1章・アトランタ超大陸
さて、ここでアトランタ国王・アドミニスのことを少し述べたい。
本名、アドミニス・フォン・アトランタ。齢は五十を少し過ぎたあたりだが、それを感じさせない力強さを持っている。
この世界の王族は、必ず姓に国名を持つ。それはこの国を作ったのが己の祖先であると示すとともに、国の顔であるという責任を伴っているという証でもある。
前述の通り、彼は人の本質を見抜く才を持っている。本質とは、その人物が善人か悪人かという話に留まらない。その者がどのような人物で、どのような意志を持ち、そしてどのような才能を持っているか、というところまで見通すことができると言われている。
アドミニスが治める今世が治世であると言われる所以はそこにあり、重臣と呼ばれる者たちは皆、真にこの国のことを考え、活発な議論を交わしている。
さて、そんなアドミニスが次に着目したのは、やはりエドナだった。
目の前で多少の気後れさを感じつつも見つめ返すその瞳を覗き、アドミニスは何度か頷いた。
「お主からは、知識欲を感じた」
「知識欲?」
「己の知らぬこと、この世の理、森羅万象。それらを学び、己の知識とし、そしてそれをもとに己の技を磨こうとしておる。魔法とは、すなわち森羅万象を操る力。なるほど、これはまた良い素材を持ってきたな」
「お褒めに預かり、光栄です」
ヘレンが頭を垂れ、言葉を返す。
エドナに言った言葉の意味はよく分からないが、おそらく、目の前にいるこの王は、自分たちでさえも知らない力が見えたのだろう。潜在能力とかいうやつだ、とアレンは心の中で結論付けた。
力を欲しているのは事実だし、島でジェダと磨いた技をさらに飛躍させたいという思いはあった。それらを自分のものにしてから、この広い世界を自分の足で歩いてみたいとも。
言わずともアドミニスにはそこまでお見通しであろう。改めて王の偉大さを知ったアレンは、静かな瞳に見つめられ、頭を垂れた。
謁見を終えた三人は、そのまま商業エリアへと戻って来た。ここで買い物をしながら、貨幣の使い方を学ぼうという時間だ。なにせ島は物々交換で成り立っており、アレンもエドナも、貨幣の存在は知ってはいるものの、実際に見たことも使ったこともないのである。
「貨幣は万国共通の単位よ。このCという文字は、お金の単位のセルを表しているの」
「単位はセルだけなのよね?」
「ええ、そうよ。昔はもっと単位が存在していたらしいんだけど、貨幣を万国共通にしてからはすべて廃止されて、セル一単位になったのよ」
「お金って、どうやって手に入れるの?」
「いい質問ね、アレン」
綺麗にウインクをしたヘレンが、近くの小物屋へ入る。「いらっしゃいませ!」と店員の挨拶に迎えられ、ヘレンは袋に入れていた首飾りをカウンターへと置いた。
「お預かりします、こちらは魔道具のネックレスでお間違いないですね?」
「ええ」
「はい、では二五〇セルでお引き取りいたします」
「お願いします」
店員がネックレスと引き換えに、ヘレンに二五〇セルを渡す。そしてその貨幣を持って、ヘレンは店を出た。
「こうやって、物を売ることでお金を手に入れるの」
「あれ、売ってよかったの?」
「あれは一般に広く流通してるから、どこででも手に入るわ。お金の入手の方法だけど、もう一つ方法があって、それが――」
そう言ったとき、商業エリアにけたたましい鐘の音が響いた。それが鳴り響いた瞬間、商業エリアが騒然となる。客は足早にエリアを離れ、店は商品を店の奥に書くし、固く戸を閉めだした。
「なっ、何が起きてるんですか?」
「魔物の出没ね」
「魔物!?でも、城壁があったのに」
「ああ、中にじゃないわ、おそらく外でしょうね。でも城門が破壊されると危険だから、ああやって知らせるのよ。それに、空を飛ぶ魔物だったら城壁なんてお構いなしだもの」
ヘレンが上空を見上げる。それにならって二人が空を見上げた時、そこには空に浮かぶ魔物の姿があった。
「んもう、言った通りじゃない。二人とも、外に出るわよ」
「そっ、外に!?」
「この辺りに出る魔物はそんなに強くはないから、私とエドナちゃんとアレンがいれば余裕よ。さ、行くわよ」
走り出したヘレンに二人は顔を見合わせ、それからその後を追って商業エリアから外へと出た。
