2章・カトリス大陸
午前中の定期便に乗り込んだエドナとヘレンは、小さくなっていくアトランタ超大陸を見つめた後、船室へと入った。
移動魔法を使えるヘレンが、なぜ船での移動を選んだのかはわからない。だが、この身に受ける潮風は存外心地いいものだった。
「エドナちゃん、少しいいかしら」
テーブルに座るヘレンが、微笑んでエドナを手招きする。それに一つ頷いて、エドナもテーブルの反対側に座った。
「今のうちに、カトリス王国のことを簡単に説明しておくわね。詳しいことは着いてからまた話すけれど」
そう言って、ヘレンは財布を取り出し、アトランタ超大陸で使用した貨幣をテーブルに置いた。
「アトランタでも言ったと思うけど、通貨は世界共通だから、このお金ももちろんカトリスで使えるわ。カトリスはカトリス大陸全土を国土にしているから、結構な広さになるわね。とはいっても、アトランタ超大陸の半分程度だし、カトリス大陸全土に出かけるようなこともないだろうから、それほど気にしなくても大丈夫よ」
そう言って通貨を財布にしまい、今度はテーブルにカトリス大陸が描かれた地図を広げた。
「カトリス王国の首都はカトラリア。そしてカトラリアの中心部に、これから向かうカトリス王立魔術学院があるわ」
大陸の中心からやや北寄りの位置に、カトラリアという文字が読める。そのカトラリアのほぼ中心に、王立魔術学院と記されていた。
「魔術学院は、カトリスの知の結晶。言わば、カトリス王国が世界に誇る知識の集結地点よ。世界に存在するあらゆる魔法使い、魔導士、魔術師がここに集まってくる。そして魔術学院は、さらなる知識を得ようとする者に対して、広く門戸を開いているわ」
「魔法使いと魔導士、魔術師って、どう違うんですか?」
「明確な違いはないわね。呼び方が違うだけで、彼らがやっていることに大差はないわ。あえて区別をするとすれば、魔術学校の生徒を魔法使い、他人に魔法を教える立場の魔法使いを魔導士、そして、それら以外をまとめて魔術師と呼んでいるみたいね」
確かに、ヘレンのアトランタでの立場は、国家魔術師だ。そして自分は、世間的には魔法使いにあたるのだろう。
「ところで、魔法にはいくつか種類があるのは、覚えてる?」
「はい。ええと、回復魔法と攻撃魔法、それから補助魔法……ですよね」
「ええ、よく覚えてるわね。それらはカトリスでは呼び方が違うの。これは大事なことだから覚えていてほしいんだけど、回復魔法と補助魔法、これらをまとめて、白魔法と呼ぶわ」
「白魔法……」
「逆に、攻撃魔法を黒魔法と呼ぶの」
「反対の色を使うんですね。確かに呪文の対象も、効果も真逆ですもんね」
「理解が早くて助かるわ。そして、魔法使いは──魔導士や魔術師も含めて、三つに分類されるの。一つ目が、白魔法の使い手。白魔導士という言い方が一般的ね。学院内では白魔法使いとも言われるし、白魔術師ももちろん存在するわ」
「白魔法ということは、回復魔法と補助魔法しか使えないってことですか?」
「厳密には違うわね。黒魔法も使えるには使えるんだけど、どちらかというと白魔法に特化してるの。白魔法のエキスパートと言ってもいいかもしれないわね」
魔法の分類と魔法使いの分類をメモに書き込んでいくヘレンの手を見つめる。回復魔法が使えるヘレンは、白魔術師だろうか。しかし、黒魔法の特大魔法を使えるということは、黒魔術師だろうか。
「あの、ヘレンさんは白魔術師なんですか?」
「私は残念ながら、黒魔術師よ。アトランタで特大魔法を見せてあげたでしょ?特大魔法は、それぞれの魔法のエキスパートしか放つことができないの」
