たちを集めて、茶会をするという。
さすがの若慧も、公の場で皇后より目立つ装いを避ける常識は持っている。
皇子たちの手つきとなった者や、禁城の有力者の娘たちが一堂に会する場である。
高級品に身を包み、上品に、かつ淑やかに着飾った女たちが、皇后の住む宮殿に集まっていった。
「ごきげんよう、みなさま」
女たちが軽やかに挨拶を交わし合う。
分厚く塗られた化粧の下に隠れているのは嘲笑か、それとも謀略か。
集まった女たちは高官の娘がほとんどだが、特に長官や将軍を父に持つ者たちが発言力を持つ。
一見平和に見える集まりでも、水面下では政治の代理戦争が行われている。
若慧の“父”は、人事を司る部署の長官である。
彼女の地位は、紅明の妃候補の中では一、二を争うほど高い。
父親の地位だけで言えば、同じ長官の父を持つ孫蓬簫と同等である。
ただ、蓬簫の性格から言って、明らかに若慧に劣るのは確かだ。
紅明に妃候補がいるように、他の皇子にも当然何人かの妃候補がいる。
今、皇子たちの妃候補の中で最も力を持っているのが、太子である紅炎に仕える
かつて自ら煌国に下った小国の姫君であり、彼女の姉は、今は亡き白雄皇子の妃だった。
美人であるのはもちろんの事、他の女たちのように病的に痩せすぎているわけでもなく、流行の服や化粧を追いすぎているでもない。
公の場では皇子を立て、私生活においても皇子を支える、賢妻を体現したような穏やかで聡明な女性である。
若慧が現代風ならば彼女は保守的ともいえるが、実は若慧の密やかな憧れの女性でもあった。
また、紅炎からの寵愛も深く、近いうちに妃となるのではないかと噂されていた。
上座の皇后の最も近くに仙姿が座り、反対側には蓬簫と若慧が並ぶ。
茶会に招かれた他の女たちは、父親の地位と後宮内の自分の立ち位置を考慮しながら、仕える皇子たち毎に集まってそれぞれの席に着く。
色とりどりの衣裳が集い、国内外から取り寄せた珍しい茶菓が振る舞われる。
まるで花園のようだと、何も知らないものであれば言うだろう。
だが実際にはこの中の数人は同じ花でも毒を持つ毒花であり、若慧もその内の一人であった。
この日の皇后は、普段と同じような薄紅色の衣に白の裳、紅色の丈の長い
この配色を見るだけでも、どれほど彼女たちが皇族の信頼を得ているのかがわかるというものである。
会話は始終和やかで、彼女たちのその日の衣裳や最近の流行に花が咲く。
珍しい菓子は彼女たちの気分を高揚させ、いっそう場が華やかになる。
しかし盛り上がっているのは大概それほどでもない身分の者ばかりで、皇后は彼女たちを温かい目で眺め、仙姿や蓬簫はもっぱら聞き役に回っていた。
若慧はというと、すまし顔で隣に座る女と話をしている。
「今日はとても珍しいお色を召していらっしゃるのですね」
「耳飾りも頸飾もしていらっしゃらないのに、藍色がとてもよく映えますのね。お美しい若慧さんだからこそお似合いになる装いだわ。羨ましいこと」
「瑛児さんこそ、その金の髪飾りがとても素敵でいらっしゃるわ。お衣裳も豪華すぎて眩しいくらい。どこでお求めになりましたの」
深読みすれば、互いに衣装が地味だ派手だと言いあっている。
実はこの二人、以前からいがみ合っていてそりが合わない。
気まぐれで相手を攻撃する若慧と、気が強く負けず嫌いな瑛児とでは、水と油というより似た者同士故に仲が悪かった。
そのため、このような集まりでは周囲が気を使って二人を離して座らせるのが常であったが、今回はこれまで緩衝材となっていた姜禎禾がいないため、このとき二人の間には場に似合わない殺伐とした雰囲気が漂っていた。
時折、他の女が思い出したように口をはさんでくるが、二人の勢いに競り負けてすごすごと退散していくのだった。
皇后はといえば、たとえ一部が睨みあっていようとも、全体に影響を与えなければ口を挟むことはない。
俯瞰して物事を見ていると言えばそれまでだが、事なかれ主義と陰口をたたく者もあった。
いくら自身と我が子の保身のためとはいえ、白徳大帝が亡くなって直後に紅徳帝に嫁いだ女が事なかれ主義なわけがないのであるが、逆を返せば、建国時の混沌とした時代を知るからこそ、当時の混乱に比べれば女同士の諍いごとなど些末なことだと思っているのだろうと若慧は考えるのであった。
そんな皇后が、和気藹々としている中に不意に声をかけた。
「蓬簫殿。顔色が悪いようですが、どこか具合でも悪いのですか?」
若慧も驚いて瑛児との舌戦をやめて隣を見ると、蓬簫が青い顔をして口元を袖で抑えながら顔を歪めている。
「いえ。先ほどから、何やら気分が悪くて」
答える蓬簫の声も、囁くように小さい。
「まあ、大変。今日はもう、お部屋にお戻りになってはいかがですか。わたくしがお送りしますわ」
あまりにも蓬簫の顔色が悪いので、若慧自らが申し出る。
すると皇后も、それがいいと頷いた。
「今日は日差しが強いから、日に当てられてしまったのでしょう。涼しい場所で体を休めなさい」
蓬簫はそうします、と呟いて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
しかし次の瞬間、糸が切れたように地面に崩れ落ちた。
卓上の器が袖に引っかかって派手な音を立てて床に落ちる。
「蓬簫さん!」
さすがの若慧も慌てて蓬簫を支え、そして息を飲んだ。
力なくぐったりとする蓬簫の顔色は見る見るうちにどす黒く変色し、そして胸を押えて何度か咽るようなしぐさをした。
若慧はとっさに蓬簫をうつぶせにして口を無理やり開かせ、喉の奥に手を突っ込んで胃の中のものを吐き出させた。
なぜそうしたのかは分からないが、これは良くないものだと思ったのである。
背後で瑛児の甲高い悲鳴が聞こえる。
皇后が医官を呼び、騒然となった場を仙姿が収めていた。
やがて蓬簫は医官たちによって連れていかれてしまったが、騒ぎは茶会の場にはとどまらなかったのであった。