城壁の外には、アトランタ兵団が魔物を相手取って戦っていた。実力は兵団の方が優勢に見えたが、何せ数が多いためか、徐々に押され始めている。
「救援部隊はまだか!」
「右翼、敵影を確認!殲滅急げ!」
怒声が飛び交う中、完全に気が引けた二人を前に、ヘレンは手に持った杖 を空にかざした。
「雷撃 !」
瞬間、目の前が真っ白になったと思うほどの光が飛び込んできた。そして、耳をつんざくほどの轟音。反射的に目を閉じた二人は、それでもしばらくは目がかすんでいた。
「な、何が……魔法……?」
「すごい、あんなにいた魔物を一掃するなんて……」
「今のが特大魔法よ、エドナちゃん。いつか見せてあげるって言ったことがあると思うんだけど、なかなかこんなのを放つ機会がないから。出血大サービスね」
得意そうにウインクをしてみせる叔母は、敵が跡形もなく消えたのを確認すると、負傷した兵団に向かって別の魔法を唱えた。
「治癒 !」
倒れていた兵士たちが起き上がり、仲間の手を借りるなどして立ち上がる。それからヘレンを見つけ、兵団はヘレンに向かって敬礼をした。それに返礼をしたヘレンは、商業エリア同様に空を見上げ、そこに飛行型の魔物がいないことを見ると、顔を曇らせた。
「叔母さん?」
「やっぱりさっきのは、様子見……」
「ヘレンさん?」
顎に手を当て、しばらくぶつぶつと何かを呟いたヘレンは、それからいつものように笑みを浮かべた。
「さて、難は去ったことですし、商業エリアでの買い物を続けましょうか」
「あ、うん……」
兵団は撤収の準備を始めているし、周囲に魔物の影は無い。背を向けて城門に向かうヘレンを追ったアレンは、もう一度空を見上げた。
「アレン? どうしたの?」
「いや……」
何か視線を感じた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。顔を覗き込んでくるエドナに首を振り、アレンはヘレンを追って走り出した。
商業エリアはすでに活気を取り戻していた。再びそこで買い物を始めたヘレンたちは、生活必需品やアレンの剣術学校の制服等を買い揃え、夕闇が迫るころに宿屋へと戻った。
「アレン、私達は明日の午後に定期船でカトリスへ向かうわ。あなたは明日の朝、剣術学校へ行きなさい」
「分かった。で、剣術学校のどこに行けばいいの?」
「正面玄関に事務室があるわ。そこに話は通ってるはずだし、もしかしたら校長自身が出迎えてくれるかもしれないけれどね」
「そっか」
買いたての真新しい制服と教科書を横目で見つつ、頷き返す。つまり、今晩がエドナやヘレンと過ごす最後の夜ということになる。二人は明日の午後、カトリスへ向かい、エドナはそこで魔術学院に入学する。そしてヘレンは村に戻る、という流れだ。
「アレンもエドナちゃんもこれからは寮生活だから、衣食住の心配はないわよ」
「それはよかった」
いきなり一人で暮らせと言われる方が無理な気がする為、寮生活はありがたかった。寮の場所などは、学校の方で案内があるだろう。
「じゃあ、えっと、エドナ。お前も頑張れよ」
「うん、ありがとうアレン。アレンも頑張ってね」
「剣闘大会は見に行くわよ」
「あはは、出場できるように頑張るよ」
世界中から剣の腕に自信のある者が集まるアトランタの剣術学校。剣闘大会を勝ち抜くのは、そう容易なことではないだろう。だが不思議と負ける気もしなかった。
夕食の用意が出来たと知らせを受け、三人は食堂へと降りた。
アトランタへ来て二日目の夕食も美味しくいただき、夜が訪れる。食事の間、三人は口数も少なく食事を済ませた。
浴場から戻った後も、三人は特に会話をすることもなかった。明日が別れだと思うと寂しくなる。が、何かを話そうとすると、決まって話題は互いの健闘をたたえる話にしかならない。ならばいっそ黙っていよう、というのがエドナとアレンの心境だったし、ヘレンはそんなふたりの心を察して、あえて話をしなかった。
ヘレンの声に頷き返すと、部屋の明かりが消える。それぞれのベッドに入り、目を閉じた。
けれど、一向に眠気はやってこない。何度も寝返りを打つアレンの気配を感じながら、エドナは暗闇の中で目を開けていた。眠れないのはあの怖いもの知らずなアレンも同じだと思うと、どこか可笑しさすら浮かぶ。