「ということは、回復……白魔法も使えるけれど、分類上は黒魔術師になるんですね」
「治癒 はほぼすべての魔法使いが使用できる初歩の魔法よ。だからエドナちゃんでも使えるでしょう。そうだ、ついでに黒魔術師の話もしておくわ。実物は私ね。察しの通り、黒魔法のエキスパートが黒魔導士。中には黒魔術専門で、白魔法が一切使えない黒魔術師もいるそうよ」
「白魔法しか使えない白魔導士は?」
「今のところ聞いたことはないわね。まあ、いずれ出てくるかもしれないけれど。そして、最後の一つ……」
メモの手を止めたヘレンが、声のトーンを落とす。
「白魔法も黒魔法も、その道のエキスパートかそれ以上に使いこなす、まさに魔法使いの最高峰に位置する存在──。それが、赤魔導士」
「赤……」
「赤魔導士に扱えない呪文はないと言われているわ。まさに生きる伝説よ。ただその分、百年に一度、現れるか現れないか……」
「そんなに珍しいんですか……」
「かなり珍しいわよ。少なくとも最後に赤魔導士が現れたのは、今から二百年前らしいしね」
「二百年……!?」
二百年前と言えば、破滅の王であるイグニスを英雄が討ち果たしてから三百年。世界は平和そのものであった時代だ。その頃に文明はさらに発達したとも言われ、特に変わったのは建築方法だとも魔術だとも言われている。とにかく、学問、一般市民から王侯貴族までの生活様式、そのほぼすべてが平穏な五百年の間でガラリと変わったという話だ。
「英雄伝説によれば」
ふとヘレンが、額に指をあてて呟くように話し始めた。
「英雄が連れていたのは、自身のほかに三人だという説が有力ね。一人目が、自身と同じ剣士 、二人目が弓士 、そして三人目が──赤魔導士」
その赤魔導士について話を聞こうとしたとき、部屋のドアがノックされた。ドアを開けると、定期船の船員が昼食を運んできた。
「詳しい話は、着いてからにしましょうか」
難しい顔から一転してにっこりと笑ったヘレンが、テーブルから地図を片付ける。そして運ばれた昼食のスープを一口飲み、「熱っ……」と小さな声で悲鳴を上げたのだった。
移動魔法を使えるヘレンが、なぜ船での移動を選んだのかはわからない。だが、この身に受ける潮風は存外心地いいものだった。
「エドナちゃん、少しいいかしら」
テーブルに座るヘレンが、微笑んでエドナを手招きする。それに一つ頷いて、エドナもテーブルの反対側に座った。
「今のうちに、カトリス王国のことを簡単に説明しておくわね。詳しいことは着いてからまた話すけれど」
そう言って、ヘレンは財布を取り出し、アトランタ超大陸で使用した貨幣をテーブルに置いた。
「アトランタでも言ったと思うけど、通貨は世界共通だから、このお金ももちろんカトリスで使えるわ。カトリスはカトリス大陸全土を国土にしているから、結構な広さになるわね。とはいっても、アトランタ超大陸の半分程度だし、カトリス大陸全土に出かけるようなこともないだろうから、それほど気にしなくても大丈夫よ」
そう言って通貨を財布にしまい、今度はテーブルにカトリス大陸が描かれた地図を広げた。
「カトリス王国の首都はカトラリア。そしてカトラリアの中心部に、これから向かうカトリス王立魔術学院があるわ」
大陸の中心からやや北寄りの位置に、カトラリアという文字が読める。そのカトラリアのほぼ中心に、王立魔術学院と記されていた。
「魔術学院は、カトリスの知の結晶。言わば、カトリス王国が世界に誇る知識の集結地点よ。世界に存在するあらゆる魔法使い、魔導士、魔術師がここに集まってくる。そして魔術学院は、さらなる知識を得ようとする者に対して、広く門戸を開いているわ」
