序章

 超大陸・アトランタ──。
 この世界に存在する三つの大陸のうち、最大の広さを誇るこの大陸は、この世界のうちの約六割を占める程である。
 アトランタの他に、二番目に大きい大陸として、ヘストニア大陸がある。そしてこの大陸と一部陸続きとなっているのが、もっとも小さい大陸、カトリス大陸である。

 アトランタ超大陸には四つの国がある。
 トリトン王国、アリストン公国、バトロン王国、そして大陸名の由来にもなった、アトランタ王国。
 このうち、アリストンだけが公国で、この世界において公国の名を持つのは、現在アリストンのみである。また、大陸名の由来となったアトランタ王国は、一説によると、この超大陸において最も古くに誕生した国であると言われている。
 トリトンとバトロンは、古くから犬猿の仲として有名であったが、五百年前の「英雄」取り立ての件以来は友好関係にある。また、唯一の公国アリストンは、ほか三国に比べ、自国内の資源の少なさや、山間部の多さによる居住可能地の少なさにより、僅かではあるが貧困地域も見られる。このことがアリストンの王国への昇格を邪魔しているといっても過言ではない。
 アトランタは大陸名の由来というだけあり、「超大陸の超大国」と呼ばれるほどの高い技術力と生活水準を保持している。世界一の経済大国として君臨しており、またアリストンへの金的支援を行っている。
 が、近年は魔族の復活に伴う魔物の活動が活発化したことにより、人口の少ない村や集落の被害が後を絶たず、その対策に追われていた。
 
 二番目に大きい大陸のヘストニアは、ソリニア王国とメトラリア王国の二つの国で成り立っている。この二つの国は、王族の直系をたどると共通の人物に行きつくとのことで、今でも友好的な関係が続いている。
 この大陸もやはり魔物の被害に悩まされているのだが、ヘストニア大陸は「英雄」信仰の深い地域であり、いつか来るであろう「英雄」を待ち望む声が多い。そのため、迂闊に討伐隊を派遣すると国民からの非難が相次ぐと言われている。

 もっとも小さい大陸、カトリス。ここはカトリス王国の一国のみが、大陸全土を支配している。またヘストニア大陸のうちのメトラリア王国と陸続きで、そのためカトリス文化は、自国の文化とヘストニアの文化が融合した独特の文化を見せている。
 さらにカトリスは魔法の始まりの場所とも言われ、カトリス全土に魔術学校が多く建てられ、中でも首都のカトラリアには世界最高の魔術学校・カトリス魔術学院が存在する。

 「英雄」が誕生した地は、研究が進んだ今でも定かではない。しかし、彼が居住地として決めたのがアトランタ超大陸であったことから、彼の出身地はアトランタ超大陸の四国のどれかではないか、というのが最近の研究者たちの見解である。なにしろ「英雄」は、世界を救ってから何一つ己について喋らぬままに隠棲したため、「英雄」についての資料はほぼ無いといってもいい。
 当時の歴史家や小説家が残した「伝記」は、そのほとんどに書き手側の大幅な脚色が見られ、信ぴょう性はあまりにも低いとされている。唯一確実なのは、「英雄」には仲間がいて、その仲間たちと共に破滅の王・イグニスと対峙し、討伐に成功したこと、そして魔族は消え去り、五百年の平穏がもたらされたことだけだ。

 「英雄」はどこで生まれ、どこで死んだのか。なぜ「英雄」は消えたのか。
 それが分かれば、「英雄」が本当に伝えたかったことが何かを知ることができる。あるいは、「英雄」自らがまた立ち上がってくれるかもしれない。
 人々の想いは、「英雄」の帰還、ただそれだけなのかもしれない。

 また、研究者たちの間で不審に思われている点が一つある。それは破滅の王・イグニスの動向がまったくないということだ。魔族や魔物の活動は各国から報告があれど、イグニス自身が動いたという報せはない。
 イグニスたち魔族・魔物の居場所は、三大陸のどこでもなく、地底とも、天上とも言われている。要するに、彼らの居場所自体も定かではないということなのだが、最近報告された情報の中にはアリストンのジナ山脈に、イグニスが城を築いたというものがある。もちろんアリストン王国は兵団を派遣したのだが、もたらされた報告は兵団の壊滅だった。僅かながらに帰還した兵士たちは、口々に「イグニスの城だ」と言い張ったという。
 そういうわけで、ジナ山脈には厳重な立ち入りを禁止する警戒態勢が敷かれているのだが、不思議なことに山脈のふもとの村は被害に遭ってはいない。住民たちも空を滑空する魔族を見たことがないといい、現時点で、大陸に蔓延る魔物たちはどこから来ているのか、というのも全く分かっていないという。

 イグニスの思惑も、「英雄」の消えた理由も、もちろん魔族の出所も、何一つ分からない世界は、それでも確かに滅亡へのカウントダウンを刻んでいる。
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