翌朝、アレンとエドナは寝不足のまま宿を出る準備をしたのだった。
本名、アドミニス・フォン・アトランタ。齢は五十を少し過ぎたあたりだが、それを感じさせない力強さを持っている。
この世界の王族は、必ず姓に国名を持つ。それはこの国を作ったのが己の祖先であると示すとともに、国の顔であるという責任を伴っているという証でもある。
前述の通り、彼は人の本質を見抜く才を持っている。本質とは、その人物が善人か悪人かという話に留まらない。その者がどのような人物で、どのような意志を持ち、そしてどのような才能を持っているか、というところまで見通すことができると言われている。
アドミニスが治める今世が治世であると言われる所以はそこにあり、重臣と呼ばれる者たちは皆、真にこの国のことを考え、活発な議論を交わしている。
さて、そんなアドミニスが次に着目したのは、やはりエドナだった。
目の前で多少の気後れさを感じつつも見つめ返すその瞳を覗き、アドミニスは何度か頷いた。
「お主からは、知識欲を感じた」
「知識欲?」
「己の知らぬこと、この世の理、森羅万象。それらを学び、己の知識とし、そしてそれをもとに己の技を磨こうとしておる。魔法とは、すなわち森羅万象を操る力。なるほど、これはまた良い素材を持ってきたな」
「お褒めに預かり、光栄です」
ヘレンが頭を垂れ、言葉を返す。
エドナに言った言葉の意味はよく分からないが、おそらく、目の前にいるこの王は、自分たちでさえも知らない力が見えたのだろう。潜在能力とかいうやつだ、とアレンは心の中で結論付けた。
力を欲しているのは事実だし、島でジェダと磨いた技をさらに飛躍させたいという思いはあった。それらを自分のものにしてから、この広い世界を自分の足で歩いてみたいとも。
言わずともアドミニスにはそこまでお見通しであろう。改めて王の偉大さを知ったアレンは、静かな瞳に見つめられ、頭を垂れた。
謁見を終えた三人は、そのまま商業エリアへと戻って来た。ここで買い物をしながら、貨幣の使い方を学ぼうという時間だ。なにせ島は物々交換で成り立っており、アレンもエドナも、貨幣の存在は知ってはいるものの、実際に見たことも使ったこともないのである。
「貨幣は万国共通の単位よ。このCという文字は、お金の単位のセルを表しているの」
「単位はセルだけなのよね?」
「ええ、そうよ。昔はもっと単位が存在していたらしいんだけど、貨幣を万国共通にしてからはすべて廃止されて、セル一単位になったのよ」
「お金って、どうやって手に入れるの?」
「いい質問ね、アレン」
綺麗にウインクをしたヘレンが、近くの小物屋へ入る。「いらっしゃいませ!」と店員の挨拶に迎えられ、ヘレンは袋に入れていた首飾りをカウンターへと置いた。
「お預かりします、こちらは魔道具のネックレスでお間違いないですね?」
「ええ」
「はい、では二五〇セルでお引き取りいたします」
「お願いします」
店員がネックレスと引き換えに、ヘレンに二五〇セルを渡す。そしてその貨幣を持って、ヘレンは店を出た。
「こうやって、物を売ることでお金を手に入れるの」
「あれ、売ってよかったの?」
「あれは一般に広く流通してるから、どこででも手に入るわ。お金の入手の方法だけど、もう一つ方法があって、それが――」
そう言ったとき、商業エリアにけたたましい鐘の音が響いた。それが鳴り響いた瞬間、商業エリアが騒然となる。客は足早にエリアを離れ、店は商品を店の奥に書くし、固く戸を閉めだした。
「なっ、何が起きてるんですか?」
「魔物の出没ね」
「魔物!?でも、城壁があったのに」
「ああ、中にじゃないわ、おそらく外でしょうね。でも城門が破壊されると危険だから、ああやって知らせるのよ。それに、空を飛ぶ魔物だったら城壁なんてお構いなしだもの」
ヘレンが上空を見上げる。それにならって二人が空を見上げた時、そこには空に浮かぶ魔物の姿があった。
「んもう、言った通りじゃない。二人とも、外に出るわよ」
「そっ、外に!?」
「この辺りに出る魔物はそんなに強くはないから、私とエドナちゃんとアレンがいれば余裕よ。さ、行くわよ」
走り出したヘレンに二人は顔を見合わせ、それからその後を追って商業エリアから外へと出た。