「魔法使いと魔導士、魔術師って、どう違うんですか?」
「明確な違いはないわね。呼び方が違うだけで、彼らがやっていることに大差はないわ。あえて区別をするとすれば、魔術学校の生徒を魔法使い、他人に魔法を教える立場の魔法使いを魔導士、そして、それら以外をまとめて魔術師と呼んでいるみたいね」
確かに、ヘレンのアトランタでの立場は、国家魔術師だ。そして自分は、世間的には魔法使いにあたるのだろう。
「ところで、魔法にはいくつか種類があるのは、覚えてる?」
「はい。ええと、回復魔法と攻撃魔法、それから補助魔法……ですよね」
「ええ、よく覚えてるわね。それらはカトリスでは呼び方が違うの。これは大事なことだから覚えていてほしいんだけど、回復魔法と補助魔法、これらをまとめて、白魔法と呼ぶわ」
「白魔法……」
「逆に、攻撃魔法を黒魔法と呼ぶの」
「反対の色を使うんですね。確かに呪文の対象も、効果も真逆ですもんね」
「理解が早くて助かるわ。そして、魔法使いは──魔導士や魔術師も含めて、三つに分類されるの。一つ目が、白魔法の使い手。白魔導士という言い方が一般的ね。学院内では白魔法使いとも言われるし、白魔術師ももちろん存在するわ」
「白魔法ということは、回復魔法と補助魔法しか使えないってことですか?」
「厳密には違うわね。黒魔法も使えるには使えるんだけど、どちらかというと白魔法に特化してるの。白魔法のエキスパートと言ってもいいかもしれないわね」
魔法の分類と魔法使いの分類をメモに書き込んでいくヘレンの手を見つめる。回復魔法が使えるヘレンは、白魔術師だろうか。しかし、黒魔法の特大魔法を使えるということは、黒魔術師だろうか。
「あの、ヘレンさんは白魔術師なんですか?」
「私は残念ながら、黒魔術師よ。アトランタで特大魔法を見せてあげたでしょ?特大魔法は、それぞれの魔法のエキスパートしか放つことができないの」
「ということは、回復……白魔法も使えるけれど、分類上は黒魔術師になるんですね」
「
「白魔法しか使えない白魔導士は?」
「今のところ聞いたことはないわね。まあ、いずれ出てくるかもしれないけれど。そして、最後の一つ……」
メモの手を止めたヘレンが、声のトーンを落とす。
「白魔法も黒魔法も、その道のエキスパートかそれ以上に使いこなす、まさに魔法使いの最高峰に位置する存在──。それが、赤魔導士」
「赤……」
「赤魔導士に扱えない呪文はないと言われているわ。まさに生きる伝説よ。ただその分、百年に一度、現れるか現れないか……」
「そんなに珍しいんですか……」
「かなり珍しいわよ。少なくとも最後に赤魔導士が現れたのは、今から二百年前らしいしね」
「二百年……!?」
二百年前と言えば、破滅の王であるイグニスを英雄が討ち果たしてから三百年。世界は平和そのものであった時代だ。その頃に文明はさらに発達したとも言われ、特に変わったのは建築方法だとも魔術だとも言われている。とにかく、学問、一般市民から王侯貴族までの生活様式、そのほぼすべてが平穏な五百年の間でガラリと変わったという話だ。
「英雄伝説によれば」
ふとヘレンが、額に指をあてて呟くように話し始めた。
「英雄が連れていたのは、自身のほかに三人だという説が有力ね。一人目が、自身と同じ
その赤魔導士について話を聞こうとしたとき、部屋のドアがノックされた。ドアを開けると、定期船の船員が昼食を運んできた。
「詳しい話は、着いてからにしましょうか」
難しい顔から一転してにっこりと笑ったヘレンが、テーブルから地図を片付ける。そして運ばれた昼食のスープを一口飲み、「熱っ……」と小さな声で悲鳴を上げたのだった。