序章
その日の朝は、いつもより早く目が覚めた。
太陽は昇り始めたばかりのようで、まだ空は藍色だ。それでも二度寝をする気にはなれず、そのままベッドから起き上がった。枕元に置いていた服は、いつも村でアレンが着ているような服ではなく、この日の為に母をはじめとした村の女全員で仕立てたというしっかりとした生地のものだった。
それに袖を通し、履きなれた靴を今日も履く。それから、出来るだけ音を立てないように部屋のドアを開け、ゆっくりと階段を下りた。
階下のリビングにたどり着くと、案の定誰も起きてはおらず、玄関のカギも閉められたままだった。鍵を開けて、外へ出る。村は静かで、ほとんどの家はまだ起きていないようだった。遠くの山の向こうから昇りつつある太陽をちらりと見て、アレンはあてもなく歩き始める。
入り口近くのアーチの近くに来たとき、そこに一人の人影が見えた。近寄ってみるとそれはエドナで、ぼんやりと朝日を眺めていた。束の間その姿を見つめたアレンは、ゆっくりとその背後に近付いていく。人の気配に気づいたエドナが振り返り、僅かに目を瞠った。
「アレン」
「おはよう」
「どうしたの、朝早くに」
「目が覚めた」
お前こそ、とは聞き返さなかった。大方、エドナが起きているのも同じような理由だろうと察したからだ。エドナはそれ以上は何も言わず、黙って視線を朝日に戻した。
「楽しみだよな」
「アレンはそうだろうね」
「お前は違うのか」
「楽しみもあるけど、不安かな。島での暮らししかしたことがないから、外の世界の暮らしなんて想像もつかないし……」
「いや……、同じ人間なんだし、何とかなるだろ、そこは」
それでも不安なの、とエドナは呟いた。思慮深いエドナらしいとは思うが、アレン自身はそれほど深く悩んではいなかったため、そっか、と返すだけに留まった。そういったことは考え出したらきりがない。考えれば考える程不安要素は増えるだけで、しかもそれが解決するわけではないのだ。だったら悩むだけ無駄だ、というのがアレンの考えである。
それからしばらくは二人で朝日が昇るのを見ていたのだが、村一番の早起きであるモニエの姿を見かけたあと、そこで二人はそれぞれの家に戻ることにしたのだった。
太陽がちょうど真上にさしかかった頃。
アレンは母親に呼ばれた。それに返事を返し、もう一度荷物の中身を確認する。それから荷物を入れた袋を肩にかけ、両腰に祖先が使ったという双剣をしっかりと装備した。
いよいよだ。いよいよ、自分はこの島を出て、未知の世界への扉を開く。
期待と希望と、僅かな不安を胸に、アレンは住み慣れた家を出た。ここにもう一度帰ってくるのは十年後。世界を見て、人間としても大きく成長して戻ってこよう。アレンはそう決意を新たに、見送りの人の輪の中へ飛び込んだ。
見送りの村人にもみくちゃにされながら、アレンは村の裏手にある船着き場へと移動していく。エドナはすでに船着き場でアレンの到着を待っているらしい。
船着き場までの短い距離を見送ってくれた村人に深く礼をし、アレンは船へと走った。
「来たわね」
叔母のヘレンが笑って、アレンのよれたシャツの襟をぴんと正す。それから少しだけ寂しそうな表情を見せ、またにっこりと笑うと、背後にある船へ乗るよう指示したのだった。
「こんな船、この島にあったのか」
それは漁師が乗るような船ではなく、言うなれば商人が乗るような立派な作りの船だった。いったいどこにこんな大きな船があったのか。不思議がるアレンに、ヘレンはやはり楽しそうに笑い、
「私が商人から貰い受けた船よ。外だと船が痛んじゃうから、そこの崖下の洞窟に停泊させてたの。アレンはめったに船着き場なんて来ないから、知らなかったのね」
渡し板をゆっくりと踏みしめ、船へと乗り込む。大陸までは、船の操縦になれた漁師の村人が送ってくれるらしい。向こうに着いてからのこともあり、ヘレンも同乗するとのことだった。
「アレン」
ヘレンが下を指差すと、そこにはアレンの家族と長の夫婦がいた。その後ろにはジェダとモニエ、ジェダの息子夫婦が見上げている。さらにその後ろには村人全員が手を振っていた。