城壁の外には、アトランタ兵団が魔物を相手取って戦っていた。実力は兵団の方が優勢に見えたが、何せ数が多いためか、徐々に押され始めている。
「救援部隊はまだか!」
「右翼、敵影を確認!殲滅急げ!」
怒声が飛び交う中、完全に気が引けた二人を前に、ヘレンは手に持った
「
瞬間、目の前が真っ白になったと思うほどの光が飛び込んできた。そして、耳をつんざくほどの轟音。反射的に目を閉じた二人は、それでもしばらくは目がかすんでいた。
「な、何が……魔法……?」
「すごい、あんなにいた魔物を一掃するなんて……」
「今のが特大魔法よ、エドナちゃん。いつか見せてあげるって言ったことがあると思うんだけど、なかなかこんなのを放つ機会がないから。出血大サービスね」
得意そうにウインクをしてみせる叔母は、敵が跡形もなく消えたのを確認すると、負傷した兵団に向かって別の魔法を唱えた。
「
倒れていた兵士たちが起き上がり、仲間の手を借りるなどして立ち上がる。それからヘレンを見つけ、兵団はヘレンに向かって敬礼をした。それに返礼をしたヘレンは、商業エリア同様に空を見上げ、そこに飛行型の魔物がいないことを見ると、顔を曇らせた。
「叔母さん?」
「やっぱりさっきのは、様子見……」
「ヘレンさん?」
顎に手を当て、しばらくぶつぶつと何かを呟いたヘレンは、それからいつものように笑みを浮かべた。
「さて、難は去ったことですし、商業エリアでの買い物を続けましょうか」
「あ、うん……」
兵団は撤収の準備を始めているし、周囲に魔物の影は無い。背を向けて城門に向かうヘレンを追ったアレンは、もう一度空を見上げた。
「アレン? どうしたの?」
「いや……」
何か視線を感じた気がしたのだが、気のせいだったのだろうか。顔を覗き込んでくるエドナに首を振り、アレンはヘレンを追って走り出した。
商業エリアはすでに活気を取り戻していた。再びそこで買い物を始めたヘレンたちは、生活必需品やアレンの剣術学校の制服等を買い揃え、夕闇が迫るころに宿屋へと戻った。
「アレン、私達は明日の午後に定期船でカトリスへ向かうわ。あなたは明日の朝、剣術学校へ行きなさい」
「分かった。で、剣術学校のどこに行けばいいの?」
「正面玄関に事務室があるわ。そこに話は通ってるはずだし、もしかしたら校長自身が出迎えてくれるかもしれないけれどね」
「そっか」
買いたての真新しい制服と教科書を横目で見つつ、頷き返す。つまり、今晩がエドナやヘレンと過ごす最後の夜ということになる。二人は明日の午後、カトリスへ向かい、エドナはそこで魔術学院に入学する。そしてヘレンは村に戻る、という流れだ。
「アレンもエドナちゃんもこれからは寮生活だから、衣食住の心配はないわよ」
「それはよかった」
いきなり一人で暮らせと言われる方が無理な気がする為、寮生活はありがたかった。寮の場所などは、学校の方で案内があるだろう。
「じゃあ、えっと、エドナ。お前も頑張れよ」
「うん、ありがとうアレン。アレンも頑張ってね」
「剣闘大会は見に行くわよ」
「あはは、出場できるように頑張るよ」
世界中から剣の腕に自信のある者が集まるアトランタの剣術学校。剣闘大会を勝ち抜くのは、そう容易なことではないだろう。だが不思議と負ける気もしなかった。
夕食の用意が出来たと知らせを受け、三人は食堂へと降りた。
アトランタへ来て二日目の夕食も美味しくいただき、夜が訪れる。食事の間、三人は口数も少なく食事を済ませた。
浴場から戻った後も、三人は特に会話をすることもなかった。明日が別れだと思うと寂しくなる。が、何かを話そうとすると、決まって話題は互いの健闘をたたえる話にしかならない。ならばいっそ黙っていよう、というのがエドナとアレンの心境だったし、ヘレンはそんなふたりの心を察して、あえて話をしなかった。
ヘレンの声に頷き返すと、部屋の明かりが消える。それぞれのベッドに入り、目を閉じた。
けれど、一向に眠気はやってこない。何度も寝返りを打つアレンの気配を感じながら、エドナは暗闇の中で目を開けていた。眠れないのはあの怖いもの知らずなアレンも同じだと思うと、どこか可笑しさすら浮かぶ。
翌朝、アレンとエドナは寝不足のまま宿を出る準備をしたのだった。