エドナの姿を探そうと、アレンが背後を振り向くと、そこには目元を赤くして立ち尽くすエドナがいた。
「エドナちゃん、お父様とお母様に手を振ってあげましょう」
「はい……、ごめんなさい、なんだか離れがたくて」
「気持ちは分かるから。エドナ、笑えよ。最後に見せた顔が泣き顔じゃあ、かっこつかねえぞ?」
「うん」
アレンの隣に立ったエドナが、泣きながら笑顔を浮かべる。それから間をおかずに、船が汽笛を鳴らした。ゆっくりと船が動く。
二人は腕が千切れんばかりに手を振った。頑張ってこいよ、と口々に声援が飛ぶ。それに笑顔で答えていたアレンだったが、いよいよ島が遠くなるにつれ、彼の口からは嗚咽交じりのうめき声が発せられるようになっていった。
隣のエドナはすでに顔を歪めて泣いている。この光景は十年前の自分だなあと、ヘレンは一人で若かりし頃の思い出に心を馳せていた。
船室はさすが商船ともいうべきもので、三人が同時にいても全く窮屈さを感じさせない。
あれから一時間も経つと、二人とも目を腫れぼったくしたままに引き締まった顔をするようになっていた。やっと覚悟も決まったかと、心のうちで安堵したヘレンは、二人に村の果実を絞って作ったジュースを出してやる。
「二人とも、落ち着いた?」
「はい……。ごめんなさい、十九にもなって泣き喚くなんて」
「ふふ、いいのよ。誰だって住み慣れた土地や家族と別れるのはつらいことだもの。アレンまで泣いてたのは意外だったけど」
「俺も、まさか泣くとは思ってなかった」
喉を通るジュースは、ほどよい甘みが疲れた体に心地よかった。懐かしい味にまた寂寥が沸き、じわりと二人の目に涙が浮かぶ。それをエドナは瞬きでごまかし、アレンは服の袖でぐい、と拭った。
「どれくらいで大陸に着くんだ?」
「そうねえ、帰るときは半日もかからなかったけど、潮の流れによるわね。向こうに着くのは夕飯時かしら」
「向こうに着いて、何をしたらいいんだろう……」
「そのことなんだけど、今のうちに話しておいた方がいいわね」
そう言うと、二人の背が自然と伸びる。大事な話をしようとしているのが分かったのだろう。
「まずは明日の午前中、私と一緒に二人とも王宮に登城してもらうわ。そこで国王様への謁見ね」
「えっ、国王様に!?」
「知らなかったと思うけど、島はアトランタ王国領なのよ。もともと、島から外のアトランタへと人を遣り始めたのも、島の状況を王国側が把握するためだったのが始まりよ。だから私達にはいくつかの特権が付与されているの」
「特権?」
「まずは、国王様への謁見に手続きがいらないという権利ね。大抵は国王様へ謁見するなら、色々と手続きを踏まなきゃいけないんだけど、それが一切ないの。外界を知らない名もなき島への配慮とも言えるわ」
それだけ、アトランタ王国にとって、名もなき島の存在は重要視されているということだ。国家にとって、領海の線引きは重要な意味を持つ。そのため、アトランタ領最端の地である島に住人がいるか否かは、その島を領土として保有できるか否かに繋がる。
「それから、王立学校への無償編入ね。アレンは剣術学校、エドナちゃんは……」
そこでヘレンが言葉を区切る。それからもったいぶるように間を開け、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「私の紹介状で、カトリス国立魔術学校への入学よ!」
「えっ!?」
それに驚いたのは、エドナよりもアレンだった。てっきり二人ともがアトランタで暮らすと思っていたのだが、エドナはアトランタではなく、カトリスという国に行くらしい。
「本当は王立の魔術学校に入学する予定だったんだけど、アトランタの魔術学校なんて、本場に比べたらレベルが桁違いに低いのよ。私、これでも国家魔術師だから、私の紹介状で何とでもなるのよね」
「叔母さんが国家魔術師だって、今初めて聞いたんだけど、俺」
あら?とおどけてみせる叔母に、アレンはため息をつく。言うのを忘れていたのではなく、言わなかったのだろう。それが何故かは知らないが。
ともかく、とアレンが話を元に戻した。
「あとは?」
「特権のこと?特権に関してはそれだけよ。あとは一般市民と同じように、国家憲法にのっとった権利があるくらいね」
「剣術学校って、どれくらいすごいの?」
「アトランタは剣術での世界大会でも優秀な成績を収める剣士を多く輩出する国だから、期待していいわよ。言ったでしょ、あなたの腕なら、アトランタでも十分通用するって」
「……つまり、俺よりも強いやつがたくさんいるってことか」
腕が鳴る、とはまさにこのことかもしれない。ジェダとの稽古よりも厳しい世界が待ち受けているかもしれないが、気分としてはかかってこい、というのがアレンの気持ちである。
「でも、これから行くのはカトリスじゃなくて、アトランタよね?どうやってカトリスまで行くの?」
「アトランタからカトリスまでは直行の船が出てるから、それに乗って行くのよ。そこまでは私も一緒に行ってあげるわ。あなたの入学手続きが済んだら、私の役目もおしまいね」
「叔母さん、国家魔術師なんだよな。村に帰っていいのか?」
「本当はいけないんだろうけど、私の戸籍登録は島のままだから。もちろん、国家魔術師の仕事が無いわけじゃないし、そういう時だけは国の方に行くけどね」
まったく想像のつかない世界の話のようで、アレンとエドナは同時に顔を見合わせる。ぽかんとした表情の二人を見て、ヘレンはおかしそうに笑うのだった。
いつの間にか、真上にあった太陽が西に傾いていた。夕日に照らされた海は陽光を反射してキラキラと輝いている。
橙色の空に、海鳥が羽ばたくのがくっきりと見えた。
甲板に出ていたアレンは、遠くに大きな物体が浮かんでいるのを捉えた。それが何かが分かった瞬間、全身の血が沸騰するような高揚感に満たされる。
徐々に輪郭がはっきりとしてくるそれは。
「アレン、ヘレンさんがそろそろ準備をしろって」
「エドナ……。あれ、見ろよ」
甲板へと登ったエドナが、息を呑む。
「アトランタ超大陸だ……!」
1章へ続く……
太陽は昇り始めたばかりのようで、まだ空は藍色だ。それでも二度寝をする気にはなれず、そのままベッドから起き上がった。枕元に置いていた服は、いつも村でアレンが着ているような服ではなく、この日の為に母をはじめとした村の女全員で仕立てたというしっかりとした生地のものだった。
それに袖を通し、履きなれた靴を今日も履く。それから、出来るだけ音を立てないように部屋のドアを開け、ゆっくりと階段を下りた。
階下のリビングにたどり着くと、案の定誰も起きてはおらず、玄関のカギも閉められたままだった。鍵を開けて、外へ出る。村は静かで、ほとんどの家はまだ起きていないようだった。遠くの山の向こうから昇りつつある太陽をちらりと見て、アレンはあてもなく歩き始める。
入り口近くのアーチの近くに来たとき、そこに一人の人影が見えた。近寄ってみるとそれはエドナで、ぼんやりと朝日を眺めていた。束の間その姿を見つめたアレンは、ゆっくりとその背後に近付いていく。人の気配に気づいたエドナが振り返り、僅かに目を瞠った。
「アレン」
「おはよう」
「どうしたの、朝早くに」
「目が覚めた」
お前こそ、とは聞き返さなかった。大方、エドナが起きているのも同じような理由だろうと察したからだ。エドナはそれ以上は何も言わず、黙って視線を朝日に戻した。
「楽しみだよな」
「アレンはそうだろうね」
「お前は違うのか」
「楽しみもあるけど、不安かな。島での暮らししかしたことがないから、外の世界の暮らしなんて想像もつかないし……」
「いや……、同じ人間なんだし、何とかなるだろ、そこは」
それでも不安なの、とエドナは呟いた。思慮深いエドナらしいとは思うが、アレン自身はそれほど深く悩んではいなかったため、そっか、と返すだけに留まった。そういったことは考え出したらきりがない。考えれば考える程不安要素は増えるだけで、しかもそれが解決するわけではないのだ。だったら悩むだけ無駄だ、というのがアレンの考えである。
それからしばらくは二人で朝日が昇るのを見ていたのだが、村一番の早起きであるモニエの姿を見かけたあと、そこで二人はそれぞれの家に戻ることにしたのだった。
太陽がちょうど真上にさしかかった頃。
アレンは母親に呼ばれた。それに返事を返し、もう一度荷物の中身を確認する。それから荷物を入れた袋を肩にかけ、両腰に祖先が使ったという双剣をしっかりと装備した。
いよいよだ。いよいよ、自分はこの島を出て、未知の世界への扉を開く。
期待と希望と、僅かな不安を胸に、アレンは住み慣れた家を出た。ここにもう一度帰ってくるのは十年後。世界を見て、人間としても大きく成長して戻ってこよう。アレンはそう決意を新たに、見送りの人の輪の中へ飛び込んだ。
見送りの村人にもみくちゃにされながら、アレンは村の裏手にある船着き場へと移動していく。エドナはすでに船着き場でアレンの到着を待っているらしい。
船着き場までの短い距離を見送ってくれた村人に深く礼をし、アレンは船へと走った。
「来たわね」
叔母のヘレンが笑って、アレンのよれたシャツの襟をぴんと正す。それから少しだけ寂しそうな表情を見せ、またにっこりと笑うと、背後にある船へ乗るよう指示したのだった。
「こんな船、この島にあったのか」
それは漁師が乗るような船ではなく、言うなれば商人が乗るような立派な作りの船だった。いったいどこにこんな大きな船があったのか。不思議がるアレンに、ヘレンはやはり楽しそうに笑い、
「私が商人から貰い受けた船よ。外だと船が痛んじゃうから、そこの崖下の洞窟に停泊させてたの。アレンはめったに船着き場なんて来ないから、知らなかったのね」
渡し板をゆっくりと踏みしめ、船へと乗り込む。大陸までは、船の操縦になれた漁師の村人が送ってくれるらしい。向こうに着いてからのこともあり、ヘレンも同乗するとのことだった。
「アレン」
ヘレンが下を指差すと、そこにはアレンの家族と長の夫婦がいた。その後ろにはジェダとモニエ、ジェダの息子夫婦が見上げている。さらにその後ろには村人全員が手を振っていた。
エドナの姿を探そうと、アレンが背後を振り向くと、そこには目元を赤くして立ち尽くすエドナがいた。
「エドナちゃん、お父様とお母様に手を振ってあげましょう」
「はい……、ごめんなさい、なんだか離れがたくて」
「気持ちは分かるから。エドナ、笑えよ。最後に見せた顔が泣き顔じゃあ、かっこつかねえぞ?」
「うん」
アレンの隣に立ったエドナが、泣きながら笑顔を浮かべる。それから間をおかずに、船が汽笛を鳴らした。ゆっくりと船が動く。
二人は腕が千切れんばかりに手を振った。頑張ってこいよ、と口々に声援が飛ぶ。それに笑顔で答えていたアレンだったが、いよいよ島が遠くなるにつれ、彼の口からは嗚咽交じりのうめき声が発せられるようになっていった。
隣のエドナはすでに顔を歪めて泣いている。この光景は十年前の自分だなあと、ヘレンは一人で若かりし頃の思い出に心を馳せていた。
船室はさすが商船ともいうべきもので、三人が同時にいても全く窮屈さを感じさせない。
あれから一時間も経つと、二人とも目を腫れぼったくしたままに引き締まった顔をするようになっていた。やっと覚悟も決まったかと、心のうちで安堵したヘレンは、二人に村の果実を絞って作ったジュースを出してやる。
「二人とも、落ち着いた?」
「はい……。ごめんなさい、十九にもなって泣き喚くなんて」
「ふふ、いいのよ。誰だって住み慣れた土地や家族と別れるのはつらいことだもの。アレンまで泣いてたのは意外だったけど」
「俺も、まさか泣くとは思ってなかった」
喉を通るジュースは、ほどよい甘みが疲れた体に心地よかった。懐かしい味にまた寂寥が沸き、じわりと二人の目に涙が浮かぶ。それをエドナは瞬きでごまかし、アレンは服の袖でぐい、と拭った。
「どれくらいで大陸に着くんだ?」
「そうねえ、帰るときは半日もかからなかったけど、潮の流れによるわね。向こうに着くのは夕飯時かしら」
「向こうに着いて、何をしたらいいんだろう……」
「そのことなんだけど、今のうちに話しておいた方がいいわね」
そう言うと、二人の背が自然と伸びる。大事な話をしようとしているのが分かったのだろう。
「まずは明日の午前中、私と一緒に二人とも王宮に登城してもらうわ。そこで国王様への謁見ね」
「えっ、国王様に!?」
「知らなかったと思うけど、島はアトランタ王国領なのよ。もともと、島から外のアトランタへと人を遣り始めたのも、島の状況を王国側が把握するためだったのが始まりよ。だから私達にはいくつかの特権が付与されているの」
「特権?」
「まずは、国王様への謁見に手続きがいらないという権利ね。大抵は国王様へ謁見するなら、色々と手続きを踏まなきゃいけないんだけど、それが一切ないの。外界を知らない名もなき島への配慮とも言えるわ」
それだけ、アトランタ王国にとって、名もなき島の存在は重要視されているということだ。国家にとって、領海の線引きは重要な意味を持つ。そのため、アトランタ領最端の地である島に住人がいるか否かは、その島を領土として保有できるか否かに繋がる。
「それから、王立学校への無償編入ね。アレンは剣術学校、エドナちゃんは……」
そこでヘレンが言葉を区切る。それからもったいぶるように間を開け、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「私の紹介状で、カトリス国立魔術学校への入学よ!」
「えっ!?」
それに驚いたのは、エドナよりもアレンだった。てっきり二人ともがアトランタで暮らすと思っていたのだが、エドナはアトランタではなく、カトリスという国に行くらしい。
「本当は王立の魔術学校に入学する予定だったんだけど、アトランタの魔術学校なんて、本場に比べたらレベルが桁違いに低いのよ。私、これでも国家魔術師だから、私の紹介状で何とでもなるのよね」
「叔母さんが国家魔術師だって、今初めて聞いたんだけど、俺」
あら?とおどけてみせる叔母に、アレンはため息をつく。言うのを忘れていたのではなく、言わなかったのだろう。それが何故かは知らないが。
ともかく、とアレンが話を元に戻した。
「あとは?」
「特権のこと?特権に関してはそれだけよ。あとは一般市民と同じように、国家憲法にのっとった権利があるくらいね」
「剣術学校って、どれくらいすごいの?」
「アトランタは剣術での世界大会でも優秀な成績を収める剣士を多く輩出する国だから、期待していいわよ。言ったでしょ、あなたの腕なら、アトランタでも十分通用するって」
「……つまり、俺よりも強いやつがたくさんいるってことか」
腕が鳴る、とはまさにこのことかもしれない。ジェダとの稽古よりも厳しい世界が待ち受けているかもしれないが、気分としてはかかってこい、というのがアレンの気持ちである。
「でも、これから行くのはカトリスじゃなくて、アトランタよね?どうやってカトリスまで行くの?」
「アトランタからカトリスまでは直行の船が出てるから、それに乗って行くのよ。そこまでは私も一緒に行ってあげるわ。あなたの入学手続きが済んだら、私の役目もおしまいね」
「叔母さん、国家魔術師なんだよな。村に帰っていいのか?」
「本当はいけないんだろうけど、私の戸籍登録は島のままだから。もちろん、国家魔術師の仕事が無いわけじゃないし、そういう時だけは国の方に行くけどね」
まったく想像のつかない世界の話のようで、アレンとエドナは同時に顔を見合わせる。ぽかんとした表情の二人を見て、ヘレンはおかしそうに笑うのだった。
いつの間にか、真上にあった太陽が西に傾いていた。夕日に照らされた海は陽光を反射してキラキラと輝いている。
橙色の空に、海鳥が羽ばたくのがくっきりと見えた。
甲板に出ていたアレンは、遠くに大きな物体が浮かんでいるのを捉えた。それが何かが分かった瞬間、全身の血が沸騰するような高揚感に満たされる。
徐々に輪郭がはっきりとしてくるそれは。
「アレン、ヘレンさんがそろそろ準備をしろって」
「エドナ……。あれ、見ろよ」
甲板へと登ったエドナが、息を呑む。
「アトランタ超大陸だ……!」
1章へ続く……